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二十七話 口は災いの元

「とはいえ、だ。一つだけ、助力するにあたって条件があるんだよね。流石に、メリットがあるとはいえ、助けに向かうのなら、全部吐き出して貰わないとリスクリターンがつり合わなくなるからさ」


 ふざけた様子は僅かになりを顰め、レヴィさんがルイスさんに向かって言葉を告げる。


「どうして貴方は、引き下がろうとしなかった? この子は最早、ロストア王国所属の人間だ。自国の、それも公爵位を賜った人間が、彼女が他国の魔道師になったと知って尚、それでもとどうして助力を求める?」


 単に、私を探していたからなんじゃないのか。

 私が、カルア平原に詳しい人間だったからなんじゃないのか。


 そう思った私だったけれど、事はそう単純なものではないのか。


「そもそも、貴方の一言があれば軍の一つや二つ、動かす事だって————」

「————出来なかったから、来てるんです。一蹴されたから、ヒイナさんを探しにやって来たんですよ、私は」


 少しだけ、不機嫌に。

 眉間に皺を刻みながら、ルイスさんが答える。


「……あまり、死者を悪く言いたくはありませんが、それでもあえて言わせていただくならば……そもそもの原因は、〝賢者〟ベロニア・カルロスが傑物過ぎた。これに尽きます」


 ベロニア・カルロス。

 その名は、勿論私も知っていた。というより、何度か聞かされていた。

 何故なら私は、その人が亡くなったから、彼の穴を埋めるという名目でカルア平原の任についていたから。

 でも。


「あの結界を一から創り出したかの御仁が優秀過ぎたが為に、カルア平原に対する危機感が失われた。そして、私は軍を動かす必要はないと一蹴される事となった。子供の遊びに軍を動かす馬鹿が何処にいるのだと、そう言われたんですよ」


 ベロニア・カルロスさんがあの結界をつくりあげた。そんな話は初耳だった。

 私はあくまで、数年前に死んだ人がつくりあげた結界の維持のため、ベロニア・カルロスさんという方の後任を。としか聞いていなかったから。


「だから……頼らざるを得なかった」


 誰も手を貸すどころか、その必要性を微塵として感じていないのだと彼は言う。

 そもそも、カルア平原の現状を知っている人間は数少なく、日に日に維持される結界が脆くなって来ていた事は、私もよく知るところであった。

 このままでは立ち行かなくなるって。


 だから、ルイスさんは言ったのだろう。

 ————優秀過ぎた、と。


「上はまだ理解をしていない。ベロニア・カルロスが死んだ事実を。あの結界は、かの御仁の力で成り立っていた事を、まだ」


 根本的な解決法があるとすれば、それはきっと痛い目を見る他ない。

 ……そんなものだと思う。


 結界が綻んで、魔物が溢れて、少なくない犠牲が生まれて。

 そうなって漸く、事態は認識される。

 そうなって漸く、他人事ではなくなる。


「……こればかりは、殿下の自業自得でしょう。ですが、助けられるものなら、助けたい。私の懸念が杞憂であればいい。しかし、十中八九そうはならないでしょう。あそこは紛れもなく、危険地帯なのだから」


 王子殿下が危険を訴えれば、カルア平原に対する認識もまた変わる事だろう。

 極端な話、王子殿下が死んでもそれは同様だ。


 しかし、これでもリグルット王国の貴族の端くれ。故にだからこそ、果たすべき義務があるのだとルイスさんは言う。


「……なるほど。貴方には元々選択肢は一つしかなかったと」


 吐露された言葉の数々。

 それらを前に、レヴィさんの表情は、渋い顔つきになった。


「それで、独断でやって来たわけだ。それで、引き下がる様子がこれっぽっちもなかったってわけだ」


 先程までの話の流れからして、ルイスさんが独断で赴き、そして独断で助力を乞うている。

 そんな事は誰でも分かる事実だった。


 そして、レヴィさんの視線が私に向いた。


「……知っての通り、この子が行くなら、うちの殿下も助けに向かう事になる。きっとそれは、僕やノーヴァスが何と言おうと聞いちゃくれない」


 不変の事実であるという。


「……まぁ、貴方がこの事実を分かっていないとは思えないけど、一応確認の意味も込めてあえて言っておこうか」


 呆れるように。

 仕方がなさそうに。

 でも、少しだけ楽しそうに。


 どこか、貴方らしいと言うように。


「ミラー公爵。貴方、この後どうなるか知らないよ?」


 独断で。

 それも、他国の王子に頼み込む。

 内容は、王子を助けてくれと。

 そんな内容。


 本来であれば、それはあまりに拙かった。

 でも、見つめ返すルイスさんの瞳には、微塵も躊躇いの感情は湛えられていなくて。


「最悪、貴方の立場は危うくなるかもしれない」

「ええ、もちろん」


 貴族同士、誰もが仲良く手を繋いでいるわけじゃない。疎ましく思っている連中だってきっといるはずだ。周囲はコレをどう捉えるかな?

