三話 エヴァンとの再会
* * * *
「にしても、ひどい言い草だよな……まぁ、おれに原因はあるんだけども」
続け様、私の記憶に色濃く残る少年の面影を残した青年が、何処か申し訳なさそうにそう言葉を発する。
『————嘘つき』
彼がそんな返事を口にした理由は、きっと私の直前のその言葉が原因なのだろう。
十年以上も会ってなかったにもかかわらず、私の中の本能のようなものが、今私の目の前にいるやつこそが、約束を交わした張本人であるとひっきりなしに訴えていて。
「エヴァン……?」
「十年振り、くらいか。久しぶりだなヒイナ」
だから、様子を伺うように名前を呼ぶとまた、私の名前を呼ばれた。
「…………」
これは夢か何かか。
そう思ってつい、自分の頬に手を伸ばしてむにっ、と強く掴んでみるけれど、痛みだけが顔に広がった。多分これ、現実だ。
……だったら、久しぶりどころの話ではない。
ちょっとと言ってた癖に、十年も約束をしたまま会いに来ないってロクでなし過ぎやしないだろうか。
「……おい、そんな目でおれを見るなよ。確かに十年もほったらかしてたのはおれのせいだけど、でも、いざ迎えに行こうにもお前が王宮魔道師になってたせいで、一年近くも悶々と過ごす羽目になったんだぞ」
「……どういう事?」
おれも悪いがお前も悪い。
だから、トントンだろ。
と、口にするエヴァンの言葉の意味が分からなくて、問い返す。
「他国の王宮魔道師を王子が引き抜いたなんて知られてもみろ。大問題になるだろ」
「た、こく?」
「あれ。ヒイナに話してなかったっけ」
「聞いてない。私聞いてないよ……!」
それにさらっと言っちゃってたけど、とんでもない言葉も聞こえた気がした。
「それに、王子って……」
「……ヒイナになら、十年前に言って良いと思ったんだが、『先生』が言うなって五月蝿くて」
だから、意地悪で隠していたわけではないとエヴァンが言う。
「……でも、まあ……なんだ、良かった」
「良かったって?」
「おれの事、忘れられてなくて」
エヴァンを探す為に私は王宮魔道師になったのに、そんなわけがあるか。
って言い返そうとしたけど、
「ほら。おれの事忘れてたから、王宮魔道師の道に進んだのかなって思ってさ。公爵からもお前、随分と気に入られてたろ」
「……ううん。多分、気に入られていたというより、あの方が義理堅い人だっただけだと思うよ」
公爵閣下を助ける事になった際、当初、お礼なんて恐れ多いと口にする私を見かねて、ならば、当家に仕える気はないかと言ってくれるくらい彼は義理堅い人だった。
だから、気に入られていたとかではないと思う。
私がそう言うと、何故か「……絶対違うぞ」なんて言葉が即座に返ってきた。
「でも、ヒイナが指輪をつけてくれてたから、おれの考えが違うって分かった」
だからこうして、待ってた。
いつかお前が王宮を後にした時、すぐに迎えに行けるように。……まぁ、臣下達からは三年が限度って強く言われてたけども。
バツが悪そうにそう口にするエヴァンの様子は、昔と何一つとして変わってなくて。
「勿論、無理にとは言わない。でも、もしお前にその気があるのなら……随分と遅くなったけど、おれに仕えてくれ、ヒイナ」
十年越しに、あの時となんら変わらない言葉を告げられる。
もういっかなって、諦めかけて。
でも、どうしてか約束の事を忘れられなくて。
そんな時に、まるで狙ったかのようなタイミングでやって来て。
……ちょっと、これはずるいよね。
なんて感想を抱いてしまう。
あと、散々待たされたのは私なのに、エヴァンの思い通りに進むのはなんか、納得がいかなかった。
だから、せめてもの抵抗としてすぐには返事をしてあげない。
「……だめ、か?」
すると、十年前の別れる最後の日に見せてきたような不安顔を、エヴァンが浮かべた。
……その顔を前にしては、流石に意地悪し過ぎたかなって罪悪感がわき上がってしまって。
慌てて私は返事をする事にした。
「え、っと、その……私で良ければ、だけど」
なんか、その返事だとプロポーズみたいじゃんって言い終わってから気付いてしまう。
「……なんか、その返事だとプロポーズを受けたみたいな感じするな」
おい。そう思ったけど気不味くなるからあえて黙ってたのに言わないでよ。
