その1 酔っ払い冒険者に膝枕
朝、顔を洗って洗面所から出てくると、つい掲示板の前で足を止めてそこに張られている張り紙を見た。
掲示板の一番低い所に貼られた一枚の紙に目をとめる。
それは探し物のクエストで、女の子が町の外で落としたお人形を見つけるというもの、ただし報酬はゼロゴールド。
つまりは単なる探し物の張り紙なわけで、冒険者には見向きもされないで三日ほど放置されていた。
タンポポ牧場の近くだったので、昨日ボクはついでに探してみたんだけど見つからなかった。
もし討伐中にでも偶然見つかったら届けてあげたいなと思っている、なにしろお人形はとても大切な家族なのだから、ボクなら失くしたら泣く。
因みに今日のラクガキは、額に富士山とほっぺにナスビである。
ボクはそのまま午前中はギルド内の〝みのりんハウス〟のテーブルに座っていた。
今日はギルドが混みだす前にカレンが迎えに来るというので、ここに座って待っているのだ。
昨日カレンは今日は趣向を変えて、以前行った事のある洞窟の探索をしてみようと言っていた。
いつもいつも森へ行っていたのではさすがに飽きてしまうし、カレンとしてはパンツの森を思い出して少し距離を置きたいとも思ってるようだった。
確かにボクも恥ずかしいし、あんな恐ろしい場所にはできるだけ近づきたくない。
ボクとしても洞窟探検はとても楽しみで、あの苔が光る幻想的なシーンもさることながら、やっぱり冒険者なら洞窟やダンジョンはワクワクしてしまうものなのである。
テーブルの木目を洞窟に見立てて遊んでいると、一人の冒険者のオジサンがやって来てボクの隣の丸椅子に座った。
ボクに依頼だろうか、不思議に思いながらそのオジサンを見ていると、彼はウェイトレスさんを呼んでいる。
何か奢ってくれるのかな、期待で胸が膨らんでくる。
尻尾があったら間違いなくパタパタしていただろう。
「はいはーい、ご注文は?」
「向こうのテーブルであの女性が飲んでる物と同じ物を」
オジサンが指を差したテーブルのあの女性とはサクサクだ。彼女こんな時間から飲んでるよ、まあいつもの事だけど。
サクサクは最近はどこかに出かけているみたいだが、ギルドにいる時は大抵酔っ払いに変化していた。
えーと……そこでボクは気がつく。
という事はこの隣の冒険者も今からお酒を飲むって事かよ。
他にもテーブル席は空いてるのに、どうしてこの〝みのりんハウス〟で飲むかな、しかもわざわざボクの横に座って、向こうに行って欲しいんですけど。
むーっと眺めているとオジサンは緊張した様子で座っている。
やがて赤紫色の飲み物が入ったジョッキが運ばれてきた。
オジサンはウェイトレスさんに三ゴールドを支払うと、机に置かれたジョッキを上から眺めたり匂いを嗅いだり、ソワソワしたかと思ったらボクに声をかけてきた。
「これ私飲んでもいいんだよね? みのりん」
オジサンから名前を呼ばれてキョトンとする。
「あの、どちら様でしょうか」
「みのりんていつもそうだよね、いい加減私の顔を覚えてくれないかな、そりゃ私だってガラスに映った自分の顔を見て三回のうちに二回は誰このオッサン? ってなるけどさ」
「タンポポでしたか、ガラスに映った自分の姿見てキョドるのはボクだけだと思ってましたよ。というか自分でも覚えてないんですか」
「三回のうちの一回は覚えてるもん、野球で言ったら三割超えのバッターだよ、これはちょっと凄い事じゃないかな」
「はいはい。特徴が無さすぎて覚えられないのです。いっその事、女子高生の時みたいに髪の毛をピョコンと結んでもらえませんか? そうすると誰だかわからないのは三回中一回くらいに減るかも知れませんよ。そうなれば六割超えの超人です」
「オッサンを可愛くコーディネートしようとは思ってないんだよ」
そう言うとタンポポオジサンはまたジョッキに視線を落とした。
「とにかくこれを一回飲んでみたかったんだもん、同い年の子があれだけグビグビ飲んでるんだから私もいけるはずだって」
まあ、実際の年齢の差は『タンポポ十七歳<サクサク自称十七歳(櫻子さん二十七歳)<タンポポオジサン年齢不詳』なのだから余裕で飲めるはずで、オジサンを脱いだセーラー服少女姿で飲まなければ、倫理的にもOKなのではないだろうか。
「何しろ三ゴールドもの恐ろしい大金をはたいたんだから、美味しくあってもらわないと困るんだもん」
「わかりますその気持ち、ボクもこの前四ゴールドのサンドイッチで清水の舞台から飛び降りましたからね」
「ひええ飛び降りちゃったんだ、三ゴールドで私は京都タワーから飛び降りる覚悟だったんだけど、まだまだだね私」
「お互いがんばりましょう」
「じ、じゃあいくよみのりん」
「う、うん」
タンポポがぶるぶる震えながら、ジョッキを両手で持って口に運ぼうとしているのを、ボクは隣で固唾を呑んで見守る。
傍から見たら、少女の隣でオッサンがお酒を持って震えているわけで、まるでアル中親父とその娘の図に思えるだろうか。
しかし父親と娘、じゃなかった、オジサンも少女も真剣そのものなのだ。
「ゴクリ」
タンポポが一口飲んだ。そして倒れた。
そしてなにより、タンポポの頭の位置が問題なのである。
「タンポポ、ボクの膝の上で寝るのはやめて頂けませんか」
タンポポはよりにもよってボクの膝枕で倒れているのだ。アル中の親父に娘が膝枕をした図である。
オジサンが寄りかかってきた拍子に丸椅子から二人で転げ落ちて、床の上で膝枕をしている状態だ。
ボクが倒れた後でカレンによくやられていたけど、まさか自分自身が他人を膝枕するイベントが来ようとは思っていなかったよ。
しかもオジサンをである。
さてこれ、どうしよう。
次回 「ボクのまたの名はバブみん様」
みのりん、他のオジサンたちを奇跡のシーンで泣かせる




