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第五話 てんし の すがお

「この度は大変失礼しました」


渾身のジャパニーズ土下座。

だって年齢一桁と思われる少女に20歳の男が抱きついて号泣とか事案じゃん!

お巡りさんこの人です!だよ!


結局10分ほど泣き続けて落ち着いた俺は慌てて土下座を決めているわけだが…


「良い良い。そなたは妾を助けてくれた。妾の胸で泣くくらい問題なかろ」


うぐぅ…

なにこの天使。眩しくて後光が差すぜ!

なんか雰囲気も落ち着いていて大人びて見えるなぁ。

俺がこの子くらいの時はそれはもうクソガキだった。近所の悪友たちとヒーローごっこ(チャンバラごっこ)に勤しんで、町で悪戯しては母親が呼び出されて、家に帰ったらこっぴどくしかられたもんだ。

平成も終わりの時期に棒切れ振り回して遊んでたのなんて俺たちくらいじゃないかな。

うちらは子供の頃はゲーム禁止だったし、公園はボール遊び禁止だったし、遊ぶっていったら昭和よろしくな遊び方だったなぁ



「して、そなた、名はなんと言う?妾も命の恩人が名無しではというのは何とも落ち着かなくての」


物思いに耽っていると女の子が俺に問いかけている。

そういえば散々な初対面で挨拶もしてなかったな。挨拶はコミュニケーションの基本なのに。


「俺は柳信晃だ。今年20歳になった」


「ふむ、柳とな。ところで信晃というのは(いみな)じゃなかろうな?」


「諱?いや、本名だけど?」


聞き慣れない単語に頭が追いつかない。

意味がわからんと首を傾げていると突然目の前の女の子が騒ぎ始めた。


「なっ…そなた!初対面の人間に諱を教えるとは!阿呆か!阿呆なのか!?そもそも諱を教えるということはだな…」


あるぇ?俺何で助けた女の子にめちゃめちゃ説教されてんの?

なんでも女の子が言うには諱を知られると呪いをかけられてしまうから普通は(あざな)と言われる通り名をつけるらしい。

それって日本だと戦国時代とか江戸時代の風習であったような…


「まったく。我が家の通字と同じ文字を持ちながら、この抜け方とは。まったく嘆かわしい。そもそもだな…」


どうもまだまだ説教は続くらしい。これは堪らん。

第一俺まだ土下座からの正座だし。足が痺れてしまう。


「ちょっ、ちょっと待った!分かった、分かったよ!俺もこの辺にそんな風習があるのは知らなかったんだ!というか、俺は名乗ったけど君の名前をまだ聞いてないぞ!」


「この辺の風習とかそんな狭い範囲の話ではないぞ?まぁ良い。確かに妾はまだ名乗ってなかったの」


呆れたような顔をしながらも、女の子は俺に特大の爆弾を放り投げてきた。


「妾は織田家の市じゃ。そなたの働き、兄上からも褒めてもらえるぞ」




「え?えぇぇぇええぇぇぇっ!?」




・・・・・・・・・




・・・・・・




・・・




「まったくそんなに驚かんでも良いだろうに。確かに妾がこんなところで一人でいるのは信じられないだろうが…」


俺の驚きが不満だったのか市は完全に拗ねてしまったようだ。


「悪かったって。まさか織田家の姫様がこんなところにいるなんて思わないじゃないか」


とヘコヘコする俺だが、もちろん俺の驚きの理由はそこじゃない。

ここがファンタジーの世界でもなく戦国時代の日本だということだ!

いや待て、だがステータスに妖力というのがあるからには魔法的な何かもきっとあるに違いない!そうであってくれ!


