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二十一話 vs氷竜

「——————!!」


 距離を取り、放たれる息吹(ブレス)

 距離を詰め、迫らせる翼。鉤爪。


 極め付けに、正体不明の魔法陣を破壊するアレと、圧倒的な機動力だ。

 洞窟の壁を壊し、元々存在していた穴を広げながら立ち回る氷竜を前に思わず泣き言を溢したくなる。


 そして、圧倒的な物量を伴って撃ち放たれた息吹(ブレス)が私とエヴァン目掛けて肉薄し、


「食らうもんか」


 直後、普段であれば目を剥く光景が一瞬にして出来上がった。

 私達の目の前に、炎の壁が生まれる。

 ————〝第四位階火魔道(イグナイト)〟————。


 熱気すら発し、時折揺らぐそれは正しく炎の壁。それも、魔法陣を同時に複数浮かばせた事により、その規模は普段の数倍にも上り、圧倒的な物量の息吹(ブレス)すらも跳ね除ける壁が出来上がった。


 しかしそれも刹那。

 氷竜の攻撃に触れるや否や、奔流の威力こそ、打ち消してはいたが、その炎の壁は急速に冷やされ、ぱきり、ぱきりと音を立てて氷結を始める。


 でも、それで良かった。

 炎の壁に代わり、氷の壁が生まれるお陰で相手の視界から私達という存在が一瞬ばかし消える事になるから。であれば、攻撃を撃ち込めるチャンスが生まれる事になるから。


 だから————任せた、エヴァン。


「ああ、任せろ」


 〝第四位階火魔道(イグナイト)〟が無力化された事を理解した私はすぐ様次の魔道を展開。

 氷竜の注意をそこに惹きつけさせて————


「貫け————」


 その間に、エヴァンの周囲に複数もの金色の魔法陣が浮かび上がり、そこから這い出るように金色の槍が生まれる。

 次いで、バチリ、と、雷の音すら伴ってそれは次々と姿を晒し、


「————〝第三位階雷魔道(サンダーランス)〟————!!」


 手を掲げたエヴァンの意思に従うように、手を下し、言葉を紡ぐと同時に一瞬にして数十もの数に膨れ上がった雷の槍が弓から放たれた矢が如き速度でもって私達の前に生まれた氷壁へと殺到。


