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十四話 天才たる所以

* * * *


「にしても、どうしてこうなるまで放置してたんだよ」


 ネーペンスさんとの会話が終わったあの後、すぐに外へ向かった私達であったけれど、積りに積もった雪に足を取られていたせいで、ゆっくり進む事を強いられていた。


 ざく、ざくと音を立てながらも、隣で歩くネーペンスさんにエヴァンがふと、話し掛ける。



 竜に限らず、魔物と呼ばれる生物は瘴気によって生まれてくる。

 それ故、竜ほどの上位の魔物ともなれば、生まれる予兆のようなものはあったのではないのかと問い掛けていた。


「……放置していたわけではありません。今回の場合は、本来あるべき予兆といったものが一切なかったのです。ですから恐らく、この吹雪を巻き起こしている元凶がミラルダ侯爵領(此処)で生まれた可能性は極めて低いでしょう」


 だから、事前に対処する事が出来なかったとネーペンスさんが言う。


「……つまり、竜は瘴気から生まれたのではなく、他からやって来た……?」


 竜とは翼を持ち、空をも飛べる魔物。

 その機動力は魔物の中でも随一で、彼らであれば移動してくる、なんて事は朝飯前だろう。


 であれば、瘴気から生まれたのではなく、何処からか飛んできてミラルダ侯爵領にすみついた。

 そうも考えられてしまう。


「……恐らくは」

「なるほど。道理でネーペンスが手こずっているわけだ」


 瘴気が発生する条件は未だ解明されていないが、ただ、瘴気が多く発生する条件は既に判然としていた。


 ————魔物が存在している場所には、多くの瘴気が発生しやすい。特に、上位の魔物の周辺であればあるほど、それは増大する。


 だからこそ、魔物が発生した場合は直ちに討伐に移らなければならなかった。

 でなければ、魔物の数は際限なく増え続けてしまうから。


「それに、だったら尚更、竜の可能性が高くなったな」


 該当する魔物は空を飛べる上、吹雪といった天候を操れる。そんな事が出来る魔物は、私も竜くらいしか思いつかない。


 さて、どう倒したものか。


 と、考えを巡らせる最中。

 吹雪く風の音や足音とは別種の異なる音が微かに私の鼓膜を揺らす。


 その違和感を前に、つい私の足が止まった。


「ヒイナ?」


 エヴァンが不思議そうに私の名を呼ぶ。

 でも、それに対する返事を後回しにして私は耳を澄ませた。


「————」


 ひっきりなしに耳朶を掠める風の音に紛れて聞こえてきた音は、呻き声に似たものであった。

 いびきとか、腹の底から出す声に限りなく近いもの。


 視界不良の為、満足に辺りを見渡す事も出来ない。だからこそ、聞こえたその音が勘違いとは思えなくて。


 歩き始めてから既に一時間以上も経っている事もあり、いつ魔物に遭遇してもおかしくない。

 その認識があったから、


「……多分、〝何か〟います」


 脳裏を過ぎる「聞き間違い」かもしれない可能性を捨て、私は二人にそう告げた。

 そして即座に『魔道』を展開。


 言葉にする事もなく、心の中でそれを唱える。


 ————〝第四位階系統外魔道(シアナス)〟————。


 別名、五感強化。


 先生から一番初めに教えて貰った『魔道』であり、初めて上手いと褒められた『魔道』。

 それ故に、困った時は殆ど反射的に私はソレを使う習慣が付いていた。


「魔物らしき影が5、6……いえ、10は最低」

「……この吹雪の中で、分かるんですか」


 流石に目で見て確認は難しいけど、聴覚を使って確認、くらいなら多少、強い風に邪魔されようと出来なくもない。

 何故か驚くネーペンスさんに向かって、そう言葉を続けようとして、


「こいつは昔からこれなんだ。比較対象がおれや先生だから、色々とおかしくてな」


 ————それもあっておれを特別扱いしなかったんだろうが、他のやつから見ればその異常性は一目瞭然だよな。


 などと何故か、エヴァンが声を弾ませながら平然と私を異常扱いしていた。


 ……いや、全然異常でも何でもないでしょ。


 って言い返してやりたかったけど、感知出来ていた魔物らしき存在が左右から更に近付いてきていた為、喉元まで出かかった言葉をのみ込む。

 

