六話 比べ合い
* * * *
「————それにしても、随分と早いお帰りでしたね。せめて三年間は、と約束を取り付けてらっしゃったのでもう少し時間を要するのかと思ってました」
だから、エヴァン様の乗る馬車を目にした時はてっきり見間違いかと思いまして。
そう言って、先生は笑った。
「……タイミングが良かったんだよ。タイミングが」
私の事を慮ってか。
事情を知ってる筈のエヴァンはあえて言葉を濁してくれていた。でも、まあもう過ぎた話だしと私は割り切っていた事もあって事実を伝える事にした。
「えっ、と。私、公爵閣下に頼んで王宮魔道師にねじ込んで貰ったんですが、色々とあって追い出されちゃって。あ、でも、元々エヴァンを探す為に入ったようなものでしたし、ほんと、もうぜんっぜん気にしてないんで」
だから、気は遣わないでくれ。
と、先んじて言っておく。
「そう、だったんですね」
「————だがまあ、これからは安心しろよ」
少しだけ気落ちしたような声音で返事する先生の言葉にエヴァンが大声を被せた。
「そんな事をするやつは、この国にはいねーから。というか、そんな馬鹿な真似をするやつは、逆におれが追い出してやる」
王子の地位は伊達じゃねーんだぜ。
なんて得意げに鼻を鳴らすエヴァンを前に、笑わずにはいられなかった。
「……ただの職権濫用じゃん」
「権限ってのはこういう風に使うんだよ」
じゃないと王子なんてやってられるか。
そう言葉が締めくくられる。
やがて、そうこう話している間に、たどり着く郊外に位置する寂れた更地の場所。
好き勝手に草木が生えているだけで、もう先程までのひと気はすっかり失われていた。
「さぁて、着いた。ここなら、誰にも迷惑をかけないで済むだろ?」
喜色に表情を染めながら、待ちきれないと言わんばかりにエヴァンが言う。
程なく、一歩、二歩とゆっくり彼は私との距離を広げてゆく。
「はじめはさ、折角、十年以上振りに会うんだしって事で、おれがヒイナに何かしてあげられる事はないかって考えてたんだよ」
次いで挙げられる言葉の数々。
それは食事だったり、プレゼントであったり、観光であったり、他愛ない世間話であったり。
「でも、そういうのは何か、おれららしくない気がして。そう考えると、一番初めにする事といえばこれしかないかなって思ったんだよ」
導き出したエヴァンの答えこそが、
「十年以上振りの、『魔道』の比べ合い」
————『魔道』。
間違いなくそれは、私とエヴァンが仲良くなったきっかけであり、共に過ごした短い期間の中で一番一緒に触れていたものであった。
「おれららしいだろ?」
「……うん。そうだね。確かに、それもそうだ」
私達の思い出の大半が『魔道』によるもの。
だったら、これはぴったりだ。
何より、ずっと昔に一度も勝てなかった相手に、十年以上越しに一泡吹かせてやるというのも悪くない。
散々待たせてくれたお返しを、ここで倍返しに上乗せしておくのも悪くなかった。
そして、十分過ぎるほど私との距離を取ったエヴァンの足がやがて止まる。
次いで、さあ、始めるか。
といったところで、
「————そういえば、ヒイナさんはどんな任務をこなしていたんですか」
私側にいた先生から、唐突に質問が飛んできた。
任務、という事は王宮魔道師として活動していた頃に対する問い掛けなのだろう。
そう自己解釈をして、答える。
「ベロニア・カルロスさんって方の後任をさせていただいてました」
半ば押し付けるように、とある貴族様から与えられた任務。
確か、魔道師長って呼ばれていた年配の方の後任と聞かされていたけど、意外とどうにか与えられていた任務はこなせていた、筈だ。
追放されてしまった手前、今や、ちゃんと出来ていたかあんまり自信はないけれども。
「……ベロニア、カルロスですか」
何故か先生は驚いていたけれど、既にエヴァンが私に向けて手のひらを向けており、その後に続いたであろう言葉に耳を傾ける余裕はなかった。
そして、エヴァンに倣うように私も手のひらを向ける。きっと、彼ならばあの魔道を選ぶ。
そんな確信が、私の中にあった。
「それじゃ、やろうかヒイナ————」
辛うじて聞き取れたエヴァンの声を耳にしながらすぅ、と息を吸い込んで
「「————〝第六位階水魔道〟————!!!」」
私達は同時に言葉を紡ぐ。
それが、始動の合図となった。
直後、全く同じタイミングで宙に描かれる天色の特大魔法陣。それが、二つ。
しかしそれらは互いに衝突し合い、程なく相殺されて消滅。
僅かに残った飛沫が、周囲に響く盛大な破裂音と共に散らばってゆく。
その事実を前に、目に見えてエヴァンは驚いていた。
だけれど。
「これだけで終わらないよ」
そして、エヴァンからの返事を聞く前に私は向けていた手のひらを左から右へスライドさせるように並行移動させる。
「〝多重展開〟」
立て続けに魔法陣を展開。
それも、今度は一つだけでなく————一気に五つ。五方向からによる〝第六位階水魔道〟だ。
水浸しになっちゃえ。
しかし、私の想いは天に通じなかったのか。
「……ッ、〝多重展開〟!!」
驚いた様子でありながらも、全く同じ言葉と同じ数の魔法陣が眼前に展開される。
そしてまた————相殺。
「は、ははっ! やっ、ぱり、相変わらず天才だよお前!! 〝普通〟は第六位階クラスの『魔道』を多重展開なんて出来っこないんだけどなぁッ!?」
実際に目の前に出来ている人間がいるのに、普通は出来っこない。
なんて言われても信憑性がないにも程がある。
でも、こういうやり取りは特に久しぶりだったからか、とても楽しくて。
だからつい、もっと驚かせてやろうとか思ってしまう。
ただその感情は、私だけじゃなくてエヴァンも同じだったのか。
「〝多重展開〟が出来るんなら、んじゃ次は七ついくぞ!!」
声を弾ませて、子供みたいに笑う。
「どんどん増やしてくっから、無理なら無理って早く言えよっ!!?」
言葉の通り、展開される七つの魔法陣。
それらを相殺せんと、今度は私が合わせて陣を展開する。
相殺。展開。相殺。展開。
ひたすらその繰り返し。
その最中、巻き込まれないようにと私達からゆっくりと距離を取っていた先生から、苦笑いを向けられたような気がしたけど、多分それは気の所為ではなくて。
十年以上振りの『魔道』の比べ合いは、まだ始まったばかりだった。





