三十七話 新たな日常に。
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「あああああああああ……」
カルア平原を後にし、王宮へと戻ってきてから数日後。
すっかりミラルダ領での出来事やカルア平原での騒動の余韻も薄れてきた頃、私は、冷静になるや否や頭を抱えて呻く羽目になっていた。
私はどうして、あんな事言ったんだろうか。
王子相手に怒鳴りつけるように説教とか、あの時の私は一体何を考えてたんだ……!!
そんな思考が頭の中で、ぐるぐると巡り続ける。お陰で憂鬱一色に染まり切っていた。
「……ヒイナのやつ、さっきから何してるんだ?」
「帰ってきてからずっとあの調子ですよね」
そのせいで、エヴァンや先生から変人扱いを受ける羽目にもなっている。
いや、今はそんな目を気にしている場合ではない。
「……い、今からでも謝りに行った方がいいかな」
どれだけムカつく人であろうと、相手は一国の王子殿下。にもかかわらず、なんであんな説教染みた事を私は言っちゃったのか。
……理由は、その場の勢いなんだろうけど、やっぱり冷静になってみるととんでもない事をやらかした気しかしない。
「いや、でも、謝ってももうどうしようもないような……」
何か奇跡でも起こって、あの時〝暴食〟を倒す際に協力したレヴェスタさんが私を庇ってくれていたり……しないだろうか。
一縷の望みを願ってはみるけど、去り際にエヴァンが王子さまへとんでもない伝言を、残していたし期待薄だと思う。
要するに、完全に詰んでいた。
「あああ……」
そして、また頭を抱える。
ひたすらこの繰り返しだった。
そんな折。
「……なぁ、ヒイナ。さっきから何してんだ?」
そんな私を見かねてか。
遠くで先生とぼそぼそ話していた筈のエヴァンが、気付けば私のすぐ側にまで歩み寄っていた。
「あー、うん。えっとね、過去の自分の行いを目いっぱい後悔してたところ、かな」
過去に戻れるなら是非ともやり直したい。
今度はちゃんと、銅像のような、ただそこにいるだけの置物と化してるから。
「おれは、ヒイナが後悔する事は何もないと思うけどな。あれは何にも間違ってないだろ。あの王子が全面的に悪い。あれはな」
私が頭を抱えている理由をあっさりと見透かしたエヴァンから慰められる。
……確かに、間違った事をした覚えはない。
ただ、もう少しくらいオブラートに包むべきだった気がするだけで。
「それに、おれはそういう心配はもういらない気がするけどな。ヒイナがあの時、声を上げる前までのあの王子ならまた話は別だっただろうが」
「……? それ、どういう事?」
まるで、私が王子さまに声をあげた事で変化が起こったと言わんばかりの物言いに、疑問符を浮かべる。
エヴァンの言っている意味が、私にはイマイチ分からなかった。
「おれ個人の意見ではあるが、あの王子も少しは聞く耳を持ったんじゃないかと思ってな。とはいえ、だからといって仲が良くなるとは思わないが。おれも嫌われてるだろうなあ」
けらけらと、こともなげにエヴァンは口角をつり上げて小さく笑う。
「ただ、大ごとになるようなら、ルイス・ミラーが止めるだろうし、大丈夫なんじゃないのか?」
ルイスさんの性格からして、それはかなり濃厚とも言える可能性であった。
国を去って尚、ルイスさんに迷惑を掛けてしまうと思うと心苦しくて仕方がなかった。
「私も、エヴァン様と同じ意見ですね。そういう事でしたら、ルイス殿がいるのですし無用な心配かと」
「……そういうものですかね?」
後始末を押し付けるようになってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、いつか何かお詫びをしなければと考える。
そんな折、
「お。いたいた。殿下に、殿下のお気に入りちゃん」
私達を探していたのか。
王宮に位置するエヴァンに与えられた執務室にて、話し込んでいた私達に向けて声が向けられる。
