十六話 『魔道』を合わせて
————走る。走る。駆け走る。
身体強化系の『魔道』を自身に掛けながらも、私達は無我夢中に迫り来る雪崩れと、刻々と濃くなる〝メヘナ〟の気配から逃げ回っていた。
「————流石にこれは数が多過ぎませんかねっ!?」
雪崩れを起こす元凶は〝メヘナ〟である。
だから、逃げ回りながら時折〝メヘナ〟を三人で倒しつつ進んでいるものの、その数が減る気配は皆無。寧ろ、錯覚だけど増えている気しかしなくて、事前にもっと数を減らしておいてよ。
という嘆きを込めて私はネーペンスさんに向けてそう叫んでいた。
「気持ちは分かる、がっ、〝メヘナ〟は基本、集団行動なんだよ」
息を切らしながら、ネーペンスさんではなく、エヴァンが答えてくれる。
「それに、〝メヘナ〟、基本奥で籠ってるだけだから、討伐するにはこうして踏み込むしか手段が、なくてな」
だから安易に討伐が出来ない上、それ故にネーペンスが諦めてレヴィ・シグレアに助けを求めたんだろ。と、口にした。
「で、踏み込んだら踏み込んだでこうなる!!」
〝メヘナ〟に襲われた挙句、雪崩れにも巻き込まれる羽目になる。
とてもじゃないが、簡単に討伐出来る相手ではないとエヴァンが教えてくれた。
「……私だって出来る事なら、あんな適当男の手は借りたくありませんでしたよ」
「だよな。ネーペンスはレヴィと仲良くなかったもんな」
殊更に嫌そうに答えてくれるネーペンスさんの反応を前に、エヴァンが笑う。
どうにも、ネーペンスさんとレヴィさんは仲が良くないらしい。
「……でも、どうするんですかこれ。逃げるにせよ、ジリ貧ですよ」
これだけの騒ぎを起こしているのだ。
まず間違いなく此方の存在は多くの〝メヘナ〟にバレている。
その為、ネーペンスさんが高台から雪崩だけは起こさせないよう、目的地を悟られまいと時折遠回りをしたりと試みてくれているが、どう考えてもこれはジリ貧であった。
〝メヘナ〟を始末しながら状態がマシになるのを待つ。という選択肢を掴み取ろうにも、恐らくその調子だとそんな事をしていては体力が底を尽きるのが先だ。
そんな折、
「————選択肢は二つあります」
ネーペンスさんが苦々しそうに口にする。
「このまま鬼ごっこを続けるか。はたまた、目的地を変えるか」
「目的地?」
「ええ。この吹雪を引き起こしている元凶を探す……という目的をひとまず後回しにし、〝メヘナ〟の討伐に切り替えるか」
そしてネーペンスさんの顔が若干、左に向く。
ちょうどその視線の先は————途切れていた。
「……もしかしなくても、あの崖に突っ込むんですか……?」
その先は谷底であり、崖。
逃げ回るうちに高台ではなく、地図を見せて貰った際に指差されていたもう一つの場所。
谷底近くにまで私達はやって来ていたらしい。
そして、私のその問いに対する返事はなく、沈黙は肯定であった。
……いやいやいや。ここ、多分かなりの高さあるよ!?
打開策ではあるけれど……あるんだけど!