そんなことを考え悶々としている俺を尻目に市は俺の住処に興味深々で家探しを始めていた。

そう、あの後帰り道が分からないという市と共に俺の住処である洞窟に移動したのだ。


織田家の姫君となれば絶対に捜索されるし、その音がしたらこちらから向かえばいいかな、という魂胆だ。それに少女の足ならそんなに遠く離れている事もないだろう。


「のぅのぅ、これはそなたが作ったのかえ?」


「ん?そうだぞ」


気付けば市は俺の作ったウサギの脚のアクセサリーを熱心に見ていた。


「何故ウサギの脚を飾り物にしているのじゃ?」


「あー、幸運のお守りなんだとさ。ウサギは足が早くて逃げ切れることが多いからその幸運にあやかってるんだとか」


後はキリスト教の魔女狩り避けって話もあるけど、戦国時代で市がこの年齢じゃまだその話をしても理解できないだろうしなぁ。


「でも武士たるもの逃げることにあやかるのは縁起が悪いのぉ」


「三十六計逃げるに如かず、という言葉があるだろうに。古来から逃げは立派な戦略だろ?それに死んでしまったら悲しむ人がいるし、その後の人生の楽しみも味わえないだろうが」


そう俺が言うと市はびっくりした顔をしてこちらを見る。


「おい、なんだそのアホが賢い事を言ってるとでも言いたげな顔は」


「いや、如何にも野人みたいな顔して兵法を修めているのが不思議での」


そう言われて俺は初めて気付いたが、この時代に来てから髭を剃っていなかった。

滝壺近くで顔洗うと顔が映らないからなぁ。


「あぁ、この一月髭も剃らなかったし、一切人と会ってなかったからな。気付かなかったわ。そんなに野人っぽい?」


「野人か賊のどちらかだのぅ。助けが来た時に間違えられかねんの」


おいフラグ建てんのやめんか


「うーん、助けがきたら近くに市をほっぽって俺はお暇するかな」


「じょ、冗談だってば!その時は私がちゃんと説明するから!」


まぁ、そう言うなら吝かではない…ん?


「おい、市。お前の口調…」


「な、なんの事かの!?おかしいことなどないぞ!」


そう言いながらも市の目は面白いくらいに泳ぎ、急に汗もかきはじめている。

ははーん?


「なんだ、大人びてると思ったら無理してたのか」


「ち、ちちち違うもん!無理なんかしてないもん!」


こいつ一回動揺すると脆いなぁ。これがあの信長の妹で、将来浅井や柴田の奥方になる子だと思うと人の成長の偉大さがわかる。

或いは物凄い数の猫被ってたのか。


「何よ、その目は!私が大人の言葉を使っちゃおかしいの!?」


「いや、別に良いんじゃねーか?今の雰囲気の方が俺は好きだぜ?」


子供は子供らしいのが一番。大人びた態度を取らなきゃいかん時もあると思うけど、別に四六時中気を張ってる必要もないだろ。


そう思って市を見ていると見る見るうちに市の顔が赤くなってくる。小さい顔して真っ赤とはイチゴみたいだな。

って、あーこれは妹が怒り出す前の顔と同じだ。中高男子校だったから女の子の扱いが良くわからんのだよな。結局妹もずっと怒らせてばっかだし。


「おい、大丈夫か?悪気があった訳じゃないから許してくれって」


「……に……て……もん」


「ん?」


「別に怒ってないもん!」


うおっ

怒ってんじゃん!と言うとより怒るのは学習済みだ。

こう言う時はさらっと受け流すのが一番いいのだ。


ふと外を見ると段々と暗くなってきていた。

今日は捜索来なかったけど、流石に明日は来るだろ。


「おい、市。今日は捜索隊が来なさそうだから寝床の準備を…」


『………さまー』


ん?


『お市さまー?』


来ないだろうと思ったタイミングで来るのかよ。ま、早めに引き渡した方が全員ハッピーだろ。


「迎えが来たみたいだし、行くか?」


「うん…」


急に市の元気がなくなったのが気になったが、肯定の意を示した市を抱えて洞窟を出発するのだった。

今回もお読みいただきありがとうございます。


主人公は一ヶ月でかなり髭が伸びます。

男性ホルモン多めですねぇ。

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