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十三話 握った手はあったかくて

「準備は?」

「既に」

「なら、今から向かっちまうか。この天候だ。先延ばしにすればするだけ、領民が困るだろ?」


 ネーペンスさんが向かう事は彼の中では揺るぎない決定事項だったのか。

 向かう準備は既に出来ているらしい。


「……お心遣い、感謝致します」

「それで、その竜が居そうな場所の目星はついてるのか」

「確定、とまではいきませんが、大凡の見当であれば」

「ん。なら、向かう前にその情報の共有だけ行っておくか。その方が色々と都合が良い。ほら、ヒイナもちゃんと聞いておけよ」

「うん。分かってる」


 ネーペンスさんとエヴァンの二人の間で会話が交わされ、次々と話が進んでゆく。


 ネーペンスさんのポケットから取り出される折り畳んだ地図らしきもの。

 エヴァンと一緒になってそれに注意を向け、続けられるであろう言葉を待つ。


「恐らく、いるとすれば……ここか、ここ」


 やがて広げられる地図のある部分を指差し、説明をしてくれる。

 そこは比較的高台に分類される場所。


「もしくは————ここ、でしょうか」


 そして、最後に指差された場所は先の二つとは全く異なる谷底であった。


「特に、谷底(ここ)は〝メヘナ〟の数が多く、現状、立ち入り禁止の触れを出している状態となります」

「〝メヘナ〟、ですか」


 聞きなれない言葉に、私は眉を顰める。


「ミラルダ侯爵領特有……というより、寒冷の地域特有の二足歩行の魔物だな」


 ロストア王国でも、ミラルダ侯爵領にしか出現しない魔物。

 それ故に、ついこないだまでリグルッド王国にいた私が知らないのも無理がないとエヴァンが教えてくれる。


「ただ、寒冷に適応した魔物だからこそ、こういった天候の中で戦うともなると、かなり厄介な相手になるよな」


 勢いが衰える様子はなく、未だ窓越しには吹雪く景色が広がっており、大地には雪が積もっていた。この様子だと、足も取られるだろう。


「……ええ。ですから、谷底(ここ)は後回しに出来ればなと。吹雪の中で大量の〝メヘナ〟を相手取るのは賢い選択肢とは言い難い」

「だから、それを生み出してる原因から先に叩くと。で、出来る限りリスクの少ない選択肢から虱潰しに探す、か。……ま、確かにそれが最善だな」


 〝メヘナ〟が厄介であるのは吹雪という相手に優位に働く状況下であるから、という部分が大きい。


 ならば、先にその状況を生み出している元凶を叩けば良い。その考え方は、理に適っていた。

 故に私も頷いておく。


 不幸中の幸いというべきか。

 ネーペンスさんが先程指差した場所は、三箇所とも比較的似たり寄ったりの場所に位置している。恐らく、これであれば十日もあれば三箇所すべて回れるか。


 そんな想像を私が働かせる最中、


「そこで、なのですが……殿下」

「ん?」

「そこの彼女は、ノーヴァスと何か関わりでもある人物だったのでしょうか」


 唐突に、私と先生の関係についてエヴァンが問い掛けられていた。


「ああ、あるぞ。期間はうんと短かったが、ヒイナは妹弟子みたいなもんだ」


 弟子扱いを受けた事は一度も無かったけれど、エヴァンと一緒になって先生、先生と慕っていたので、その言葉は強ち間違いでもなかった。

 しかし、それが何だというのか。


「ただ、ヒイナが先生から直接教えを受けたのは二ヶ月程度の話だがな」


 弟子のような存在ではあるけれど、殆ど教えを受けていないぞとエヴァンが言う。


「だから、先生みたいに〝第九位階光魔道(テレポート)〟なんかを、何でもかんでも使えるわけじゃあないぞ。まあ、ヒイナなら時間さえあれば使えるようになるだろうが」


 毎度の如くエヴァンの中での私の評価があまりに高過ぎるのはどうしてなのだろうか。


 その高評価ぶりに、ネーペンスさんも何処か訝しんでおり、向けられる視線からは堪らず目を逸らしたくなる。


 でも、ネーペンスさんのその気持ちは分からなくもなかった。

 なにせ、ぽっと出の魔道師である私に、王子であるエヴァンがこれ程の評価を寄せている。

 幾ら昔に接点があったとはいえ、それはたった三ヶ月程度の話。


 当時の事を知っている先生は兎も角、他の人からすればその反応が当然とも言えた。

 だから、目を逸らしはするものの、向けられる感情に対して不快感を抱く事はなかった。


「そう、ですか」


 まさにエヴァンが口にしていた通りの事を尋ねようとしていたのか、そんな返事が紡がれる。


 ただ、アテにしてはいなかったのだろう。

 言葉にされたネーペンスさんの声音には、落胆めいた感情は全くと言って良いほど含まれてはいなかった。


「でしたら、まずはここに向かいましょうか」


 地図の上に置かれた人差し指は、谷底に最も近い高台の場所を指していた。


「ここであれば、恐らく他の二箇所も見渡せる、か。まあ、悪くないな」

「はい。そしてこの場所は、比較的〝メヘナ〟の数も少ない。何より」


 そう言って、ネーペンスさんの視線が私に向いた。


「貴女は私の。私は貴女の実力というものを知らない。足手纏いになるようであれば、早々にその判断を下したいのです」


 本人を前にして、刺々しい言葉が投げ掛けられる。取り繕う、という事はどうにもしてくれないらしい。


 でも、ネーペンスさんのその言葉は想定の範囲内であったのか。エヴァンは何事も無かったかのように笑っていた。


「なあ、ネーペンス。一応言っておくが、ヒイナはあの先生が認めた奴だぞ。あの先生が、俺以外で初めて『天才』と呼んだ奴だ。お前が自分の目で見聞きした事しか信用しない性格であるのは知ってるが……その心配は無用だと思うぞ」

「それでも、です」

「石頭め」


 でも、心配は一切していないのか。

 不安と言った色は表情の何処にも存在していない。


 ……だから、何で私の『魔道』に対する信用がそんなに高いんだよ。


 〝第六位階水魔道(メイルストローム)〟に限り、力量の差はあまり無かったけれど、それは私がその『魔道』をずっと練習していたからだ。


 きっとあの時、エヴァンに他の『魔道』を使われていたら引き分けじゃなくて私の負け。

 という事実になっていたと思う。


 あくまで、私がエヴァンと殆ど対等であったのは幼少の頃の話なのだから。



 などと、思考を巡らせる折、


「あの、殿下。一つ、良いでしょうか」

「ん?」

「……先程からお伺いしたかったのですが、お二人は手を握らなければならない制約でもお持ちなのでしょうか。いえ、私は別に構わないのですが」

「…………」


 そう指摘をされ、ずっとエヴァンと手を握りっぱなしであった事実を認識する。

 テレポートの為に握っていただけの筈なのに子供じゃあるまいし、いつまで握ってるんだ私達は。


 そんな感想を抱きつつ、慌てて私は手を離す。


「手を握ってたのは、ヒイナがテレポートは初めてみたいだったから、それで、だな」

「成る程、そういう事でしたか」


 少しだけ何故かエヴァンが名残惜しそうに私を見詰めてきていた気がしたけど、多分気のせいだ。そう、私は自分自身に言い聞かせておく事にした。

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理不尽な理由で追放された王宮魔道師の私ですが、隣国の王子様とご一緒しています!?
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