十話 やっぱりエヴァンが悪い
向かう先は————ミラルダ侯爵領。
そこはロストア王国内にあって唯一、雪が降る寒冷地。
それ故に、私が持参した服ではその寒さをとてもじゃないが凌げないだろうから。
という事で、
「成る程ね。だから、わたしが呼ばれたと」
「……本当は呼びたくなかったんだがな。だが残念な事に、おれは女物の服の事なんて分からん」
温まった身体が適度に涼んだ時を見計らって、口にされた厚手の服を買いに行こうというエヴァンの言葉に頷いた結果、私達は三人で行動をする事になっていた。
メンバーは、私とエヴァンと、シンシアの三人。
いくら領地内とはいえ、シンシアに護衛を付けなくて良いのか。と思ったけれど、エヴァンがいるから問題ないのかなって一人で勝手に納得をする。
「だめだよ、エヴァン。兄妹なんだし、そんな邪険にしちゃ」
僅かながら険悪ムードを漂わせるエヴァンをそう諌めると、何故かお前は何もわかっちゃいねえ。みたいな呆れの表情を向けられた。
「……あのな、おれだって理由もなしに邪険にしてるわけじゃねー。こいつは余計な世話を焼き過ぎるからあんまり関わりたくねえんだよ」
「酷い言われ様ね。わたしは親切心から行動してあげてるっていうのに」
「あれを親切心とは言わねえ。あれはな、〝嫌がらせ〟って言うんだよ」
過去に何かとんでもない事でもされたのか。
やけに実感が込められた発言を聞いては、諌めた本人である私でさえも、流石に苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「でも、わたしの苦労も少しは考えてくれても良いと思うのだけれど? 兄さんのせいで色々とわたしが被害を被る羽目になってるのだし」
しわ寄せが及んでいる。
というシンシアの発言に心当たりがあったのか、エヴァンはうぐっ、と気不味そうな声をあげて顔を顰めた。
「被害っていうと……」
「ヒイナさんにはもう話したけれど、縁談の話ね。兄がこれだから、妹であるわたしもそうなるんじゃないのかって父が心配するのよ。それで、色々と苦労する羽目になっていて」
その気持ちは、何となくだけど分かるような気もした。
「少しくらいわたしのフラストレーションの発散に付き合ってもバチは当たらない。そうは思わない?」
「思わない」
「……ふん」
エヴァンの即答が、不満だったのだろう。
隣を歩くエヴァンの足の甲を、シンシアは思い切り踏んづけていた。
「い゛っ……!?」
そして更にぐりぐりと踏んづけた足を使って一頻り追撃した後、ようやく足が離れた頃には心なしか、エヴァンは涙目となっていた。
「あんなやつ放っていきましょ、ヒイナさん」
どうにも、目の前にあるお店に向かっていたのか。シンシアは痛がるエヴァンを無視して私の手を取り、中へと一緒に足を踏み入れた。
「……本当にあんな奴の臣下になって良かったの?」
「ちょっと抜けてるところはあるけど、エヴァンは良い人ですよ」
「ふぅん」
ミラルダ侯爵領の事をよく知らない私に代わって服を選んでくれようとしていたシンシアは、私のその返答に、若干不満そうだった。
「兄みたいな事を言うのね」
「エヴァン、みたいな?」
「ええ。何度か兄には貴女について聞いた事があったのよ。でも、聞くたびに兄は『天才』または『良いやつ』としか答えてくれなかったわ」
何というか。
ここまでいくと、どこまでエヴァンは私を『天才』に仕立て上げたいんだ。
とか、思ってしまう。
「でも、会ってよく分かったわ。兄にとって貴女は、取っ付き易いんでしょうね。ヒイナさんは、変に畏まらないもの。特別扱いをされる事を嫌う兄が懐くのも分かる気がする」
『魔道』の才能も、聞く限りではあるけれど、似通ってるんでしょう?