「……このまま時間を浪費する事と比べれば……悪くない選択肢かもな」
流石にそれはやめておきましょうよと言外に訴える私を裏切るかのように、エヴァンは肯定的な言葉を口にしていた。
ここは断る場面でしょ、とその意を伝えるべく握る手に力を込める事で「嫌だ」と意思表示をしようと思ったけど、手がかじかんで上手く出来なかった。……ぐぬぬ。
「ただ、その場合は問題がひとつある」
「問題ですか」
「落下の衝撃は『魔道』で何とかするにせよ、雪崩れをある程度は何とかしなくちゃいけないだろ」
このままでは、崖に身を投げた直後に、雪崩れをモロに食らう羽目になる。
だから、完全には無理にせよ、ある程度は何とかしなくてはならないとエヴァンは言う。
「————衝撃についてはおれが三人分何とかする。だから、ネーペンスとヒイナで雪崩れを何とかしてくれ」
既に崖に身を投げるのは決定事項のようで、それで話は進んでいく。
最重要なのは落下時の衝撃について。
そこに一番『魔道』がうまい人間をあてる事は必須。そして、残りの二人で襲い来る雪崩れを何とかしろと。
「展開はネーペンスが。ヒイナはそれに合わせてくれればいい」
『魔道』には威力を高める為に「合わせる」というやり方が存在する。
一方が展開した魔法陣に合わせ、重ねる方法。
利点としては『魔道』の威力が相乗される為、一点突破としての威力は格段に高くなる。
……ただ、
「……本気ですか?」
欠点としては、魔法陣に魔法陣を重ねる為、合わせる側の人間の『魔道』の難易度が段違いに高くなってしまう事。
故に、エヴァンの正気を疑うネーペンスさんのその一言は当然のように思えた。
私も、久々に顔を合わせた自分じゃなくてそういう重要な事はネーペンスさんに任せたらいいじゃんって素直に思ったし。
「そもそも、ヒイナの実力を判断しようとしてたのはネーペンスだろ」
だから良い機会じゃないかと。
そう口にするエヴァンの気持ちも分からないでもなかったけど、それにしてもタイミングが悪辣である。
もっと、失敗しても何とかなるくらいの状況の際にその言葉は持ち出して欲しかった。
「……そう、ですが」
「じゃあ決まりだ」
有無を言わせぬとはまさにこの事。
エヴァンの頑固な性格を知らないネーペンスさんではないのだろう。これ以上は何を言っても無駄と判断してか、
「……〝第五位階火魔道〟でいきます」
ギリギリ聞こえる声量で口にされるその言葉。
程なく、走っていたネーペンスさんの速度が更に加速する。
そして数十秒ほど走り、崖の側にまで辿り着いた彼は私達と向き合う形になるように向きを変更。
虚空に手を翳し、今にも私達を呑み込まんと迫っていた雪崩れに対して——『魔道』を展開。
キン、キン、キン。
と、音を立てて出現するは炎を想起させる赤色の魔法陣。数は三つ。
その位置は雪崩れを外側から覆うように下と左右に一つずつであった。
「……ご了承願います」
「……おい、ネーペンス」
あからさまに不機嫌そうにエヴァンはネーペンスさんの名を呼んだ。
その理由はきっと、ネーペンスさんが魔力を分散して一点突破でなく、三つもの魔法陣を浮かべたから。
一つの魔法陣の威力を抑える事になったとしても、一気に三つ展開した理由は考えるまでもなくて。
たとえ失敗されたとしても。
そんな考えが、透けて見えた。
実力もロクに知らない相手に背を任せられない。その気持ちは痛いくらい分かる。
だから責める気なんてものは毛頭ないし、それが正しい行動だって思う。
でも————これでも一応、私だって十年近く『魔道』に触れてきた人間だ。
だから、明らかにソレと分かるそういう対応をされると
「————いきます」
相手の想像を上回ってやろうって、思っちゃうんだよね。
胸中でそんな呟きを漏らしながら焦点を魔法陣に当てる。
一つだけではなく、三つに。
すると何故か、エヴァンがくは、と息だけで私を見て笑っていた。
でも、今は関係ないって自分に言い聞かせて、目の前の事に集中する。
魔法陣の上に魔法陣を重ねるイメージ。
それを、一気に三つ。
その間にも崖との距離は徐々に縮まってゆき、やがて、
「舌噛むなよ!!!」
後ろを向いている私を配慮してか。
エヴァンが大声でそう叫ぶ。
そして次の瞬間、私の足が地面から離れた。
でも、エヴァンに手を引かれ、崖から身を投げ出して尚、展開された魔法陣に焦点を引き結んだまま動かさずに私は言葉を紡ぐ。
消し飛んでしまえ。
そんな感想を、抱きながら。
「〝第五位階火魔道〟」





