その2 ボクのまたの名はバブみん様
ボクは今、ギルド食堂の床でオジサン状態のタンポポを膝枕している。
「うう~」
タンポポがちょっと苦しそうで心配になる、が。
とりあえず膝の上で寝返りをうつのはやめてください。
ちょっとタンポポ、顔の位置おかしいおかしい。
「あーもう、ヒゲが太モモに当たって痛いんですけど」
タンポポの頭を反対側に向けようと手を掛ける。
「ママ……」
その言葉にそっとタンポポの頭を撫でてやる。
母親の事をママって呼んでたんだね。
そういえばこの子、ボクより二つ年上とはいえまだ十代の女の子なんだもんね。いきなり異世界に転生してオジサンの姿で不安を一杯抱えて……
今まで頑張ったよねタンポポ……偉いね。
優しく何度も何度も頭を撫でてやると、タンポポは少し落ち着いてきたようだ。
「タヌキ……」
いったい何の寝言ですか今の。
気が付けばギルド食堂内がどよめいている。
少女がオジサンを膝枕して頭を優しく撫でるというシーンは、他のオジサン冒険者たちの目には感動的なシーンに映ったようで、中には涙を流している男の人もいる。
奇跡のシーンだと言うのだ。
「バブみだ……」
「バブみじゃ……バブみがおる」
何か変な事を、うわ言のように呟きだしだよこのオジサン冒険者たち。
「バブみん様」
「人を変な名前で呼ぶのはやめて頂けませんか」
いつの間にかボクの前にオジサン冒険者たちが並びはじめた。
一番後ろのオジサンなんか〝最後尾〟と書かれたボードを掲げている始末だ、いつの間に作ったんですかそれ。
新しく列に並んだオジサンがそのボードを受け取って掲げ、次々と来るオジサンに最後尾ボードが流れていく。どこの大手の列だこれ。
「どうして順番待ちをしているんですか、やりませんよ? やりませんからね? おい、お財布から二ゴールド出すのは卑怯ですよ。や、やらないから。え、営業じゃないんだから」
「ウヲイ」
列の一番後ろから恐ろしいモンスターの咆哮が聞こえた。
オジサンたちはサッと散ってそれぞれ自分のテーブルに着席する。
流れるような一連の動きにちょっと感動すら覚えていると、咆哮の主が近づいてきてボクの前で仁王立ちになる。
恐る恐る見上げると……
カレンだった。
カレンはボクの膝の上でぐったりしているオジサンタンポポを、冷ややかな目で見ている。
「みのりんちょっと待っててね、今からそのオジサンを川に捨ててくるから」
「ちが……大丈夫……」
カレンの言葉に慌ててタンポポを庇う、この状態で川に放り込まれたらさすがにタンポポが可哀想だ。経験者なんだけど。
「この人どうしたの? 気分が悪いの? というか誰?」
カレンもやはりタンポ男君(カレンが知ってるタンポポオジサン)のイメージを掴みきれていなかったみたいだ。
まあカレンから見たらタンポ男君は、後頭部しか見えていないんだから当たり前なのだが。
「あ、よく見たらタンポ男君だ。タンポ男君倒れちゃったの?」
おおー凄いよカレン、友達になっていたから何とかイメージの一致に成功したようだ。
それにしても後頭部だけでよくわかったなこの人。
カレンはテーブルを見て、ジョッキのお酒に気がついた様子。
「お酒かあ」
コクコクと相槌をうつ。
「一口……倒れた……」
カレンが呆れたように腰に手を当てた。
「大人は皆大好きだけど、これってそんなに美味しいのかな」
ジョッキを持ってクンクン匂いを嗅いで、うへーとかやっている。
「飲んじゃ……だめ……」
「うん? あはは、飲まないよ、未成年だもん、やだなあみのりん」
そう言いつつクンクンとまた匂いを嗅ぐ、ボクもこの前匂いを嗅いだ事あるけど、そこそこ甘そうな香りがして惹かれるんだよね。
アルコールもくるからちょっとクラってなるけど。でも飲んじゃダメです。
「でもちょっとくらいなら、平気かな」
カレンがジョッキを口にそーっと持っていこうとしている時に、ボクはビクンとなった。
彼女も同様にビクンとなり、何か気配を感じて振り向くとそこには受付のお姉さんがにこやかな笑顔で立っていたのだ。
受付のお姉さんはとてもにこやかに立っている。
受付のお姉さんはとてもにこやかに立っている。
「ゴメンナサイ……」
ションボリとカレンがテーブルにお酒を置く、ボクはカレンが怒られた珍しいシーンを目撃してしまったのだ。
ボクが涙目になったのを見て、受付のお姉さんは少しショックを受けたようだ。
そこにもう一人やってきた影があった、サクサクである。
「あれえ? 何これお酒? どうしたのお?」
やはり酔っ払ってますねサクサク。
「この人の……もういらない」
「じゃ私もーらお!」
いらないと説明した瞬間、ジョッキをガシっと持ってグビグビ飲みだしたサクサクに、カレンが慌てた。
この人を自分の一個上の十七歳だと信じている彼女は、サクサクと受付のお姉さんを交互に見てオロオロしている。
受付のお姉さんはとてもにこやかに立っている。
この前友達になった子が、受付のお姉さんに叱られるかも知れないという彼女の心配もよそに、サクサクは一気に飲み干しプヒーっと奇声をあげた。
それにしてもなんという電光石火だろうか、ボクには一瞬でお酒が消えたマジックショーに見えたよ。
受付のお姉さんは特に気にする様子でもなく笑顔のまま離れていった。
「あれー?」
暫らく首を傾げていたカレンだったが、タンポ男君を再び見ると。
「ちょっと待っててね」
とギルドから飛び出して行ってしまう。
ボクはまたオジサンを膝枕したままで取り残された。
カレンが出て行ったのを見て、冒険者のオジサンたちがまたそわそわしだした。
並ばなくてもいいですから、やりませんからね!
だからお財布からゴールドを出さないでください!
ソ、ソーセージを持ってくるのは卑怯だぞ!
次回 「探検について来る気まんまんの酔っ払い」
みのりん、酔っ払いをつれて出かけるハメになる




