○side:M ヴィエティにて
お久しぶりです。皆さまお待ちかねの私、メイドのお話です♪
どうやらお嬢様は無事、ウルセウで良き日々を過ごされた様子。温かな人々に囲まれ、悩みながらも着実に己が役割を果たそうとしておられましたね。今もポトトを抱いて喜ぶ姿は純粋であどけなく、可愛らしいです。
さて。“欲望の町”とあるように、ウルセウにはお嬢様が見なかった裏の顔がございます。そのうちの1つを紹介いたしますね。苦手な方はお耳を塞いで、目を閉じて。次のご飯の時間まで、お待ちください♪
赤竜を倒し、お嬢様がご友人のアイリス様と依頼についてお話をしていた頃。私はポトトを手綱で操って物資を運ぶ傍ら、町を巡って情報を集めていました。
主だった理由として、見方によっては国賊であるお嬢様を狙う不届き者がいる可能性があったからです。汚い言葉や悪態については、お嬢様であればどうにか折り合いをつけることでしょう。が、物理的な障害については、まだまだステータスが非力なお嬢様では対処できません。そこは、従者である私の領分というわけです。
「やあ、メイソン君。今日も忙しいね」
「はい。こちらがエメオー商会への荷物でよろしいでしょうか?」
「おうさ、頼んだぜ!」
メイソンは今の私の名前です。
“死滅神の従者”としてある程度認知されてしまっている私は、こうして変装して動くことが多いです。相手に警戒されたり、思わぬところでお嬢様に迷惑をかけたりしてしまいますからね。
〈偽装〉をはじめとした誰かを欺くスキルが無いため、私自身の器用さでもって変装と変声を行なうしかありません。幸い、私の髪色も目の色も珍しいものではありません。長い髪を隠し、眼鏡をかけて、目深に帽子を被る。最後に体型をごまかせば、ちょっと声の高い青年メイソン君の誕生です♪
自慢ですが、ご主人様やお嬢様の希望に添えるよう、私の『器用』はかなり高いんですよ?
そうして、数日かけて集めた情報によれば、第3王女を支持していた新興の商会の1つ『文天商会』がきな臭い動きをしているとのこと。
第3王女という後ろ盾を失った今。時の人であるお嬢様を“敵”として討ち、商会の名を広めようという魂胆なのでしょう。
「浅はかな♪」
そこからさらに数日後。お嬢様の幼く可愛い寝顔を堪能したのち、私は1人夜のウルセウへと繰り出しました。
夜のウルセウはまた違った色合いに満ち満ちます。中央通り沿いの商店街からは明かりが消え、外周部にある歓楽街が色めき立つ。まだお嬢様に見せるには早い、人々の“欲”――性欲・自己顕示欲・物欲などなど――が溢れかえる地区の中でも、暗さが引き立つ路地裏に彼らはいました。
「『血の刃』でしたか? 嗜好を疑います」
彼らは殺し屋だそうです。種族はバラバラなようですが、人数は5人。各々が得物の手入れをして、これから仕事に向かう様子。強力なスキルをお持ちのお嬢様を殺すなら、寝込みを襲うのが一番ですからね。
彼らが見える建物の屋上に着いた私は、〈隠形〉を使用して姿と気配を消します。従者たるもの、主人を引き立てるために必須のスキルです。続いて使用する〈傍聴〉も、主人の言葉を一言一句聞き逃さないためのものです。決して、殺しのためのものではありませんよ? 全てお嬢様のためのものです♪
「死滅神とは言え、小娘1人だろ? 俺達『血の刃』全員が集まる必要、あるか?」
「ケケ、『勇者はトビウサギにも聖剣』をですぜ、兄貴」
「油断するなってことですね。相手は〈即死〉スキルを持っているんです。最大限の警戒は必定かと」
「麻痺毒も煙玉も用意できた。敵はその女1人なのか?」
「身の回りを世話する侍女がいるらしい。そいつもやれ、とよ」
そんなことを話し合っていますね。“殺し屋”の職業もありますが、どうせ彼らは自らの職業を放棄した、ならず者でしょう。おっと、彼らが動き出してしまいまいした。表に出る前に処理をしなくてはいけませんね。
どうせ殺すなら正々堂々。路地から出ようとする彼らの前に飛び降りて、挨拶をします。でなければ、主人であるお嬢様の品位を疑われてしまうので。
「初めまして、さようなら、メイドです♪」
と、頭を下げようとしたところで私の足に向けて矢が飛んできました。判断が速くて好印象です♪ ひとまずそれを掴み取り、お辞儀を済ませます。矢の先には何か液体が塗られていますね、何の薬でしょうか。
「俺達血の刃に何の用だ?」
そんな風に聞かれてしまえば、答えるしかありません。
「――お嬢様に仇なすあなた方を、お掃除しに来ました♪」
そう言って笑って見せると、何が可笑しいのか男たちは声をあげて笑うのです。その隙に〈鑑定〉、失礼しますね。……なるほど。やはり職業が殺し屋の方はいらっしゃいません。
「おいおいお嬢ちゃん。俺達もさすがに暇じゃねぇ。とっとと帰んな」
「てか、侍女にしてはえらく別嬪じゃねーか」
「ケケッ、そうですね! 兄貴、ふんじばって後で回すのはどうです?」
聞くに堪えないとはこのことですね。今回は赤竜退治に使ったご主人様からの贈り物を使う必要はなさそうです。〈収納〉から普通のナイフを取り出した私は、自らに課せられた仕事に取りかかります。
「あは♪ それでは、ごきげんよう」
やはり、主のために尽くすのはどこまでも楽しいですね。1分もかからず清掃作業が済んでしまったのは、とても残念でした。
翌朝。
「お嬢様、朝です、起きてください」
「んん……あと少しだけ……。ポトトがぁ……えへへ……。すぅ……」
いつものように寝起きが悪いお嬢様の起床を待つ間、買い集めた朝刊の、その片隅の記事に目を通します。『成り上がり文天商会 殺し屋との関係は?』という見出し。内容はならず者たちの遺体が握っていた文天商会の印。また、彼らに脅されていたという一部中小商会の方々の声が書かれていました。ここからはウルセウの衛兵様たちと新聞記者様に期待ですね。
「それとも、商会への報復までした方がよろしかったですか、お嬢様?」
寝息を立てる主人からの返事はありません。今回はお嬢様が禁じた無用な殺しではありませんよね? なぜなら私に経験値が入りましたから。
ですが、そこでふと先日、お嬢様が言った言葉が思い出されます。自分が間違えた時は誰が教えてくれるのか、止めてくれるのか、と。私はフォルテンシアの人々が誅してくれるとお答えしましたね。
では、もし私が間違った時は? 考えずとも、そんなものは決まっています。
「お嬢様が、私を殺してくださいね……」
ベッドに広がる、主人の黒く滑らかな髪をすくいながら。私はあるべき姿へ向かっているはずの主人のために使命を果たすだけです。




