十八話 蒼華結晶
咄嗟の判断で駆け込んだ洞窟は、外観からは考えられない程、広いつくりとなっていた。
ただ、外界から遮断された空間にも関わらず、私達の視界は明瞭。
本来、見通せぬ闇が広がっていて然るべき洞窟内には、複数の光源が存在していた。
「————……驚いた。これ、全部〝蒼華結晶〟か」
洞窟の彼方此方に見受けられる青白く輝く石のような結晶。
幻想的でありながらも、この異様な光景を作り出している原因を息を切らす事も忘れてエヴァンが口にする。
〝蒼華結晶〟。
それは、雪国などで偶に見られる鉱石の一種。
暗闇の中でも光り輝く事から、一部の貴族などが好んでアクセサリーとして身に付けている装飾品としてよく知られるものであった。
入り口付近にはあまり存在しておらず、奥に進めば進むほど、その数は顕著なまでに増えている。だから、外界からの光がない奥の方が明るいという奇妙な状況が出来上がっていた。
「……ただ、妙だな」
「妙って?」
「〝蒼華結晶〟は本来、希少鉱石なんだ。こんなにも沢山存在するなんて話は聞いた事がない」
ゴツゴツとした岩で出来た壁に埋まるように、〝蒼華結晶〟はあちこちに見受けられる。
希少なんて言葉はこの場においては不似合い極まりなかった。
でも、〝蒼華結晶〟は雪国特有の鉱石。だから、この尋常とは程遠い状況下に陥った事で偶然にも大量発生してしまったんじゃないのか。
「だから、考えられるとすればアレが原因か」
ちょうど、エヴァンも私と同じ事を思っていたのだろう。彼の視線が先程まで私達のいた洞窟の外へと向けられる。
谷底という事もあって吹雪はそのなりを潜めていたが、積りに積もった雪は健在。
きっと、この異常事態とも言える大量発生はそれが原因なのだと指摘をしていた。
「……にしても、なんで〝メヘナ〟は谷底にいっぱい居るんだろうね」
咄嗟の判断で逃げた私達であったけれど、あの唸り声は一体だけのものではなかった。
加えて、事前にネーペンスさんから聞いていた谷底には特に多くの〝メヘナ〟がいるという情報を思い返しながら私はそう呟いた。
「それに、魔物なのにちっとも人里まで下りて襲おうとする気配が感じられなかったし」
魔物とは本来、人に害をなす生き物である。
なのに、どうしてか此処の〝メヘナ〟は潜むだけでちっとも人里に下りてこないのだとネーペンスさんも言ってた。
実際、相対したからこそ、私自身もその意味がよく分かる。
人に害をなす気がないわけじゃないんだろうけど、少なくともわざわざ人を襲いに来る様子は今のところあまり感じられなかった。
「……だから、そうする理由がある、と思うんだよね」
「理由?」
「……んー」
魔物も考える力がないわけではない。
だから、通常とは異なる行動を起こしているなら、それには間違いなく何らかの理由が付き纏っている。
彼らにとって、吹雪く現状は好状況。
なのに、活動的にならない理由。
……そもそも、この吹雪は竜の仕業であるとしても、どうしてこうまでする必要があるんだろうか。まるで、こっちに来るなと言わんばかりに。
「下りられない理由、か」
〝メヘナ〟が留まっている理由。
それさえ分かれば、色々とこれから動き易くなるんじゃないのか。
そう思ってくれたのか。
エヴァンも一緒になって考えてくれる。
「……純粋に、下りられないとかも考えられると思う」
魔物は基本的に己よりも上位の存在に付き従い、弱肉強食を地でゆく生き物である。
だからたとえば、竜から下りるなって厳命されている、なんて理由はどうだろうか。
「でも、その場合は何の為にってなるんだよね」
どうしても、そこが引っかかってしまう。
そして下りる沈黙。
黙考を約十数秒ほど経たのち、
「……守らなきゃいけないものがあるから、とかはどうだ」
ぽつりとエヴァンが呟いた。
「吹雪を起こす理由。〝メヘナ〟を集結させる理由。それは、近寄らせない為、とかだと納得出来たりしないか」
その言葉は不思議と私の頭の中にするりと入り込んできた。
「近寄らせない為……」
「ああ。そして、だとすれば、恐らく本来おれ達が向かっていた高台よりも、谷底の方が怪しい」
————特に〝蒼華結晶〟が大量発生してしまっている異変。
その付近に、〝ナニカ〟がある可能性は高いかもしれない。
そう言わんばかりに、洞窟の奥へとエヴァンは視線を向けた。
「その場凌ぎにって駆け込んでみたが、意外とこの先を進む価値はあったりしてな」
————どうするヒイナ。
何故か、決定権を私に委ねられる。
何で私!?
