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死神少女とメイドとポトト  作者: misaka
●別荘にて

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○みんな仲良く!

 新暦349年、12月の8日目。

 別荘に入った私たちが最初に行なったこと。それは、1年以上放置されて溜まっていた埃の掃除だった。掃除ついでに見て回った木造家屋……ログハウス? は、地上2階、地下1階。屋根裏部屋もあった。

 特徴的なのはリビングダイニングにあたる部分の天井が無い「吹き抜け」ね。ウルセウの冒険者ギルドと同じ造りだからよく覚えている。高い天井は開放感があって、私は好きだった。薪をくべる暖炉、クリーム色の絨毯、死滅神の色である黒を基調とした家具。私が作ったわけでもないのに、すごく居心地のよさそうな場所だった。

 今はとりあえず全ての窓を開けて換気。ポトトを除いた4人がかりで床をはいたり、窓や棚を拭いたりしていく。私の場合〈掃除〉のスキルのおかげで、効率よく丁寧な作業をこなすにはどうすれば良いのか、手に取るように分かった。


「次は水回りね……」


 メイドさんが言っていたように、お風呂が大きくて広いのも特徴ね。ゲストを呼んで複数人で使うことを想定していたのでしょう。洗う場所も2つあるし、白い石を削り出して作られた丸い形状の湯船は5人くらいなら余裕を持って座れそう。温かいお風呂に浸かって大きな窓から見える森はきっと、素晴らしいに違いないわ。……掃除は大変そうだけど。


「いいわ、かかってきなさい!」


 結い上げた髪を汗と水で濡らしながら、風呂場もきれいにしていく。みんなが体を洗う所だもの。徹底的に掃除しないと。とは言っても前回、ここを発つ際にメイドさんが掃除をしたらしいからほとんど、いいえ全くゴミがない。私がやったのは鏡や給水口をはじめとした金属部分と湯船を拭くことくらいだった。こうして広い別荘を4人がかりで1日をかけて掃除を済ませる。

 私に割り当てられた最後の掃除場所――地下にある書斎の掃除を切り上げた私が階段を上ってリビングに向かうと、少し困ったことになっていた。


「お疲れ様、スカーレットちゃん!」


 そう言って鍋に入った食材をかき混ぜながら私を迎えたのは、アイリスさん。彼女には玄関や階段など、1階の掃除を任せていた。先に終わったみたいで料理をして待っていてくれた。


「お、お疲れ様、アイリスさん。一応聞いておくと、料理をしてくれているの?」

「はい! 一昨日は少し失敗しちゃったので、再挑戦です」


 掃除とは違う、冷や汗をかきながら固まってしまう私の体。思い出すのは2日前。サクラさんと朝日を見た後の朝食。お腹を空かせた私たちを迎えたのは、アイリスさんの手料理。それを口にしたとき、ギルド職員として、王女として。人間的に完璧なアイリスさんの唯一の弱点と言うべきものが発覚した。


「ひぃちゃん、お疲れ!」


 突如、私を後ろから抱き締めたのはサクラさん。彼女には2階の客室を任せていて、同じような私と同じ時機タイミングで掃除を終わらせたみたい。


「どうしたの、固まっちゃって。ていうか、なんか急に目が痛いんだけど……って、あっ」


 サクラさんも私と同じで、料理をするアイリスさんを見て固まる。そして、事態を察したサクラさんが私に顔を寄せて声を潜めて聞いてくる。


「ひ、ひぃちゃん! なんで止めなかったの?!」

「私が来た時には手遅れだったわ! というより、この前の皆の反応を見てまた料理をするなんて思わないじゃない!」

「でもアイリスさん、一昨日のあれを“失敗”で済ませた人だよ?! リベンジするに決まってるよ!」


 私とサクラさん。リビングで2人して不毛な言い争いをする。

 発覚したアイリスさんの弱点。決して、料理が下手なのではない。ギルド職員らしく手際よく調理を進めるし、それでいて、王女様らしくどこか優雅な仕草で料理をする、のだけど。

 味付けが少し変……いいえ、独特だった。なんというのかしら。食材ではなく、調味料の味を引き出すことに長けている、と言うべき? 食材が調味料の味を引き立てることがあるって、この前初めて知ったわ。とりあえず、甘い・辛い・苦い・しょっぱい・酸っぱい。極端な味を好む傾向にあることが分かったの。


「ちゃんと味見しながら作っているのに、不思議ね……」

「違うよひぃちゃん! バカ舌の人が味見しちゃうから、味付けが濃くなるの! 今からでも間に合うかな?」


 アイリスさんの料理を手伝おうと急いでキッチンへ向かう――。


「出来ました!」


 喜色と達成感の込められたアイリスさんの声が、聞こえて来た。


「……終わったわね、サクラさん」

「それは料理が? それともわたし達のお腹? 口? 答えてよ、ひぃちゃん」


 遅かったみたい。鼻歌を歌いながら、アイリスさんが鍋に入ったスープを盛り付けていく。前回の透き通ったスープは海水よりも塩辛かったけれど、果たして今回は。


「スカーレットちゃん、サクラちゃん。悪いんだけど、料理を運ぶのを手伝ってくれませんか?」


 言ったアイリスさんから手渡されたのは、真っ赤に染まったスープだった。彩りとして、可愛らしい緑の香草が乗っている。こうして些細な見栄えにもこだわってくれる辺りはさすがなのだけど。


「そっか~。今日は、辛いやつかぁ……」


 諦めた様子のサクラさんと一緒に、アイリスさんからスープを受け取る。持った瞬間から立ち上る辛味の効いた湯気。その湯気すらも赤く見えるのは気のせい? 目に触れると、途端に涙があふれてくる。鼻水も危ない。


「うっ! 目が、目がぁっ!」


 サクラさんも隣で悶えている。私も叫びだしたくなる気持ちを意地だけでこらえて、鼻をすすりながら食卓まで運ぶ。救いなのは、アイリスさんが味付けをしない物……パンや野菜の薄切りは“普通”なことね。


「おや?」


 そうこうしていると、屋根裏を掃除していたメイドさんが2階に姿を見せる。利発な彼女はすぐに状況を察したらしく、


「すみません。少し掃除する場所が残っておりました。ですので、皆さまでお先に召しあがってください。あ、少し時間がかかりますのでわたくしの分は結構です♪」


 早口にそう言ってきびすを返す。……絶対に、逃がさないわ。アイリスさんのスープを口にしたメイドさんの笑顔で必死に何かを我慢する顔、初めて見たもの。


「いいえ。メイドさんも一緒に食べましょう? 遠慮はいらないわ。ね、アイリスさん?」

「はい! ぜひ、ご一緒に」


 私はともかく、王女様の言葉をメイドさんが無視するはずもなく。笑顔は変わらないまま、たっぷりと間をとって。


「……かしこまりました」


 階段を下りてきて、席に着く。この場にいる中で許されたのはポトトだけ。さすがに人が食べるものをポトトに食べさせるわけにはいかない。味付けが濃いものは特にね。笑顔のアイリスさん以外、全員が覚悟を決めた顔をして手を合わせる。


「「頂きます……」」


 こうして みんなで なかよく ごはんを たべたわ。

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