○花を摘むらしいわ……?
食後。サクラさんが朝食時に敷いていた布をたたんでいる間、私はメイドさんに昨日の賊の処遇を聞いてみた。すると、
「血に飢えた鳥と、お魚さんたちの餌になって頂きました♪」
とのことだった。命を最大限に利用する、という意味では間違ってないのかしら。
サクラさんに気を遣って、砂浜も綺麗に掃除したという。だけどその配慮、できれば殺してしまう前にして欲しかったわね。サクラさん、昨日、気分を悪くしていたじゃない。
「出来れば昨日みたいな事態の時は、無用に殺さないで欲しいわ。メイドさんほどの力があれば、無力化する手段だってあったでしょう?」
腕を組んでたしなめる私に、
「甘いですよ、レティ。命のやり取りで相手を慮る余地も、余裕もありません。人を害するということは、害されることを覚悟してのことでしょう」
と、慣れた手つきで使ったお皿や器具を洗っているメイドさんが答える。……普段は手袋をしているから素手のメイドさんも珍しいわね。
なんて思っていたら、「それに」と手を止めて私を見上げたメイドさん。
「レティもきちんと、ドドギアを殺したではありませんか」
いつもの笑顔で微笑んで言った。不意に投げかけられたその言葉に、重いもので殴られたような鈍い痛みが、私の中に走る。
私を人質にしたドドギア。本当に彼を殺す必要があったのか、正直、今でも悩んでいる。そんな私を見透かすように、メイドさんは言葉を続けた。
「あのままでは殺されるから、殺した。私も、レティも、何一つ間違っていません」
「そう……なのかしら?」
「そうです♪ あっ、宝剣ヒズワレアはありがたく頂戴しています。ディフェールルの冒険者ギルドを通して、きちんとあるべき場所に返しましょう」
宝剣を自分のものにしようとしないところは、常識人にも思えるけれど……。主人である私の言葉をなかなか尊重してくれないところは、どうなのかしら。自分を害そうとしてくるから殺す。私の中でその良し悪しがわからないまま、
「シート、畳み終わったよ~。……ん? 何のお話?」
サクラさんが来てしまったために、メイドさんとの話は終えることになった。
朝食を済ませた私たちは旅支度を整え、出発した。そのまま何事もなくしばらく進んでいたのだけど。
「ごめん、ひぃちゃん、メイドさん。お花摘みに行きたい……」
と、サクラさんから突然の申し出があった。……本当に、唐突ね。
「ゼレアの花? それとも何か珍しい花でも見つけたの?」
「つ、通じないヤツか~……。と、トイレ、お手洗い、って言えばいい?」
もじもじと体をよじりながら言ったサクラさんの言葉でようやく、言いたいことが分かった。
「あ、排せつね。分かったわ」
言って鳥車を停める。私達、魔法生物は取り込んだものは全て魔素に分解する身体機能を持っている。むしろ逆ね。その身体機能を持つから魔法生物だと言えるわ。
そうして作り出された魔素が胸にある魔石に蓄積されて、生物として歪な私たち魔法生物の身体を維持してくれる。食事を止めて魔素が供給されなくなると、餓死しまうのは同じだった。……まあ、私たちの場合は体が崩壊するらしいのだけど。詳しいことはさすがに知識に無いから、いつか勉強してみようかしら。自分の身体のことだしね。
ともかく、魔法生物に排せつは必要ないのだけど、人間であるサクラさんはそうはいかないみたい。
「メイドさん、ついて行ってあげて?」
「かしこまりました。ではサクラ様、早速――」
「ストップ、ストーップ! 1人で大丈夫だからっ! ほら私〈空間把握〉もあるから」
そうは言うけれど、心配よね。メイドさんに目配せをする。荷台から下りたサクラさんは早口に言って、近くの木陰に姿を隠す、直前。
「ついてきたらひぃちゃんのこと、嫌いになるからっ」
と言われてしまった。どうやら排せつは見られたくない、恥ずかしい行為なのね。泣いてしまった今朝の私と同じような気持ちかしら。大切なお友達を失うわけにはいかないし、私としては頷くことしかできなかった。
少し顔を赤くしながら無事に戻って来たサクラさんを荷台に乗せて、鳥車を進める。
「これまではどうしていたの?」
「ゼレアのお手洗いを使ってたけど……。正直、2人が行ってるところ見たことなかったから『どうしてるんだろ~?』って思ってた」
人間と魔法生物の違いを知りながらも、順調に旅路は進む。やがて、デアが頂点に来る頃。
ようやく霧が晴れて、綺麗な空が見えるようになった。右手、東側には背の高い山が連なっていて、天頂には雪をかぶっている。その手前に広がるのは、赤や黄色に色づいた木々。透き通った空の青。雪の白と、山肌の灰色。鮮やかな木々の葉に、幹の茶色が1つの景色に同居している。メイドさんが紅葉を見に行こうと言った理由もうなずけるわね。
正面、まっすぐに伸びた街道からは遠く地平線までが見渡せて、はるか遠く左手の海沿いには村も見えた。地面には背の低い黄色の草が生えていて、風を受けては気持ちよさそうにそよいでいる。
「きれいな景色ね! それに空気も澄んでいるわ!」
「ご満足頂けたようで、良かったです♪ リリフォンを出たのも、この景色を見て頂くため、というのもありました」
御者台から見える壮大な景色は圧巻。ずっと白い霧ばかりを見てきたこともあって、気分もスッと晴れ渡るようだった。
「右手の山脈がゲバ山脈、森はフェイリエントの森の一部ですね。リリフォン周辺ではサザラの木がほとんどでしたが、この辺りだとアズラの木でしょうか」
「ゲバ山脈にアズラの木……。アズラの木が日本で言う広葉樹。メモメモっと……わわ、揺れる~」
荷台で同じように景色を見ていたサクラさんが、メイドさんの言葉を書いている。木箱を机にして書いているけれど、インクがこぼれてない? 大丈夫かしら。
『クルルゥー!』
と羽を広げて気持ちよさそうに鳴いたのは、鳥車を引っ張ってくれているポトト。湿気が多かったリリフォンと比べてこの辺りは空気もカラッとしている。羽毛の調子を確かめるように、何度も羽を動かしていた。
見える景色が変わるだけで、こんなに気持ちがすっきりするなんて。
「ディフェールルまであと5日。みんな、頑張りましょう!」
「はい♪」『クルッ!』「うん!」
幾分か高揚した気分で言った私の声に、メイドさん、ポトト、サクラさんも続いてくれた。