「んじゃ、おれらにとって今更過ぎるけど——」
でも、私が羞恥心を感じたその一言を笑って流し、そして何を思ってか。エヴァンは私に向けて手を差し伸ばしてきた。
「————改めて。おれはエヴァン・ヴェル・ロストア。ロストア王国の第二王子だ」
「ヒイナ、……です」
自分が平民である事を卑下する気はないけど、あまりの短さに物足りなく感じてしまって、ちょっとだけ萎縮しながら差し伸ばされた手を握り返す。
そんな私の心境を見透かしてか。
ぎゅっ、と力強く握り返された。
次いで、そういえば、と。
私は預かったままであった指輪をエヴァンに返そうとして、
「それは、ヒイナが持っておいてくれよ」
だけど、エヴァンに先を越されてしまう。
「指輪はもう、ヒイナにあげたもんだから。だから、返さなくて良い。……まあ、いらないなら回収するけど」
若干寂しそうに、言葉が付け足されて、堪らず笑ってしまう。
「そう言う事なら、じゃあ、持っておく」
「おう。そうしてくれ」
そして、十年前のように、二人で顔を突き合わせて私達は笑い合った。
「これからよろしく頼むわ————ヒイナ」
* * * *
「————ヒイナさんを王宮から追放した、ですか?」
エヴァンと再会し、ヒイナがロストア王国に向かう事になった数日後。
彼女を王宮魔道師に推挙した若き公爵閣下————ルイス・ミラーは信じられないと言わんばかりに目を大きく見開き、その事実を伝えにきた使者へ問い返していた。
「……理由は」
そして、告げられた言葉が現実であると理解をして、苛立ちめいた様子になりながらも何とか自制して言葉を投げ掛ける。
「マリベル様を始めとした他の平民出を嫌う貴族方が動いた事に加えて……その、殿下が」
使者はそこからどう言ったものかとあからさまに言い淀み、言葉を探しあぐねる。
その様子で全てを悟ったのか。
ルイスは乱暴に机を叩き、その場を立ち上がった。
「……殿下には、ヒイナさんを丁重に扱ってくれと言っておいた筈ですが」
「そ、の、平民出の人間を王宮魔道師として置いておく理由はない、と仰られてまして」
鬼気迫るその様子に萎縮してか。
使者の男は引き攣った声で、言葉を紡ぐ。
「……やはり、辺境へ向かえという私に下された命はヒイナさんを追い出す為のものでしたか」
……こんな事ならば、やはり当家に仕えてくれないかと強く頼み込むべきであったか。
今更でしかないそんな呟きを漏らしながら、ルイスは盛大に毒突いた。
「一つ、よろしいでしょうか」
「……なんですか」
「……どうして閣下はそれ程までにあの少女にこだわっておられるのですか」
使者のその質問は、この場において至極当然のものであると言えた。
公爵家の当主が、ただの平民でしかないヒイナをそこまで気に掛ける。
一体何故だろうかと彼の様子を前にすれば、誰であっても尋ねたくなるだろう。
現に、使者の男も問い掛けていた。
「単純に、ヒイナさんが『魔道』の天才だからですよ」
使者の質問に対して、ルイスはそう答えた。
「どうして私がヒイナさんを王宮にとどまらせていたか。その理由が分かりますか?」
その問いに、使者の男は首を左右に振る。
ヒイナが一部の貴族から、平民出であるからと嫌われていたにもかかわらず、王宮にとどまらせていた理由。それは、
「……魔物の討伐に一役買って下さっていたからですよ。自身が平民であるからと強く思っているからか。極力目立たないようにしておられましたがね」
だから、いらぬ波風を立てないようにとひっそりと活動してはいたが、その活躍が常人の枠組みを超えたものであったと、実際にヒイナに助けられた事もあるルイスだからこそ、人一倍理解をしていたのだ。
「ちょうど一年前に、病で亡くなられた歴代最強とも名高かった先代の魔道師長がいなくなったにもかかわらず、これまでと何も変わらなかったのは間違いなくヒイナさんの功績ですよ」
それ程までに、圧倒的であったと彼は言う。
ルイスは知り得ないが、ヒイナは十年前。
隣国であるロストア王国にて、エヴァンの世話役を任されていた魔道師からも、天才であると称されていた。
だからこそ、
「……色々とまずい事になりますよ」
これから起こるであろう未来を想像して、ルイスは一人、苦々しい表情でそう呟いていた。





