一話 王宮から追放された日
「王宮から追放処分、だそうよ? 平民さん」
それは、王宮魔道師として王宮に仕えるようになって一年目の出来事だった。
ある日の朝、私はそんな言葉と共に書状のような紙を乱暴に投げつけられる。
私に向けてそう声を発してきた人物は、王宮魔道師になって以来、度々絡んでは執拗に嫌味を述べてくる人であった為、顔を見ずとも誰であるかの見当はついた。
……きっと、王侯貴族————ディストア伯爵家の令嬢、マリベル・ディストアさんだろう。
そんな感想を抱きながら私は振り返り、返事をする。
「……追放、ですか?」
「ええ。そうよ。貴女は王宮から追放。だから勿論、王宮魔道師としての地位も剥奪というわけ」
明らかにそれと分かる上機嫌な声音で、マリベルさんが言葉を紡ぐ。
私が彼女から嫌われている理由は既に知っている為、その部分について今更何かを言うつもりはなかったけれど、マリベルさんの発言の内容には流石に納得がいかなかった。
「……理由を、お聞かせ下さい」
投げ付けられた書状を拾い、中身を確認してから私はそう答える。
書状には先程マリベルさんから告げられた内容と、それが正式なものであるという証を示す王家の押印もあったから。
けれど、肝心の追放に至った内容が欠落していた。だから、尋ねずにはいられなかった。
「理由? そんなもの、決まってるじゃない。……そもそも、貴女は王宮魔道師になっていい人間じゃなかった」
マリベルさんがそう口にする理由は単純明快で、私が正規の手順で王宮魔道師になった人間ではなかったから。
私は所謂、特別措置で王宮魔道師となった人間であった。
「平民如きが王宮にいるってだけでも悍ましいというのに、挙句、名誉ある王宮魔道師に、貴女のような道化がいていい筈がないでしょうが……!」
目を怒らせ、叫び散らされる。
私が王宮魔道師になったのは今から約一年前の事。
平民にもかかわらず「魔道」の心得があった私が偶然にも、ある公爵家の当主さまを乗せた馬車が魔物に襲われているところに出くわし、「魔道」を使って助けた事が全ての始まり。
どうか、お礼をさせてくれと懇願され、では、と。ある事情から、私は王宮魔道師になりたいと望んだ。
そして、私は公爵閣下の厚意あって、特別措置で王宮魔道師となった。
ただ、それによる周囲からの反発というものは、苛烈を極めていた。
目の前にいるマリベルさんがいい例である。
「……どんな姑息な真似を使ったのか。公爵閣下には気に入られたようだけれど、それも今日でおしまい」
先日から、私を王宮魔道師に推薦して下さった公爵閣下は公務により辺境へと赴いていた。
彼がいなくなったタイミングを狙われた事は、最早明白であった。
「ほら、さっさと出ていきなさいよ」
視界に収める事すら汚らわしい。
そう言わんばかりの蔑んだ視線が私に向けられる。
王宮魔道師としての役目は全うしていた、筈である。私を嫌っている方々からその点についてつつかれる事だけはなかったから、それは多分。
けれど、平民出という出自が全てを白紙に変えるどころか、マイナスにまで持っていく。
……いつだったか。
臣下と呼ばれる王宮仕えになる為には貴族でなくてはならないのではないか。
そう問いかけた際に、即座に私の言葉を否定していた少年に「嘘つき」と言葉をこぼしながら、私は「……分かりました」と言って頭を下げる。
下手に駄々を捏ねて厚意で王宮魔道師に推挙して下さった公爵さまにまで迷惑を掛けるわけにはいかなかった。
だから、マリベルさんのその言葉に頷くしか私に選択肢はなくて。
その日私は、王宮から追放され、王宮魔道師としての地位も失った。
「……一体、何処にいるんだか」
淡い赤黄色に染まった空の下。
黄昏ながら私は力なく呟いた。
「小さい頃の思い出にいつまでも引きずられてる私が馬鹿なんだろうけど」
右手の人差し指に嵌められた銀に光る指輪を見詰めながら、私は自嘲気味にそう口にする。
それは、十年以上前にある少年から貰った物だった。一緒に過ごした期間は三ヶ月くらい。
でも、その時間は十年以上経った今でも忘れられないくらい濃密で、何より、楽しかった。
別に結婚しようとか、そんなロマンチックに溢れた約束なんてものではなかったけれど、「いつか、おれに仕えてくれ」と言われて渡された指輪。
臣下と言っていたぐらいだから王宮仕えになれば一度くらい会えるんじゃないか。
そう思ってどうにか王宮魔道師になりはしたものの、結局最後まで会う事は叶わなかった。
それどころか、色んな人に嫌われるだけに終わった。
「……はあ」
未練がましく未だに持ち続けていた私に対して、呆れながらため息を吐く。
幼少期に交わした約束。
だから、相手側が覚えてなくても仕方ないと分かっていながらも、私だけがこうして約束を守ろうとしていた事実が無性に腹立たしくて。
「エヴァンの嘘つき」
「————悪かったな、嘘つきで」
せめてもの腹いせに、私と約束を交わした少年を罵倒して————
「…………え?」
……どうにか、この苛立ちを抑えんとこぼした私の独り言に、何故か返事が返ってきた。
ちょうど、私のすぐ後ろから。
その予想外の出来事に、呆気に取られながらも私は聞き覚えのある声音に反応して、慌てて肩越しに振り返る。
そこには、如何にも貴族然とした身なりの金髪の青年がいた。
若干、大人びてはいたものの、その男の癖に憎らしいくらい端正な顔立ちは忘れられる筈もなくて。
「よう。随分と遅くなったけど、迎えに来た。ヒイナ」
まるで狙ったかのようなタイミングで、私に指輪を渡し、「魔道」を学ぶきっかけをくれたそいつは申し訳なさそうに、私の名を呼んだ。