と聞かれ、私は少しだけ悩む素振りを見せてから小さく頷いた。
つい数刻前も同じタイミングで『魔力』切れを起こしていたし、多分比較的似通っていると思ったから。
「だから、愛想尽かすまでは、あんな愚兄だけど一緒にいてあげて欲しいの。それと、流石にずっと独り身ってのは哀れだから、もし良かったら貰ってあげてね。いつでもあげるから」
「……人を物みたいに扱うな」
ごつん、と。
何処からともなく、軽めのグーパンチがシンシアに飛び、やがて可愛らしい悲鳴が続く。
「折角、わたしが気を遣ってあげて————」
「そういうのを余計な節介って言うんだよ」
何をするんだと睨め付けるシンシアの言葉を、煩わしそうに言葉を被せる事でエヴァンは強引に遮っていた。
「それと、言い忘れてたんだが、動きにくい服はやめておいてくれ。ミラルダ侯爵領には観光じゃなくて魔物討伐に向かうから、それだと色々と不味いんだ」
「……あー、それもそうだね」
今まさにシンシアが手に取ろうとしていたのは見るからにあったかそうな厚手の上着。
ただ、もこもこしている分、動き辛そうでもあった。
「すっかり聞き忘れてたんだが、ヒイナって魔物討伐の経験とかあったのか?」
「それなりに、かな? 王宮魔道師になる前もちょこちょこ魔物討伐は行ってたし、王宮魔道師としての私の役目は基本、魔物討伐だったから」
魔物とは、瘴気と呼ばれる淀みから生まれる生物である。
ただ、その瘴気が生まれる原因というものは未だ解明されておらず、私達が出来る事はといえば瘴気を早期発見し、備える事くらい。
だから、私はそれを行なっていた数ある部隊の中の一つに割り当てられ、私を王宮魔道師に推薦してくれた公爵さまの勧めもあってベロニア・カルロスさんが属していた部隊の後任という立場に落ち着いていた。
「……王宮魔道師って、エリート中のエリートじゃない」
「正規の手段で入ったわけじゃ無いんだけどね」
知らなかったのか。
隣で驚くシンシアに、全然エリートじゃないからと補足せんと言葉を付け足しておく。
「だから、まあ、王宮から追放されちゃってエヴァンに拾われたわけなんだけども」
元々、エヴァンを探す為に王宮魔道師を志願したわけでもあったし、結果オーライ。
と、当人である私は思っているんだけど、傍からはそうは見えないのか。ちょっぴり同情めいた視線を向けられてしまう。
だから慌てて、気にしないで。
という想いも込めて言葉を重ねる。
「でも、仕方ない部分もあると思うんだよね。私ってほら、平民だし。元々そんなに貴族さまからの印象は良くないにもかかわらず、栄えある王宮魔道師に無理矢理ねじ込んで貰った身だから」
だから、いつかは追放されるんじゃないのかなって私自身も覚悟してた部分はあった。
それ故に、そこまで落胆めいた感情は湧き上がってこなかったんだと思う。
心の何処かで、既に分かっていた事であったから。
そして。
「成る程。つまり、この愚兄がちゃんとしてれば、ヒイナさんがそんな目にあう必要もなかったと」
「……相っ変わらず、人の傷口に塩を塗りたくるのが好きなのなお前」
「事実じゃない」
とどのつまり、エヴァンが悪い。
シンシアがそう結論付けた事により、気不味い空気が一瞬にして霧散した。
まあ、ぶっちゃけエヴァンが連絡の一つでもくれてたらこうはならなかった。
というのは紛れもない事実であるので、その部分に関してだけは庇いようもなかった。
「と、いうわけで謝罪も兼ねてここでの会計は全て兄さんの奢りという事で。さ、わたしも何か買って貰おうかしら」
「ヒイナは元々そのつもりだったが、どさくさに紛れてお前の分もおれに買わせようとしてんじゃねえ」
若干声を弾ませながら、再び服の物色を始めるシンシアに、エヴァンはふざけんなと言葉を返していた。
いがみ合ってるように見えるけど、なんだかんだで仲良いなあこの二人。
彼らのやり取りを見ていると、つい、そんな感想を私は抱いてしまっていた。
口にしたら怒るだろうから、胸の内にしまっておくけれども。





