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五話 ノーヴァス・メイルナード

「わあ」


 エヴァンに名前を呼ばれ、窓の外の景色を覗き込むと、朧気ながら眺めていた筈の光景からすっかり移り変わっており、立ち並ぶ見慣れないゴシック式の建物が視界に飛び込んでいた。


 その新鮮さを前にして、逸る気持ちが行動として現れる。

 気付けば私は、乗り込んでいた馬車の扉を押し開けていた。


 ……ただ、まだ頭がうまく回っていないのか。

 段差のせいで足ががくん、と持っていかれる。


「おいっ、ヒイナ————」


 私のその様子を前にして、焦燥感の込められたエヴァンの声が聞こえてくる。

 でも、その時既に私の身体は前のめりに倒れていて。


 だけど、次の瞬間。

 ぽすん、と柔らかい感触が私の顔に広がった。

 地面のような硬質さとはかけ離れた衣類のような感触。そして転げないようにという配慮なのか、抱き止められる。


 そしてどうしてか、そこからは懐かしい匂い(、、、、、、)がした。


「……先生?」


 お陰で、考えるより先に口を衝いて言葉が出てきてしまう。

 体勢を整えながらゆっくりと顔を上げてゆくと、そこには見知った顔があった。


 名を、ノーヴァス・メイルナード。


 名前が長いし、私も「先生」の方が呼びやすいから「先生」って呼ぶ。

 そうエヴァンと一緒に決めて、苦笑いを浮かべていた銀髪の美丈夫がそこにいた。


 性別は男性と聞いてるけど、長い睫毛に縁取られた大きな瞳や、甘く繊細なその容貌は、事前に知らされていなければ女性と勘違いしてしまいそうでもあった。


「お久しぶりですね、ヒイナさん」


 ……ただ、十年前と何一つとして変わっていないその相貌に、少しだけ思うところもあった。

 先生はもう少しくらい老け込んでいても良いだろうに。そんな事を考えていると


「……何か変な事を考えていませんか?」


 にこにこと笑いながらも、何処か圧を感じられる言葉が私の鼓膜を揺らす。


「い、いえ!」


 ……鋭いところは相変わらずだなあ。


 そんな感想を抱きつつ、私は「失礼しました!」とだけ告げて先生の側から少しだけ距離をとった。


「着いて早々、危なっかし過ぎるだろ……」

「あ、あはは」


 先生と私が話している間に、馬車から降りてすぐ側にまでやって来ていたエヴァンに呆れられる。

 本当にその通りで、心の中で私も自分自身に向けて何度も言い聞かせておく。


「にしても懐かしいものですね。こうして三人が集まる、というのも」

「十年以上振りだしな」


 先生のその質問のお陰で、すっかりエヴァンに聞き忘れていた事を思い出す。


「……そういえばエヴァンって、この十年何してたんですか?」


 ただ、本人に聞くと何となく教えてくれない気がしたので質問の矛先は先生だ。


「そう、ですね。あえて答えるとすれば、準備、ってとこでしょうか」

「準備、ですか」


 それが一体、何の準備であるのか。

 一番重要であろうその部分は、何故か先生は言ってくれなくて。


「それ以上を言っては、エヴァン様にお叱りを受けてしまうので。まあ……ただの照れ隠しですよ」


 私の内心が顔に出てしまっていたのか。

 だからこれ以上は勘弁してくれと先んじて言われてしまっていた。


 準備って一体何の準備?

 と、聞きたくて今度はエヴァンに視線を向けるも


「……いずれな」


 今は答える気がないのか。

 そうはぐらかされてしまう。


 でも、いつか話してくれるのなら、まあそれでいっかと渋々納得する事にした。


「それよりもだ。折角こうして再会出来たんだ。久々に、おれがヒイナの魔道を見てやるよ」


 いい場所があるんだ。

 そう言って目を輝かせるエヴァンはやっぱり昔と何一つ変わってなくて。


「あまりやり過ぎないで下さいね。大臣が涙目でまた押し掛けてくる事になりますから」

「……そ、そんな事もあったな」


 先生の注意を聞く限り、護衛を巻いて勝手に一人で森にやって来るやんちゃぶりは未だ健在であるらしい。

 そして、注意を受けて目を泳がせるところも。


「ぷっ、あははっ」


 その光景が私にとってどうしようもなく懐かしくて、面白くて。堪らず笑ってしまう。


「見てやるとか言ってるけど、もう私の方がエヴァンより上かもしれないよ?」

「ほぉ。いいぜ。その挑発、乗った!」


 ————どっちが上か、十年振りに白黒つけようじゃん。


 目に見えて上機嫌に言葉を紡ぎながら、何処かへ向かって足早に動き出してゆく。

 そんなエヴァンを私も追い掛けようとして、


「————ヒイナさん」


 何故か、私だけ先生に呼び止められた。


「ありがとうございます」


 そして、どうしてかお礼を言われる。

 今まさにエヴァンに付き合おうとしているからなのか。はたまた、昔の約束を果たしたからなのか。


 先生が何のお礼を口にしたのか、分からなかった。だから、私は首を傾げる。


「エヴァン様は、ヒイナさんに出会われてからというもの、よく笑顔をお見せになります」


 ……まあ確かに、私と出会った時のエヴァンは物凄く捻くれてたし、多分私が友達一号なんだろうなあと思うくらいには取っ付き難かった。


 でも、王子という立場であるなら友達作る機会なんて早々やって来ないかもしれないし、それは仕方ない部分もあるのかなって思って。


「いえ、エヴァン様にとってヒイナさんは、〝特別〟ですから。だから、笑顔をお見せになるんだと思います」


 私の内心を見透かした先生に、否定される。


「意外と嬉しいものなんですよ。一人だけじゃないんだって、知れる事は。天才といえば字面は良いですが、実際問題、孤独なだけですから。……ヒイナさんさえ良ければですが、どうか支えてあげて下さい」

「それは勿論」


 十年以上も待たせた事についてはまだ、根に持ってはいるけど、エヴァンと一緒にいる事は昔と変わらず、楽しそうでもあった。

 何より、臣下になるとも約束してる。


 王宮を追い出されて、ちょうどどうしようか悩んでた事もあったし、当分はまた一緒に笑い合えたらいいなって思いながら、私は屈託のない笑みを浮かべた。


 ————二人してなぁに、立ち止まってるんだよ。早くこいよ。


 気付けば随分とエヴァンとの距離が空いてしまっており、不満げな声が遠くから聞こえてくる。


「エヴァンが拗ねる前に、行きましょっか」

「それもそうですね」


 呼び止めちゃってすみません。

 向けられるその言葉を最後に、私は先生と一緒にエヴァンの後を追う事にした。

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理不尽な理由で追放された王宮魔道師の私ですが、隣国の王子様とご一緒しています!?
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元悪役令嬢の私は、二度目の人生を得たので今度はちゃんと慎ましく生きようと思います
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