やけに軽い口調のそれは、ロストア王国に籍を置くシグレア公爵家現当主、レヴィ・シグレアさんのものであった。
「……相も変わらずサボりですか」
「いやいやいや! 今回はちゃんとした用事だって! それに、サボるなら僕の場合、王宮から真っ先に抜け出すからさ」
殊更に呆れてみせる先生に慌てて弁明するレヴィさんは、確かに手に何かを持っていた。
あれは、手紙と小包だろうか。
「それは良いことを聞きました。警備の兵に伝えておきましょう」
「僕の場合、魔道を使ってひょいと抜け出すから、それは無意味だと思うけどねえ」
「……それもそうでしたね」
レヴィさんが魔道を使えば、止められないと悟ってしまっているのか。
無駄に優秀なんでした、この公爵。
と言って先生は深い溜息を一度。
「それで、用事とは?」
「殿下と、そこの子にお届け物。差出人が差出人なだけに、僕がきたって事だねえ」
そう言って、レヴィさんはエヴァンに手紙を。
私に小包を渡し、「んじゃ、僕はこれで~」と、手をひらひらさせながら足早に去ってゆく。
本当にそれだけの用事だったのだろう。
「届け物? って、私そんなやり取りする人いないんだけど……」
私が今、ロストアの王宮にいる事を知っている人自体が極々少数である。
だから、身に覚えのない届け物に困惑する私だったけど、一体差出人は誰なのかと渡された小包に視線を向け、
「………」
そして私は言葉を失った。
たぶん、目の前に鏡があったならば、私はさぞ顔面蒼白という言葉がとてもよく似合う表情を浮かべていたと思う。
差出人は何処にもなかったけど、ただ、小包には見覚えのある印が押されていた。
それは見間違いようのないリグルッド王国王家の印。
王宮魔道師を追い出された際、私に渡されたあの手紙に押されていたものと全く同じ印がそこには押されていた。
「……お、終わった」
きっとこの小包の中には、あの時はよくも説教をしてくれやがったな。っていう恨みを込めて、爆弾か何かが入ってるんだ。絶対そうだ。
そして多分、エヴァンに渡された方の手紙には呪いの呪文でも書き記されてるのではなかろうか。
だから、これらはレヴィさんにそのままお返ししよう。そうエヴァンに提案するより先に、怖いもの知らずのエヴァンは渡された手紙の封を破いて中身の確認を始めていた。
「え、エヴァン……!?」
「そんなにビビらずとも、中身は今回の一件に関する謝罪文だ。とはいえ、王家の紋こそあるが、これを書いたのは恐らくルイス・ミラーだろうが」
「……あぁ、びっくりした。ルイスさんか」
一瞬、あの王子さまからの仕返しか何かかと思ってしまったが、どうにもルイスさんからの贈り物であったらしい。
その事実に、私はほっと胸を撫で下ろす。
そして、先程まで頭の中で思い描いていた想像がただの想像であったと分かったので、気兼ねなく小包を開けてゆく。
「……いや、少し違うか。九割ルイス・ミラーが正しいなこれは」
まるで、残りの一割はルイスさんではない別の人間が関わっている。
そう言わんばかりの発言を付け加えるエヴァンの言葉を耳にしながら小包を開けると、そこにはお菓子が入っていた。
それは、リグルッド王国に仕えていた頃、事あるごとに故郷のお菓子といってルイスさんが私に差し入れてくれていたもの。
更には、そのお菓子にメッセージカードが添えられており、「困った時はいつでも頼って下さい」と優しい筆跡で言葉が書き記されていた。
「ルイスさん……」
やっぱり、底抜けに良い人だ。
ベラルタさんに底抜けのお人好しと言われた私だけど、その言葉はやはり私よりもルイスさんにこそ相応しいと思う。
「……って、あれ」
あまり良い思い出のなかったリグルッド王国に仕えていた頃の数少ない良い思い出を思い出す私であったが、見慣れないものが小包に入れられていた事に気付く。
「なんで、花?」
お菓子とメッセージカードに紛れて、一輪の花が入れられていた。
少しだけ萎れてしまっているけど、青と白が基調の綺麗な花であった。
