十五話 雪崩れ
あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします!!
燃え上がった炎が、まるで意思を持った触手のようにうねり、程なく獲物目掛けて、
「————ガッ……!?」
————貫き、そして穿つ。
転瞬、貫いた側からまるで助燃剤を得たとばかりに、ゴゥ、と音を立てて燃え盛り、苦悶の声が紅蓮に染まりつつある視線の先から上がった。
「いつ見てもすげぇなそれ。おれはぜってえ真似出来ないわ」
「エヴァンは真似する必要ないから良いじゃん!!」
お世辞じゃなく、本心から羨んでいるであろうエヴァンに向かって私は乱暴に叫び散らす。
〝第五位階火魔道〟。
それは本来、炎の渦を展開して相手を巻き込む事でダメージを与える『魔道』の一つ。
それを、エヴァンほど膨大な魔力を保持していなかったからこそ、私なりにその差を埋めようと試みた結果がコレ。
————足りない部分は技術で補う。故のアレンジ。故の、若干の怒りの感情を込めた叫びだった。
「たとえ真似をする必要がないにせよ、〝出来ない〟と〝やらない〟とじゃあ色々異なってくるだろ。少なくとも、そんな真似が出来る人間をおれはヒイナしか知らない」
そして続け様に一言。
「〝第五位階火魔道〟」
私を真似るように、同じ『魔道』をエヴァンが行使する。直後、私よりも数段大きな魔法陣が展開され、躍り出ていた〝メヘナ〟らしき魔物を悉く巻き込み、のみ込んでゆく。
聞こえる断末魔。
しかし、収まる事を知らない吹雪のせいでその声もすぐに掻き消されてしまう。
相変わらずの大火力。
私のように技術に頼るまでもなく、易々と倒してしまうのだから、もはや反則としか言いようがなかった。
「なあ、ヒイナ」
「……?」
不意に、エヴァンから声を掛けられる。
背中を合わせた状態のままなので表情は読めないけれど、何となく、呆れてるような。
そんな感じの声音だった。
「今、おれの事をズルいとか思っただろ」
事実、ズルいじゃん。
十年以上も昔に、先生だってエヴァンの事は『天才』だって言っていた。
だから、私がその感想を抱こうとも、何一つとして間違ってないでしょ。
————なんて思ってたけれど、素直に肯定するのはなんかよく分からないけど負けた気がするので、「……さあ?」と嘯いておく。
「言っとくが、おれからすればヒイナの方がよっぽどズルいからな!? しかも、見ない間に進化してやがるし!?」
元々私の『魔道』のアレンジはエヴァンに追い付くために身に付けたものだった。
エヴァンという一人の人間を理解する場合、彼に近づく必要があったから。
でも、天性の才能。
加えて、これまでの経験という壁が私の前に立ちはだかっていた。だから、それを無理矢理に壊せる手段を模索した果てで見つけた答えこそがこの〝アレンジ〟。
「ふふん。努力の賜物かな」
得意げに鼻を鳴らして答えてやると、努力してどうこうなるもんじゃないんだよ、普通。
なんて言葉が返ってきた。
でも、決してそんな事は無いはずだ。
だって、先生も昔はちょっぴり『魔道』をアレンジしていたし。
「……まぁ、いいか。とはいえ、やっぱり悪くないな」
「悪くないなって何が?」
何を言っても無駄。
とでも思ったのか。
呆れ混じりのその返答に若干の引っ掛かりを覚えながらも聞き返す。
「お前といると、なんか、こう、やっぱり全然一人って感じがしないんだよな」
「でたよ、さびしんぼ」
「……うるっせー」
昔っからこれだ。
一人になりたいと言う癖に、その実、ひとりぼっちを嫌うさびしんぼ。
『————おれはただ、みんなと同じが良かったんだ。天才だなんて、特別扱いはして欲しくなかった。一人だけ仲間外れは、うんざりなんだよ』
随分と昔に、一度だけ漏らしてくれたエヴァンの弱音。
ただ、当時の私も年相応であったからか。
その弱音を前に、「だったら手でも繋いであげよっか」とか、色々揶揄ってしまった記憶が未だ頭の中にこびりついている。
でも、言葉で「うるっせー」とか何とか否定する癖に、何処となく嬉しそうにするから、私も最後の最後まで揶揄い続けたんだっけ。
