四話 エヴァンと出会ったきっかけ
* * * *
がたん。がたん。
小石を飛ばしたり、乗りあげたり。
車輪を動かして音を立てて前へ進む馬車に、半ば強制的にエヴァンに乗せられていた私は窓から射し込む暖かい日差しも相まって猛烈な眠気に襲われていた。
意識が揺蕩う中でどうにかそれを繋ぎとめながら、そういえば私とエヴァンの出会い方って変わってたよなあ。
そんな事を思いながら、ひとり私は懐かしんでいた。
◆
私とエヴァンが出会ったきっかけというものは、本当に私にとっては偶然の産物だった。
「先生」は、似たもの同士がなるべくして引き寄せられただけ。そう言っていたけれど、私にとってはどこまでも偶然だった。
『————そこで何してるの』
始まりは、私のその一言。
偶々、家の近くの森にて山菜を採っていた私は、その日に限って何となく、踏み入れた方が良い気がして、奥へと進んでいた。
そこで私は、仏頂面で、不貞腐れて、不機嫌そうで、身体中泥だらけの少年と出会った。
見慣れない人だったから、道に迷ったのかなって思って声を掛けたのにその子は全然返事をしてくれなくて。でも放って置けなかったから結局、日が暮れるまでその子に私は構い続けた。
それが、私とエヴァンの出会い。
正直、間違ってもそれは「素敵」とは言えないものであった。
『何もかもがつまらないんだ。……お前には分からない悩みだろうけど』
木の幹に背をもたれ、ぼけっと青色から茜色に変わって尚、ずっと空を眺め続けていた少年は、唐突にそんな呟きを漏らした。
折角心配をして、ずっと話しかけてあげてたのに、漸く口を開いたかと思えばそんな憎まれ口で、思わずカチンと来た。
『……つまらないって何が?』
『全部』
にべもなく答えてくれる。
でも、あまりに返事が大雑把過ぎて私にはいまいちピンと来なかった。
そして、ずっと空を仰いでいた少年の視線がその時初めて私に向く。
『……誰もが言うんだよ。凄いだ。天才だ。羨ましいだ。そんな、世辞の言葉を飽きもせずにひたすらおれに』
『良い事じゃないの?』
『なわけあるかよ』
苛立ちめいた様子で即座に返事がやってくる。
彼の事はよく知らないけれど、天才であるのなら、それは幸せな事なんじゃないのかなって思ったのに、彼は違うと即答していた。
『好きでなったわけじゃないのに、気付けば誰かしらに僻まれてる。努力をしても、それが当たり前であると思われる。そんな人生、楽しいか?』
きっとそれは、恵まれているのだろう。
けれど、恵まれているけど、恵まれていない。
そんな矛盾を孕んだ恵まれ方だ。
『挙句、あいつらが見てるのはおれじゃない。天才であるエヴァンという人間しか見てねえんだ。だからおれは嫌気がさして逃げ出してやった。もう、誰の顔も見たくなかったから。あいつらの声を聞くだけで、腹が立って仕方がなかった』
……だから、おれは迷子じゃない。
今更ながら、私の考えをそう否定された。
ただ、漸く話してくれた彼の話というものは、私にとっては全く縁のないものであった。
でも、目の前の少年が本心から悲しんでる事は分かった。
先の言葉は偽りではないと何故だか分かった。
そして何故かその時の私は、そんな彼を助けてあげたいと思ってしまったんだ。
だから、
『あのさ。天才って、何が天才なの?』
尋ねる事にした。
『あ?』
『結局それって、理解されないから辛いんだよね。だったら、私が理解してあげる』
そう言うと、どうしてか彼に鼻で笑われた。
『……お前は『魔道』のまの字も知らないだろ』
『『魔道』?』
『ほらな』
どうやら、少年が天才と呼ばれている所以というものは、その『魔道』というものが理由であるらしい。
『……じゃあ教えてよ。私に、その『魔道』ってものを』
ここで黙って引き下がっては、私が負けたような気がして。
だから、食い下がる。
『時間の無駄だろ』
『どうせ無駄にしてるんだし、いいじゃん』
『…………』
図星だったのか。
彼は気不味そうに黙り込んでいた。
やがて、十数秒と沈黙の時間が過ぎ、
『……一回だけだぞ』
一度やれば私が黙ると考えてか。
妥協の言葉を口にして彼はその場から立ち上がり、そして一度限りの『魔道』のレクチャーが始まった。
『魔道』とは、血液と共に身体を巡る『魔力』を感知する事から全ては始まる。
それを手に集約させ、撃ち出す。
その際に大事な事はどんな『魔道』を繰り出すのか。鮮明なイメージを頭に思い浮かべる事。
その二つさえクリアしていれば————
『————〝第六位階水魔道〟』
彼がそう呟いた直後。
一瞬にして、特大の魔法陣が私達の目の前に浮かび上がり、そこから渦巻いた水柱が猛烈な勢いで打ち上がってゆく。
私にとってそれは、正しく幻想風景であった。
同時に、自分自身を天才と呼んでいた彼が真に天才であるのだと認める。
……ただ。
————出来る気はしないけど、やってみない事には何も分からないよね。
そう、心の中で自分自身に言い聞かせて、彼に倣うように私も目の前に手のひらを向ける。
そして目を瞑り、先ほど見た光景を頭の中で思い浮かべた。
私には『魔道』の心得なんてものは全くないから本当に全て、感覚で。
彼に教えて貰った言葉だけを信じて、強くイメージする事だけを心掛ける。
すぅ、と思いきり息を肺に取り込んでから、一字一句同じ言葉を、
『————〝第六位階水魔道〟!!!』
紡いだ。
『あ、れ?』
……けれど、魔法陣こそ浮かび上がったものの、先程のように水柱が沢山打ち上がる事はなく、小さく細い水柱っぽい何かがちょこんと一度打ち上がるだけに終わった。
『……う、うそだろ……。い、や、お前、『魔道』について全く知らなかったんだよな……?』
でも、その結果は彼にとって予想外に過ぎたのか。驚愕に目を見開いて詰め寄ってくる。
『……そうだけど』
私が答えると、少しだけ悩むような素振りを彼は見せる。
やがて、
『……次は目を開けて撃ってみろよ。イメージと聞くと目を閉じてしまいやすいが、『魔道』の場合は別だ。目を開けてイメージをした方が上手くいきやすい。それと、『魔力』の扱い方ももう少しちゃんと教えてやる』
何故か、急に乗り気になって早口に言葉が発せられる。表情にあった険は、少しだけ薄れていた。
そこから、エヴァンによる『魔道』の特別授業が始まった。
結局、辺りが真っ暗になるまでそのレクチャーは続き、母と「先生」が私達を見つけてくれるまで、それは行われていた。
私とエヴァンは〝第六位階水魔道〟の練習のし過ぎで、別れる時にはすっかり2人して水浸しになっていて。
————お前、天才だわ。
別れ際。
最後まで〝第六位階水魔道〟をエヴァンのように使えなかったというのに心底楽しそうな表情で言われたその言葉は未だに忘れられない。
そんな、昔の出会いを思い返しながら
「————着いたぞ、ヒイナ」
揺れる音が止まると同時に、エヴァンの声が私の鼓膜を揺らした。
柔らかい声音。
不思議と、心地がよかった。





