七話 自由奔放な公爵家当主
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「————やあ。やあ。まぁた随分と派手に暴れちゃってるねえ? どうしたんだよ世話役。この調子だと、間違いなく大臣が涙目で押しかけてきちゃうんじゃない?」
けらけらと笑いながら、他人事のようにノーヴァスに話かけるのは赤髪短髪の痩躯の男性。
名を、レヴィ・シグレア。
ロストア王国に籍を置くシグレア公爵家の自由奔放で知られた若き当主であった。
「……また抜け出してきたんですか」
「勿論。政務は息が詰まって仕方が無くてねえ。こうして息抜きでもしてなきゃやってられんさ」
抜け抜けと言い放たれるレヴィのその言葉に、ノーヴァスは、はぁ、と殊更に深い溜息をついてみせる。
自由奔放。
といえば聞こえはいいが、実際はただのサボり魔というのがレヴィという男の実態であった。
「どうしてこんな男が、公爵家の当主なんでしょうね」
「有能だから?」
「……エヴァン様含め、能力ある人間は癖がないといけないという制約でもあるんですかね」
その現実を直視したくないのか。
一度目を瞑り、そしてまた、ノーヴァスは溜息を吐いていた。
「それにしても、あれ。とんでもないね」
「閣下の目から見ても、そう映りますか」
「一言で表すなら〝規格外〟ってとこじゃない?」
今も尚、〝第六位階水魔道〟を楽しそうに〝多重展開〟を使って相殺し合う光景を前に、若干引いた様子でレヴィが答える。
「でも、あのレベルなら、正規の手段で迎えられたんじゃないの? 出自不明の人間を臣下に迎えるために、あれから更に七年も費やす必要はなかったように思えるけど」
元々、ヒイナを迎えに行こうと思えば、エヴァンは別れてから三年後の時点で迎えにはいけたのだ。
しかし、その行為には周囲からの反発があった。何より、それをしてしまえば、ヒイナにとっても不幸になるとエヴァンにとって近しい人間から彼に指摘が向けられていた。
だから、エヴァンは問うた。
自分は、どうすれば良いのかと。
そして、問われた彼の父であり、現国王は、ロストア王国のとある魔物発生区域にて、七年討伐の任につけと命を下した。
それを完遂するだけの覚悟と、功績があるのならば、もうお前のその行動に誰一人として文句は言わさん。
そんな条件を取り付けていた。
「……エヴァン様の言葉を借りるならば、そんな状態で迎えに行けるかよ。だ、そうです」
「成る程ねえ。あの子は正真正銘、殿下のお気に入りってわけだ」
喜色に笑むレヴィの姿を前に、嫌な予感でも覚えたのか。ノーヴァスは眉を顰める。
「ロクでもない事を考えてませんか」
「まっさかあ。ただ、気晴らしにいつかちょーっと殿下を揶揄おうかなって思っただけだよ」
まごう事なきロクでもない事じゃないですか。
疲労感を滲ませてそんな言葉を口にするノーヴァスであったが、口角をつり上げるレヴィにはどこ吹く風。
殿下って反応面白いし、揶揄い甲斐があって。
当然のように続けられたレヴィの悪戯心に満ち満ちたその一言に、ノーヴァスは堪らずうな垂れ、説得を放棄した。
「とはいえ、これだけの実力者を腐らせておくには惜し過ぎるねえ」
「……曰く、ヒイナさんはあのベロニア・カルロスの後任をなさっていたらしいですからね」
「……ベロニア・カルロスって、あの?」
「恐らくは」
ロストア王国の隣に位置するリグルッド王国。
かの地にて、〝賢者〟とまで謳われた魔道師がいた。既に故人であるが、その名声は他国にまで響いており、ある程度世情に詳しい人間であれば、誰もが知っている程の有名人であった。
「というか、後任をしていたというより、それ完全に厄介払いで押し付けられただけでしょ。……だけど、驚く事に彼女は持ち前の才能でなんとかしてしまったと。これまた殿下が聞けば、荒れ狂いそうな話だね」
「全くです」
「しっかし、よくもまあ、出自不明とはいえ、そんな重要人物を招けたもんだねえ」
「いえ。ヒイナさんが言うには、追い出されていたらしいですよ」
「……うん?」
レヴィにとって、ノーヴァスのその言葉は到底信じられないものであったのか。
素っ頓狂な声を漏らしていた。
「……いや、いや。あんな子を追放しちゃうの? あんな、才能の塊を?」
あからさまに動揺するレヴィの目の前では、エヴァンと共に『魔道』の比べ合いをする規格外が一人。
とてもじゃないが、追放するべき人材でない事は誰の目から見ても明らかであった。
けれど、驚愕に目を見開くレヴィの様子も、次第に落ち着いていく。
「……うんや、出自不明であるのなら、それを嫌う人間は一定数存在する、か」
貴族という生き物は厄介なもので、いくら才能があろうと、血をはじめとした地位を重んじる風習故に、平民と呼ばれる者たちが軽んじられる事は少なくない。
そしてそれは隣国であるリグルッド王国だけに限らず、ロストア王国でさえもその風習は僅かながら残っていた。
「そういえば彼女、殿下の臣下になるんだったっけ」
「ええ。そう聞いていますよ」
「だったら、僕が仕事を押し付けても問題ないよねえ?」
客人でなく、臣下になるのならば。
その確認をしてからレヴィはゴソゴソと胸元に手を突っ込んで手探りに何かを探す。
「押し付ける、ですか」
「あー、待って待って。変な言い方しちゃったけど、一応これ彼女の為でもあるからさあ」
だからそんな怖い目を向けないでよとレヴィは慌てて弁明。
「ちょうどね、殿下達にぴったりな仕事があるんだよ。強力な『魔道師』が必要なお誂え向きの、ね」
「……成る程」
「一応、殿下と国王陛下との約束は多くの人間が知るところであるから表立って文句を言うやつはこの国にはいないけれども、殿下の臣下がただ飯ぐらいってのは色々とよろしくないでしょ?」
だから早速ではあるが、仕事をこなさせ、地位をそれなりに確立させてはどうかとレヴィが言う。
「というわけで、はい」
そして、封のされた書状をノーヴァスに向けて差し出し、押し付けるようにして渡していた。
「今は無理だろうから、そうだね。君が機を見て渡しておいてよ」
未だ展開される『魔道』の比べ合いを一瞥し、当分は無理であると悟ってか。
ノーヴァスに任せてレヴィは背を向ける。
「ただまあ、これは強制ではないから、やるかどうかの最終判断は殿下に任せるって事で。けど、それはネーペンスが寄せてきた依頼だから、受ける価値は十分あると思うよ」
その分、仕事の内容もハードっぽいけど。
その一言を最後にレヴィはその場から離れてゆく。
ネーペンス・ミラルダ。
レヴィが別れ際に口にしていた人物の名であり、典型的な選民思想を持ったロストア王国に属する貴族の名であった。
ただ、彼の場合は、魔道師としての実力も高く、代々高名な魔道師を輩出している御家故の選民思想でもあった。
だからこそ、彼相手であれば実力を証明してしまえば間違いなく黙る。メリットもある事だし、この依頼を受ける価値は十分あるんじゃない?
というのがレヴィの言い分であった。