なんて思い返しながら、はあ、と白い息を吐き出して一息つく。
「……殿下が絶賛する気持ちも分からなくもないですね」
すると何故か、事の趨勢を見詰めていた筈のネーペンスさんの口から、そんな言葉が聞こえてきた。
「だろう?」
「……ええ。まぁ、暫定ではありますがね」
「素直じゃないのな」
けらけらと楽しそうにエヴァンは笑っていた。
「……しかし、やはり遭遇してしまいますか」
次いで、飛んでくるネーペンスさんの言葉。
悩ましげな声で紡がれるそれは、まるで会いたくなかったかのように聞こえてしまって。
吹雪の元凶を突き止めにきた目的があるとはいえ、元々魔物の討伐が目的でもあったのだから、これは都合が良いのでは。
と思っていた私からすると、その発言は理解しかねるものであった。
「……何かまずいんですか?」
「出くわす事自体には問題はありません。ただ、ここという場所に問題が」
「……場所、ですか」
雪に足を取られながら、とはいえ、既に少なくとも一時間は歩き続けている。
目指す先が高台に位置していることもあり、心なしか斜面がついてきたような、そんな気もしていたけれど、それが何か問題なのだろうか。
「……杞憂であれば、それに越した事はないのですが、言ってしまえばここは〝メヘナ〟の庭です。そしてあいつらは、頭が回る」
仲間が倒されたと知れば、まず間違いなく別の方法でもって此方を排除にかかるでしょう、とネーペンスさんは言う。
次いで、
「————……走りますよ」
当初、必要以上に体力を奪われる事になるからと走る選択肢を捨てていた筈のネーペンスさんが何を思ってか。
焦燥感を感じさせる物言いにて、そんな事を口走った。
「……そう、か。この場所だと、あれをモロにくらう可能性があるのか……!」
「え? え……?」
エヴァンも何かを悟ったのか。
自分に続いてくれと言わんばかりに走り出したネーペンスさんに続くように私の手を取って走り出す。
私だけが理解が及ばず蚊帳の外であった。
「えっ、と、倒しちゃまずかった……?」
「まずくはない。まずくはないんだが、ここはかなり場所が悪い」
目的地である高台は吹雪によってその姿は霞んでいるものの、このまま行けば一時間程度あれば着いた事だろう。
「ネーペンスがどうして他の人間を連れて来なかったのか、分かるか」
「え、分かんないけど」
「見つかりたくなかったからだ! 〝メヘナ〟に見つかると面倒臭い事になるから、今回は少人数なんだ! じゃないと目的地にいつまで経っても辿り着けないから」
討伐はしたい。
けれど、見つかりたくはない。
一見、それらの言葉は矛盾しているようにも思える。けれど今、考える時間はなかった。
「他の〝メヘナ〟に悟られる前に突っ切るぞ」
これ以上事細かに話す余裕はないのだろう。
それだけ告げてくれたエヴァンに手を引かれながら、私も慌てて走り出す。
程なく、ゴゴゴ、と今度は唸り声ではなく、地鳴りのような音がやって来る。
その正体こそが、ネーペンスさん達が焦る理由なのだと否応なしに理解させられた。
「あと、手だけは離すなよ」
心なし、足下が揺れる。
手を離すなって、それって一体どういう事————
「……って、雪崩れ!?」
差し迫るように刻々と大きくなる音の正体が判明し、私は反射的に声を上げる。
気付けば先ほどまで見ていた筈の景色とは異なっており、積雪の高さが明らかに高くなっていた。そして音を立てて現在進行形で此方に雪崩れ込もうとしている。
だけど、雪であれば『魔道』で何とか出来ないものか。
そう考える私の内心を悟ってか。
「やめとけ! 流石に物量が違いすぎる!」
どこもかしこも雪がいっぱい積もっている現状。そして絶えず降り注ぐ吹雪。
今回ばかりは『魔道』でどうにか出来る範囲を超えていると脇目もふらずにエヴァンが叫び散らし、
「気を取られるな! 正面からも雪崩れを起こされる前に、急ぐぞ!!」
斜面になりつつある正面からも雪崩れを起こされるともうお手上げだから、まだ左右からだけの今のうちに急げと口にするエヴァンの言葉に胸中で頷き、『魔道』でどうにかしようとしていた考えを彼方へと追いやった。