反射的に抱いた感情が顔に出てしまっていたのか。
「だって、こんな場所で別行動なんて出来るわけがないだろ。おれは進みたい。でも、ヒイナは進みたくない。だったら、おれも此処に留まるだけなんだから」
だから、これからの行動は私の返答次第であるとエヴァンは言う。
「……それもそっか」
ネーペンスさんを待つべきだ。
素直にそう思うし、進む先に何が待ち受けているのか分からない場所に万全の状態で挑まないのは如何考えても馬鹿である。
……でも、今は解決出来るものなら、可能な限り早く解決するべき状況下でもあった。
何より、ネーペンスさんといつ合流出来るかなんて保障は何処にもありはしない。
最悪、待つだけ待って無為に時間を過ごす、という可能性も十二分にあり得た。
だったら、この時間、この瞬間を多少のリスクを負ってでも有意義に使うべき……か。
そうこう頭を悩ませる私をみかねてか、
「別に心配する事はないだろ」
背中を後押しするように、不意にそんな言葉が投げ掛けられる。
「元々、おれとヒイナの二人で向かう予定だったんだ」
そうだろ?
って、笑い掛けてくるエヴァンは、私とは違ってこれっぽっちも不安を抱いていないようであった。
「……まぁ、そうなんだけどね」
エヴァンはちっとも私の事を臣下って思ってなさそうだけど、臣下って立場になると色々と心配しちゃうんだよ。
って、心の中で答えながら、もう少しだけ逡巡してから、よし、と口にする。
考えは纏まった。
「この先が気にならない、といえば嘘になっちゃうし、ネーペンスさんともすぐに合流出来そうにもないからこの先を進もっか」
「よしきた」
楽しげに笑うエヴァンは、私の目からは緊張感とは無縁の人間にしか見えなかった。
……まぁ、中に〝メヘナ〟が潜んでいたとしても、真正面からなら囲まれるより余程楽に対処出来るし別に良いんだけどさ。
「……エヴァン、楽しそうだね」
「そりゃな?」
私なんて、もう結構くたくたなのに。
「おれの我儘に最後まで付き合ってくれる奴なんて、おれの知る限りヒイナくらいしかいないしな。あと、ヒイナはおれの意図をちゃんと分かってくれる」
だから、お前と一緒にいるのはとても楽しい。
待ち望んでいたと言わんばかりにエヴァンはそう言葉を締めくくる。
それからというもの。
少しだけ体力の回復がてら休み、このまま二人で洞窟の奥へと進む事になった。
「一応、もしもの時の為に目印だけは残しておくか」
次の瞬間、足下に向けて手のひらを向け、エヴァンは『魔道』を発動させる事により、僅かに積もっていた雪は溶け消え、地面に焼け跡が刻まれる。
でも、ただの焼け跡では目印にならないからか、器用に『魔道』を使って何やら紋様のような目印をエヴァンが作り上げた。
「……何これ?」
「王家の紋だ。意外と上手いだろ?」
言われてもみれば確かに、城にいた時に度々目にしていた紋様と似ている気もする。
確かに、これならばネーペンスさんに向けての一目で分かる良い目印にもなりそうだった。
「さて、と。鬼が出るか蛇が出るか」
随分と先にまで続く洞窟の内部。
その奥へと一歩踏み出しながら、
「出来れば竜が良いな。そんで、サクッと倒して、ネーペンスの度肝を抜いてやるんだ。そうなれば絶対、あいつ面白い顔するぞ」
けらけらとエヴァンは笑う。
————とんでもねえ魔物をおれとヒイナの二人で倒して先生を驚かせるんだ。どうだ? 面白そうだろ!
十年以上経っても尚、成長するどころかちっとも変わらないエヴァンの姿を前に、私も笑わずにはいられなかった。