「ルイス・ミラーが入れたんじゃないか?」
花に対して殊更に不思議がる私に、エヴァンがそう言うけれど、私が引っ掛かっていたのは本当にまさにそれが理由だった。
「ううん。それはないと思う。ルイスさん、花の花粉にちょっと弱い人で、基本的に花は遠ざける人だったから」
だから、贈り物に入れるとは考え難い。
とすると、この花は誰が入れたのだろうか。
「それは、ルーステティアの花ですね」
「ルーステティア?」
「はい。結構珍しい花だった筈ですよ」
花を手に取り、じーっと観察する私の側で、先生が花の名前を教えてくれる。
「確か、花言葉は————『一度きりの感謝』だったような気がします」
「一度きりの感謝……ですか。随分と変な花言葉ですねこれ」
まるで、捻くれに捻くれたあの王子様のような花だなとつい思ってしまう。
「案外、それ、あの王子が入れてたりしてな」
「まっさかあ」
恨み言を言われる未来は想像出来ても、あの王子から無害な贈り物をされる未来はちっとも想像出来なくて、それは無いよと返事する。
だけど、もしそうであったならば、あの時、助けた甲斐も少しはあるよねと思えてしまう。
だから、そうであったらちょっとだけ、良いなって思いつつ、
「さて、と。そろそろ良い時間でもあるし、魔物の討伐といくか」
カルア平原での出来事の後。
エヴァンに回ってきた政務の手伝いであったり、偶に出現する魔物の討伐やらを私達は担当していた。
とは言っても、ネーペンスさんの時みたいな竜がいるわけでも、カルア平原の時みたくバカ強い魔物が跋扈しているわけでもない。
ただ、先生曰く、これまでエヴァンは一人で突っ走る事が多かったから、こうして私を誘ってる分、安心が出来ると何故か凄い感謝されたのが印象的であった。
……多分、めちゃくちゃ好き勝手して周りに心配掛けまくっていたんだろうなあ。
「そうだ。今日は特別に、ヒイナがおれより一体でも多く倒したら、何でも一つ、言うこと聞いてやるよ」
「……へぇえ? 大きくでたねえ。後悔しても知らないよ、エヴァン」
「ま、勝つのはおれなんだけどな。そういう訳で、後は現地集合なーー!!」
そう言って一目散に、エヴァンは手にしていた手紙を置いて駆け出そうと試みる。
現地集合という事は、早く着いたもの勝ちという事。
そして側にはちょうど先生がいる。
ならば、する事は一つだろう。
「先生! 今回だけ、手伝って下さい! テレポートお願いします!!」
「ちょ、おいっ!? それはセコイだろ!?」
駆け出していた筈のエヴァンは、私のその一言に慌てて急ブレーキ。
肩越しに振り返り、文句を言い始めるけどもう遅い。
「……仕方ありませんね。今回だけですよ」
先生が笑いながら了承してくれる。
やったね。
最早、私の勝ちは決まったと言っても過言じゃない。
そして浮かぶ転移陣。
次第に、テレポートの発動兆候である光に包まれ始める私だったけれど、
「させるかっ!!」
「あぁっ!?」
そこに無理矢理、Uターンして帰ってきたエヴァンが混ざり込んでくる。
「流石にそれはズルいだろ!?」
「先に言うだけ言って駆け出してた癖に!?」
初めにズルをしようとしたのはエヴァンの方である。だから、私は悪くないと言うとうぐ、と見事に言い詰まっていた。
「と、兎に角、公平だ。公平にやるぞ」
「えええ……」
ぶー垂れる私と言い訳を立て並べるエヴァンであったが、程なくテレポートによってその姿は掻き消える事となった。
そんなこんなと、随分と騒がしくなったロストアでの一日が、今日もまた、過ぎようとしていた。
期間が空いてしまい、申し訳ありません。
これにて、一章は完となります。
書籍版とは少し内容が異なっている為、タイトルをWeb版とさせていただいてます。
また、新作短編も投稿していますので、
書籍共々、あわせてよろしくお願いいたしますー!!
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