 壁など知らない。


 そう言わんばかりに、強引に氷壁に穴を開け、雷槍は氷竜へと飛来を開始。


 しかし、壁越しに繰り出される猛攻を察知してか。逃げるように氷竜はその場から飛び退いて、移動。

 だが、流星群を想起させるソレを避け切るには若干、判断が遅かった。


「、——————ッ」


 痛みに耐えるような言葉にならない苦悶の声と共に、幾つかの雷槍が氷竜の身体を貫き穿つ。


 ……でも、倒すにはまだ。

 まだ、全然足りてない。


「……だ、から、さあッ」


 本当に一体これはどういう原理なんだよ。


 氷竜の注意をひく為に展開しようとしていた魔道がまたしても一瞬にして無力化された事に毒突きながら私は飛び回る相手の姿を目で追う。


 そして追撃をせんと、立て続けに魔道を展開してゆくも、圧倒的な機動力の前には、擦りもせずに終わってしまう。


「……も、うッ、これだけ動けるなら私の言葉に応じてくれても良かったじゃん……!!」


 嘆く。

 身体に刻まれた傷をものともせずに飛行し、戦闘を行う氷竜を前に、叫び散らす。


 でも、交渉をする余地なんてものは最早、どこにも存在しない。言葉すら届かない。

 だったらもう、力でもって無理矢理にねじ伏せるしかなかった。


「……こ、の……ッ」


 身体を巡る魔力を思い切り注ぎ込む。

 そして、魔道を展開。


 本命。陽動。陽動。陽動。陽動。


 一筋縄ではいかない相手だからこそ、ここぞとばかりに湯水のように魔力を消費させてゆく。


 お互いに短期決戦を望んでいる筈。

 だったら、後先なんて考えるな。


 いくら手負いとはいえ相手は氷竜。

 余計な事を考えて勝ち切れる相手ではないのだから。


「流石に、竜ともなると張り合いが出るな」


 負けじと魔法陣を浮かべ、私と共に竜と対峙するエヴァンは何処か愉しそうに言葉を紡ぐ。


 戦闘狂、というわけではないんだろうけど、私が抱いたその感想は間違いではない。何故なら彼が浮かべている表情は、まごう事なき笑みであったから。


「張り合いって……」


 呆れ混じりに、私は聞こえてきた言葉を繰り返しながら白い息を吐く。

 とはいえ、エヴァンの感想は兎も角、この状況は決して悪くはない。


 魔道で相手の攻撃を防ぎつつ、激しい戦闘音を思いっきり響き渡らせる。


 希望的観測でしかないけれど、この音を聞きつけて離れ離れになってしまったネーペンスさんと合流できる可能性というものは、格段に跳ね上がっていると思うから。


「ひっ、どいなあ?」


 呆れる私を見てか。

 エヴァンが何を思ってか、普通の魔道師であればその規格外さに卒倒してしまうだろう物量の魔法陣を虚空に描きながら口にする。


「おれに負けず劣らずの笑顔をヒイナだって浮かべてる癖にさ」


 ————ほら、こんなに楽しそうに。


 って、続けられた。


「……苦笑だよ、これは」


 言い訳を、一つこぼす。

 だけど、その実、向けられたその言葉は強ち間違いではなかった。


 確かに、魔道は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。加えて、私はエヴァンの臣下になった身。


 ちゃんと役に立っているんだって示せる機会があるのなら、それが欲しいと求めてすらいた。


 目に見える結果を求めてる自分がいる。

 だから本来、私にとってこの状況とは寧ろ望むところであり、歓迎すべきもの。

 無意識のうちに、表情に笑みが混ざり込んでいたのもきっと、エヴァンの出鱈目ではないんだと思った。


「なら、そういう事にしておくか」


 一瞥すらせずに、どこか含みのある言葉だけが返ってきた。


「にしても、気付いたかヒイナ」

「……何が?」

「あいつが魔道を無力化させてるタネだ」


 猛り吠えたと思ったら、私達が展開しようとしていた魔道の魔法陣が砕かれ、無力化。

 それがひたすらに繰り返し、続けられている。


 私達がひっきりなしに魔道の展開を行なっている為、満足に氷竜も攻勢に転じる事が出来ず、硬直に近い状態が生まれていた。


「恐らく、あの竜はどういう原理か、陣を凍らせてる」


 トリガーは、あの怒声のような吠えるタイミング。凍らせて、破壊する。

 それを一瞬の間で行なっている為、一見するとただ霧散したようにしか見えないでいた。


 そんな折。

 ちょうど、バリン、と音を立てて私が展開しようとしていた魔法陣が砕き割れ、雪に紛れて霧散した。


「ただ、その効果には限りがあるのか……見てみろ。ある一定距離、もしくは視界に入ってない魔道に関しては無力化されてない」


 何も無駄に魔道を乱発していたわけではない。

 魔道を無力化するあの意味不明な技のタネ。もしくは、抜け道を見つけ出したくもあったからだ。


「だったら————やる事はひとつだよな」


 にぃ。

 突破口を見つけたぞと言わんばかりにエヴァンは喜色に唇を歪めていた。


「このまま物量で押し切れって?」

「そういう事だ」


 どちらの体力が尽きるのが先か。

 その我慢比べてあるのだと言外に言うエヴァンの言葉を受け止めながら、「分かった」とだけ告げて私は引き続き、魔道を行使しようとして。


「『————舐めるなよ』」


 圧搾された殺意が滲んだ言葉が鼓膜を揺らす。


 身体を駆け上る筆舌に尽くし難い悪寒。

 それを感じ取り、慌てて身を逸らした直後、先程まで私のいた場所を、恐るべき速度を伴ってナニカが通り過ぎた。


「…………ッ」


 ツゥ、と私の頬に生暖かい液体が伝い、ぴりぴりと焼くような痛みがじんわりと走る。

 そして立て続けに雨霰の如く、そのナニカ————氷柱のような鋭利な刃が私達に向かって降り注ぐ。

 


 ……流石に、一筋縄でいくわけがないよね。



 至極当たり前の感想を抱きながら、身体を蜂の巣にされては堪ったものじゃないのですぐ様その場から飛び退いて離脱。


「エヴァン!!」


 続け様、氷竜も魔道を使う事が出来るのか。

 私達の足下を覆い尽さんと大きく広がった白銀色の魔法陣を目視した私は大きく名を叫ぶ。


 白銀の魔法陣————であるならば、氷系の魔道。


「分かってる!! 相殺狙うから気をつけろ!!!」



 複数存在する魔道の属性。

 その中でも、相反する属性同士をぶつければ、本来の効果を発揮する事なく、相殺という結果が生まれることは、魔道師の間では常識とも言える知識であった。


 足下に展開された魔道を、エヴァンが無力化する。だったら私は、更なる追撃をされないように、魔道を展開して氷竜の注意を逸ら、す————ッ!!


「貫き穿てッ!! 〝第五位階火魔道(アブレーション)〟!!!」


 展開速度は、この日一番。

 最速に、そして最大規模で十数にものぼる数の紅蓮色の魔法陣が一斉に氷竜に牙を剥く。


 先程まで、立て続けに無力化されていた魔道であるけれど、足下に魔道を展開していたせいか、速さを突き詰めた私の魔道を無力化させるには僅かに時間が足らず、そして。


「——————」


 相殺した事による衝撃。

 爆発音に似た轟音と、この場に似つかわしくない熱風が雪に紛れて吹き荒れる事となった。

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