 と、警告を飛ばすレヴィさんは、ルイスさんに恩を売りたいのか、売りたくないのか。

 判別がつかない態度取り続けていた。


 だけど、続いたルイスさんの言葉に少しだけ、口角を吊り上げた。


「そんな事は、承知の上です。これでも、リグルット王国の貴族ですので、国に仕える臣下らしい役目を果たさなければ、先代から怒られてしまいます。たとえそれが、救いようがない馬鹿王子であろうと」


 自嘲気味に。

 どこか笑いを誘うように告げられたその一言に、場の空気が和む。


「それに、押し掛けておいて何を言っているんだという話ではありますが、これ以上、ヒイナさん(恩人)に迷惑をかけるわけにもいかないでしょう」

「動機が動機なだけに、拙いか」

「申し訳ありません」


 リグルット王国の王子殿下がカルア平原に向かった理由には、不本意ながら私という存在が関わってしまっている。


 そこが拙いのだと指摘するエヴァンの言葉に、嘆息をせずにはいられない。

 完全にとばっちりであった。


 リグルット王国の王宮といえば、ルイスさんのような例外が幾人かいるものの、基本的には選民思想を持った者達の巣窟だ。

 そんな彼らが、仮に王子殿下が命を落としてしまったとして。その理由に少しでも平民出である私が関わっていたと知ったならば————。


 ……その先は、最早言うまでもなかった。


「ふ、はっ。……噂通り、〝ど〟がつくほど律儀な人だねえ。ルイス・ミラー公爵殿」


 それが真、正しい行為であったかどうか。

 その判断は下さないにせよ、少なくともその行為は僕の嫌うところじゃあないと笑顔を浮かべる事で伝えながら、レヴィさんは喉を震わせた。


「でも、そういう人にだからこそ、貸しをつくる価値があるんだよねえ」


 やがて、レヴィさんの視線は閉口し、黙って彼らの会話を聞いていた先生に向かう。


「そういうわけだから、お得意の〝テレポート〟でもうひとっ飛び頼めるかなあ? ノーヴァス」


 あるだろう?

 カルア平原に、〝テレポート〟を使う為の印が。


 そう、予め知っていたかのような口振りでレヴィさんは言う。

 だけど、その発言にはどうしてという感想を抱かずにはいられない。


 カルア平原はリグルット王国の領土内。

 〝テレポート〟は、印をつくった場所に転移する魔道であるが、どうして自国でもない場所に印を作る事になったのだろうか。


 ルイスさんも私と同様の疑問を覚えたのか。

 複雑そうな表情を浮かべていた。


 そんな私達の様子を見かねてか。


「……ん? あぁ、もしかして、ノーヴァスがカルア平原に印を置いてる理由が知りたかった? そんなの考えればすぐに分かる話じゃん。答えは、まだ王宮魔道師として籍を置いていた君の身を案じた殿下が、ノーヴァスにいつでも助けに向かえるようにと無理矢————むぐっ!?」

「余計な事を言うな」


 本気のトーンで忠告を飛ばしながら、レヴィさんの口をエヴァンが物理的に塞いでいた。

 先生はというと、どうでもいい情報を探る暇があるのなら、政務の一つでも真面目にこなしたらどうです。


 と、呆れを通り越して感嘆しながらも————やはり最後は結局、呆れていた。


「ぷ、は————っ。ぃ、息!! 鼻まで塞いだら僕、息出来ないから!!」

「……お前が余計な事を口走るのが悪い」


 数秒経っても口を塞いだ状態を解こうとはしなかったエヴァンから、やや強引に抜け出しながら、ぜぇぜぇと空気を貪りつつ、「口は災いの元と言うだろ」と指摘するエヴァンの小言を遮るように、レヴィさんは叫び散らす。


「……ま、そういうわけだからさ。話も纏まった事だし、徒労にならないよう、出来る限り早く向かってあげよっか」

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理不尽な理由で追放された王宮魔道師の私ですが、隣国の王子様とご一緒しています!?
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元悪役令嬢の私は、二度目の人生を得たので今度はちゃんと慎ましく生きようと思います
― 新着の感想 ―
[気になる点] 他国に移った主人公に救援を求めているところに無理があるように感じます。 軍が駄目なら自国の魔道師もいるでしょうし。 仮にも公爵なのだから、自国の脅威になる可能性があるので、この機会に…
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