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死神少女とメイドとポトト  作者: misaka
●リリフォンにて

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○生きるために、殺すために

 タワーから北に大体30分。南北に延びる中央道を2㎞ほど行くと、依頼にあったフェイリエントの森に着く。どうでもいいけれど『フェイリエント』はリリフォン周辺で森を表す言葉らしいわ。つまり現地の言葉を使う人たちからすれば“森の森”っていう不思議な語感になるみたい。

 丸い石が敷き詰められた道が途切れて黄土の地面を5分くらい行くと、霧に包まれたフェイリエントの森が見えて来た。動物たちの鳴き声や、時折、ちょっとした爆発音が聞こえる。きっと他の冒険者さんでしょうね。

 今の私の格好は、トビウサギに追いつくために防御力よりも動きやすさ重視のもの。汚れても良い『働いたら負け』Tシャツに、最初、メイドさんに着せてもらったポーションをひっかけるための腰ヒモがついた茶色いズボン。寒さ対策として、くるぶしまである黒のインナーパンツと赤い長袖の上着を着ている。


「ふぅ……。行きましょう、ポトト」

『クルッ!』


 初めての狩猟系の依頼。森の深くに入りすぎないでと、メイドさんには再三、言われた。母親ってメイドさんみたいな人なのかしら。まあ彼女にも私にも、創造主は居ても親はいないのだけど。


「どちらかと言えば、メイドお姉さん?」


 姉。頼りになるし、こっちの方がしっくりくる気もする。

 首から下げている翡翠のペンダントをぎゅっと握って、私とポトトは霧深い森に足を踏み入れた。




 木の隙間からリリフォンが見える位置を維持しながら、森を見渡す。

 少しでも日の光を浴びようとする木はどれも背が高くて、だけど幹は細い。大体5mおきに生えているこの木は『サザラの木』。耐久性が低い代わりに吸湿性が良くて加工もしやすいから、物を入れる箱なんかに使われることが多いみたい。葉っぱは薄い代わりに大きくて、これもたくさん日の光を浴びようとしているから。

 船でメイドさんに教えてもらったんだけど、そう言えば理由までは聞いていなかった。そもそも、木はどうやって生きているのかしら。水と日光が必要なのは知っているけれど――。


『クルールッル』


 考え事をしていた私に、ポトトが囁くように鳴いた。その器用さに驚きつつポトトが視線で示す方を見てみると……。


「30㎝ぐらいの白い毛に、長耳ながみみ族と似た2つの長い耳……。トビウサギね」


 楕円形で、4本足を使ってぴょんぴょんと跳ねる小動物トビウサギがいる。地面に生えている黄色い花を小さな口で食べている姿が愛くるしい。


「助かるわ、ポトト。数は……2匹ねつがい(ふうふ)かしら」


 まだ私達には気づいていないみたい。思えば、会った時からポトトの索敵能力って高いのよね。何かスキルでも持っているのかしら。それとも、単なる野生の勘?


「さて。どうやって捕まえようかしら……」


 メイドさんに聞いておけばよかった。反省は後にして、今は考えないと。

 トビウサギは小さな身体のわりに脚力があって、敏捷性が高い。恐らく、今の私が全速力で追いかけても逃げられてしまう。ポトトなら速度は勝っているかもしれないけれど、大きな図体だから機敏な動きには対応できないんじゃないかしら。

 こういう時はきっと、飛び道具を使うのでしょうね。気づかれていないうちに、奇襲する。でも今、私の手元にあるのはナイフだけ。これを投げる? だけどそれじゃあ毛皮も肉も傷んでしまう、なんて考えるのは私が貧乏性だからかしら。

 さんざん悩んだ挙句、私は失敗することを前提に、まずは追いかけっこをすることに決める。


「……トビウサギなら反撃されても死なないでしょうし、失敗しても大丈夫よね?」


 折角ポトトが見つけてくれたのにもったいないような気がするけれど、試してみないと何も分からない。失敗しても良いのなら、挑戦しない理由は無い。

 ポトトに作戦を伝えて、ひとまずお互いに1匹ずつトビウサギを追いかけてみることにする。もし追いつけるのなら、狩りはその方法にしましょう。

 茂みなんてないから、まずはトビウサギの背後に回る。丸くてかわいい尻尾を見ながら、できるだけ慎重に近づいて、近づいて……。トビウサギが私達に気付いた!


「行きましょう、ポトト!」

『クルッ!』


 トビウサギが跳ねたと同時に2人で一斉に駆け出す。2手に分かれて逃げるトビウサギを私とポトト、それぞれが追いかける。

 私の目の前で上下に揺れる白い尻尾。私との距離は……遠くなる一方ね。さすがに追いつけない。これ以上追いかけるとリリフォンに戻れなくなってしまうし、私は早々に追いかけることを断念した。荒くなった息を整えながら、


「ポトトの方は……」


 振り返って、ポトトが走って行った方を見てみる。と、トビウサギの首根っこをくちばしで咥えたポトトがいた。


「やったわ! さすが、ポトトね!」


 駆け寄ってポトトの柔らかい羽毛に抱き着く。どこか自慢げなポトトから温もりのあるトビウサギを受け取る。大きな外傷は無くて、トビウサギもまだ生きていた。うちのポトトは本当に優秀ね。

 抱きかかえて私の腕の中で暴れるトビウサギ。蹴りを受ける私の体力の減りはそれほどでもないけれど、それでもこのままというわけにはいかない。


「あなたの命、大切に使わせてもらうわね。――〈即死〉」


 スキルを使うと、途端にトビウサギは動かなくなった。もし、もう1匹のトビウサギがこの子の特別な関係だったのなら、彼あるいは彼女からこの子を奪ったことになる。命を奪うものとして、その事実は絶対に忘れてはいけない。

 だからと言って、命を奪うことを忌避してばかりでは生きていけない。生きることは、命を頂くこと。ウルセウでサザナミアヤセが教えてくれたことね。

 しばらく目をつぶって感謝を述べた後、


「……行きましょうポトト」


 私達は再度、トビウサギを探す。生きるために。そして、殺すために。

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