○side:M ディフェールルにて
そろそろ私の出番でしょうか。“死滅神の従者”であり、レティお嬢様の侍女ことメイドです♪
さて。お嬢様が勤めを果たされた翌日。冒険者ギルドで、お嬢様とアイリス様は無事、再会を果たされました。
「アイリスさん、アイリスさん!」
ギルド職員の制服ではなく、青いドレスを身にまとっておられるアイリス様にお嬢様が抱き着いておられます。フォルテンシアで出来た初めての友人。もとより他者への思い入れの激しいお嬢様にとっては、これ以上ない喜びなのでしょう。可愛いらしいです♪
このままでは話すことが出来ないと、お嬢様から柔らかく身を離したアイリス様。
「港で別れる時、『すぐに会いましょう』と、そう言ったはずですよ?」
「そうだけど! どうして? それに、どうやって?」
「うふふ。それを伝えるために、こうしてやってきたんです!」
そう言ったアイリス様の案内のもと、私たちはディフェールルの北へと鳥車を走らせました。目的地まではゆっくりと1時間ほどでしょうか。私とサクラ様とで御者を務めつつ、荷台ではお嬢様がここまでの出来事をアイリス様に嬉しそうに話しておられます。
「め、メイドさん。わたし、偉い人との話し方とか知らないんですけど……」
そうして落ち着かない様子なのは、私の隣に座っているサクラ様です。アイリス様が第2王女であると聞いてから、どう接して良いのか、距離感を測りかねているようでした。
「普段通りで大丈夫ですよ、サクラ様。アイリス様は聡明で、寛大でおられます。でなければ、ギルド職員など務まりません」
「そ、そうかなぁ~……?」
サクラ様にとってアイリス様は、友人の友人と言ったところでしょう。もとより測り辛い距離感のうえ、王族と言う肩書がある。そのため、こうして悩んでおられるようでした。
交通整理を行なう魔法道具『信号』が見えてきました。サクラ様に指示を出して、ポトトを操る手綱を両手で引かせます。すると、ポトトも止まる。動く際は、手綱を振る。曲がる際は曲がりたい方向の手綱を引く。基本の動作はそれだけです。あとはポトトとの信頼関係ですが、もうその辺りは大丈夫でしょう。
信号待ちの間、サクラ様が茶色い瞳を私に向けて質問してきました。
「そう言えば、メイドさんってディフェールルで何してるんですか?」
「私ですか? そうですね。ディフェールルでは主に、魔法道具について調べておりました」
そう。ディフェールルは魔法道具の研究が進んでいる町だと聞きました。にもかかわらず、この国に来たその日。お嬢様は魔法道具ではなく、魔法生物を研究する機関で働くと言い始めたわけですね。そこに違和感を持てなければ、まだまだ危なっかしいお嬢様のお守は務まりません。早速、勤め先の研究者について情報を集めてみれば、案の定、異端として国の研究機関から追放された人物でした。
「魔法道具かぁ……。どうやって作られているのか、分かったんですか?」
言いながらも信号に使われている魔石灯の青い方が光ったことを確認して、サクラ様が鳥車を進めます。私たちのポトトは優秀で、そばを車が高速で通過してもびくりとするだけ。暴れるようなことはありません。出会った頃は恐怖に怯えるだけだったただの鳥が、今では立派な“運び屋”です。さすがにもう勿体なくて出来ませんが、もしもの時は食料にもなるなんて。
おっと。話が逸れてしまいましたね。魔法道具の話でした。私が集めた情報と知識をサクラ様に分かりやすくお伝えしなければ。
「はい。基本的にはスキルを持った魔石の発見や製造から始まるようです。スキルを持った魔石があれば後はそこに魔素を送り込む機関を作るだけですね。同じ魔石でもスキルを持つ魔石の方へと魔素が流れる性質を利用しているようです。そうして魔素を流すことで魔石がスキルを発動する。それをいくつも組み合わせると……。そうですね。例えば車はとても単純な構造で〈爆発〉というスキルを――」
「す、ストップ、メイドさん! 後で紙に書いて説明をお願いします」
「そうですか? かしこまりました」
これからが面白い所だったのですが、仕方ありません。サクラ様には操縦に集中して頂き、私は周囲に目を配ります。前方と後方。私たちの鳥車を挟むように、馬にまたがってこちらを伺っているのはアイリス様の護衛の方。それ以外には、こちらを伺う視線は感じられません。
ふと、右後方を見ればディフェールルを象徴する高い塔が見えます。名前は確か、『ヘスリエレ』。ディフェールルの行政と研究を担う、白亜の塔です。実のところ、あの塔の中でも昨日のような人体を使った研究が行なわれているようです。もちろん人間族ではなく、奴隷を使って、ですが。彼らからすれば命の犠牲は無いわけですね。
「技術の発展には犠牲がつきもの……」
昨日、研究者の女性が口にしていました。一方で、お嬢様はその考えを認めないとおっしゃいました。であるならば、本来、お嬢様の従者である私は塔での実験・研究についてもお嬢様に申し上げるべきでしょう。
しかし、ディフェールルでの研究がフォルテンシアに寄与している影響も無視できません。事実、多くの犠牲の上に『転移陣』などは作られたと聞きます。
これから先、多くの犠牲とともに生まれるだろう新たな技術。それが巡り巡ってお嬢様……いいえ、ご主人様の利便性へとつながるのであれば。
「今回は秘密にしておきましょう♪」
全てはご主人様とフォルテンシアのために。目指す所は同じですよね、お嬢様?
しばらくして、鳥車はディフェールルの外れへと停車します。そこには青い船体の小型飛空艇が停泊していました。小型と言っても全長は20mを優に超え、船底からの高さも15m以上あります。見上げるには十分な大きさでした。
「わぁ……。メイドさん。も、もしかしてこれが?」
「はい、飛空艇かと思われます」
目を輝かせて聞いてくるお嬢様に、飛空艇であることをお伝えします。すると、お嬢様はもう一度飛空艇に目を向けて
「きれいね……」
白い息を吐かれました。思ったことをきちんと言葉にする。やはりお嬢様の美点ですね。そうして美しい飛空艇を見上げる私達の前に立たれたのは、アイリス様でした。
「コホン、それでは。死滅神スカーレット様。貴殿を援助したく、私、アイリス・ミュゼア・ウルは参りました」
「……えっと、つまり?」
「ぜひ、私たち自慢の船を活用してください、ということです」
アイリス様の言葉に、もう一度可愛らしく顔を輝かせるお嬢様。
「ありがとう、アイリスさん! 聞いた、メイドさん?! 飛空艇よ! 空を飛ぶの! これで別荘まで行けるわ!」
「はい。これもお嬢様が積み上げてきた人徳のなせる業かと」
アイリス様の方へ駆けて行ったお嬢様を微笑ましく思いながら、私はもう一度、船体を見上げます。青を基調とした美しい船には、海と船を想起させるウルの国旗が大きく描かれています。もしこの船をお嬢様が出入りするところが衆目のものとなれば、ウル王国と“死滅神”との繋がりの強さを示すことになるでしょう。
アイリス様の意思か、それともウル王国の意思か。アイリス様の人柄からすると、後者でしょうか。娘が運よく死滅神と友人になった。それを国王が利用した、と言うのが妥当でしょう。
「美味しい話には大抵……いいえ、必ず。裏があるのですよ、レティ?」
アイリス様に手を引かれて船の艦橋を上って行くお嬢様を、私も歩いて追いかけるのでした。
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