「良かったな、ネーペンス。実力を判断する機会が早くも回ってきたぞ」


 魔物がいるかもしれない。

 そう言ってるのに、緊張感もクソもなく、余裕そうな態度を全く崩そうとしないのは相変わらず(、、、、、)で。


 ほんっとうに、昔から何も変わってない。


「実力を判断とか、どうでもいいからエヴァンも手伝って」


 この吹雪の中だ。

 舐めて掛かると、十二分に、取り返しの付かない事になり得る可能性があった。


 だから、若干諫めるように口にする。

 すると、へいへいと不承不承感があったものの、私の言葉に頷き、エヴァンは腕をまくった。


「でも、ヒイナなら一人で倒せるだろ」

「さあ? だけど、あえてリスクを冒す理由なんて何処にもないでしょ」


 至極真っ当な事を言っただけなのに、何故かエヴァンからは苦笑いを向けられた。


「ネーペンスからの信頼を勝ち取る為、とか」


 そして続けられる言葉。

 ……嗚呼、そういう事かって一瞬だけ納得しかけるも、


「……懸念材料が多すぎるよ。それに、今の私はエヴァンの臣下なんでしょ。私が一人で勝手に対処しようとして、『もしも』の事があっちゃいけないじゃん」


 上手いこと信頼を勝ち取れるチャンスだろうに。勿体無い。と、訴え掛けてくるエヴァンの視線を黙殺する。


 寒冷地域特有の魔物——〝メヘナ〟がどれ程強いのかも分かっていない現状。

 大した根拠もなく、出来ると言い張れる程、私は自信家でもなかった。


「……ま、そういう考え方もあるか」


 エヴァンはネーペンスさんを一瞥した後、彼を気にするように言葉を紡ぐ。


「魔物がいる方向は」

「左右から」

「んじゃ、分担してやるか」


 言葉もなく、お互いの後ろを守るように私達は背中を合わせる。


「取り敢えず、三人で共闘するからには一度、お互いの能力を把握する事が先決だよな。というわけでだ、ネーペンス。ここはおれ達に任せてくれよ」


 竜という大物を相手にするのであれば、確かにそれは必須事項である。

 お互いの能力もロクに把握せずに倒せる程、竜という存在は軽くはない。


「まあ、ここで駄目って言われようとおれはやるんだがな」


 じゃあなんで聞いたんだよ。

 思わずそんなツッコミを入れたくなる発言が聞こえてきた。


 でも、それに構う暇を与えんと言わんばかりに微かに聞こえていただけの唸り声が大きくなる。

 ネーペンスさんもそれに気付いてか。

 呆れの言葉を投げ掛ける事なく、口を引き結ぶだけにとどめていた。


 やがて、重量感の感じられる足音すらも明確に響き始め、そして、


「そぉら、早速〝メヘナ〟のお出ましだ!! やるぞ、ヒイナ!!!」


 霧のように白く霞んだ視界から躍り出る二足歩行の獣の魔物。

 全長3メートルはあろうか、灰色の毛に覆われた〝メヘナ〟は一斉に此方との距離を詰めてゆく。


 でも、これだけまだ距離があるならば、対処は十分可能な範疇。


 故に私は〝メヘナ〟が数瞬先にいるであろう場所を予測し、そこ目掛けて


「————〝第五位階火魔道(アブレーション)〟————!!」


 叫ぶ。


 言葉と共に広がるは、特大の紅蓮の魔法陣。

 次いで、浮かび上がった魔法陣は周囲に存在した雪を一瞬で溶かし尽くす程の熱を持った炎の渦が魔法陣上に展開され、燃え盛る。


 踏めばひとたまりもない事だろう。

 でも、私の『魔道』はそれだけ(、、、、)で終わらない。


「————なあ、ネーペンス。俺と先生がなんでヒイナの事を『天才』と呼んでるか、教えてやろうか」


 『魔道』に集中している弊害か。

 エヴァンが何かを喋っている事はわかるけど、肝心のその内容は聞き取れなかった。


 私が『魔道』を行使する際、他の注意力が散漫になる事はエヴァンも知るところだろうし、きっとそこまで重要な話じゃないんだろうって私は勝手に判断を下した。


「『魔道』の習得が早いから? 魔力の保有量? ああ、そうだな。確かにヒイナのそれは人並み外れてる。でも、そこじゃないんだ。その程度で終わるんなら、俺は兎も角、先生までもヒイナを『天才』呼ばわりする事はなかった」


 エヴァンの言葉を聞き流しながら、私は展開した魔法陣に向かって、更に一言(、、、、)告げるべく、冷え切った空気をすぅ、と肺に取り込む。


「あいつは、『魔道』を自分なりに〝改良〟するんだよ。本来の効果とは別に、自分でアレンジするんだ。だから、————『天才』なんだよ、ヒイナはさ」


 そして、私は言い放った。


「貫き穿て、〝第五位階火魔道(アブレーション)〟————!!」

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