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その4 いつもと森の様子が違うんですけど


 チーズ屋さんにミルクを届け――今回はキスチスとアルクルミが町の門から店まで運ぶのを手伝ってくれた――報酬を受け取ると、カレンとの討伐まで暇になる。


 お昼なのでギルドに戻り厨房で魚の干物を焼いてもらうと、牛を群れまで返して戻ってきたタンポポと二人で食べた。

 帰りに買った大根を厨房でおろしてもらってたっぷりかけた。


「やっぱり醤油は欲しいかも。どこかで大豆を仕入れて来ないと……」


 やる気ですかタンポポ。

 お寿司屋さん開店の日も近い。


「そろそろうちのが起きるから帰るね」


 なんだか旦那を起こす嫁のようなセリフを残してタンポポが去ると、ギルド食堂も忙しくなってきてボクは外に摘み出される。


 今日のカレンとの討伐は二時予定。

 やる事がないので、魚の干物を見て思いついたのだがお人形を天日干しにでもしてみようか。


 お日様が当たる道路の端にお人形を並べてみた。

 この前拾ってきたお茶碗も置いて……お茶碗の横にお人形を座らせて……


 ハっとした。


 いつの間にかおままごとをやっていたようだ。

 お父さんのクマが会社から帰って来て、ご飯を食べようかというシーンで我に返ったのだ。


 まだ一時間くらいしか経っていないのだが、一時間だと? そ、それもたいがいだけど、危うくお人形遊びに没頭する罠に引っかかってしまうところだった。


 その時、ボクのお人形たちに影が差した。

 見上げると通行人のオジサンが覗いている。


 くうう、これはお人形遊びなんかじゃないんだからね、お人形を天日干しにしてるだけなんだから。

 以前オジサン冒険者に、女の子のお人形遊びは微笑ましいと言われた事を思い出して顔が真っ赤になる。


 チャリーン。

 ん、お茶碗の中にオジサンが一ゴールドを入れたのは何故。


「たくましく生きるんだよ……」


 オジサンは涙をハンカチで拭きながら去っていった。


 そっちの方がショックだよ!

 慌ててお人形とお茶碗を片付けると、泣いているオジサンに追いつき魅惑のゴールドを返し、カレンとの待ち合わせ場所に向かう。



 待ち合わせ場所に到着したのはちょうど午後二時。

 同時にやって来たカレンとパーティを組み、草原を抜けて森に突入だ。


 今日の森はいつもより静かだ。

 何となくだけど森の様子がおかしい……


 やんばるトントンが全然登場しない、いつもならもうとっくに出番待ちしてましたってドヤ顔で出て来ているのに、今日は一向に姿を現す気配がない。

 カレンも何か森全体のピリピリとした〝気〟みたいなものを感じているようだ。


「今日は全然出て来ないねえ」


 カレンはキョロキョロ辺りを見回している、もしかしてボクがモンスターたちに興味を持たれなくなった?

 ちょっと安心したような、寂しいような変な感情。


「ねえみのりん、今日は諦めて帰ろっか、森も何か変だし。森がこんな状態なの初めてだよ」


 そう言いながらカレンが上を見上げてギョっと固まった。


 何だろう何かあるのかな、そう思いながらカレンが見ている木を見上げると、枝に何か白いものが引っかかっている。


 うーんあれは……パンツ?


 カレンがさっとボクの目を手で押さえた。

 うわわ、いきなりのこの攻撃は何ですかカレン、柔らかい女の子の手で触られたら危ないんですよボクは。


「み、みのりんは、ここで小石の数でも数えてて。あはは」


 よくわからないが小石の数を数えてると、カレンが慌てて木に登ってパンツを回収している様子。


「お、お待たせ」


 動揺している様子から、今のパンツはカレン関係の何かなのだろうか。


「さっき……パン」

「何でもないんだよ、子供の頃の話だよ、それよりもみのりん知ってる?」


 歩きながら他の話を始めたカレン。もっとさっきのパン的なものの話を聞きたかったが、カレンが言い出した次の話の内容に今度はボクがキョドり始めた。


「最近モンスターに乗って現れる女の子がいるんだってさ」


 へ、へえ。別にそれがボクだと教えても全然構わないんだけど、問題がある。


「何だか幻想的で素敵な話だよね、絵画にもなってるって聞いたよ」


 あの絵だけはカレンに見られたくない。牛に乗ったわんぱくそうな金太郎の絵なので、見ない方が夢が壊れなくていいですよ。

 ボクの夢は砕け散りましたから。


「私も見てみたいなあ、幻想的なシーン。そうそうあんな感じで……」



 カレンが指を差した先にそれはいた――



 それは銀色の身体、銀色の翼を持つ大きな〝ドラゴン〟

 そしてそのドラゴンに乗った銀色の髪を持つ少女だ。



 木漏れ日の光の中に現れたその姿はなんと幻想的なのか。


 ボクたち二人はしばらくその美しいシーンに見とれていた。

 ドラゴンがゆっくりと近づいてきて二人共に我に返る。


「これ知ってる……私知ってる……」


 カレンが呟き始めた。


「魔火山の銀竜だよ」


 何それ。〝ひのやまガオガオ〟とかじゃないんだ。

 名前からしてボクたちが相手をしていたいつものモンスターたちとはレベルが違う。


 身体の大きさも十メートルくらいありそうだ、首と尻尾を入れたらどのくらいなのか想像もつかない。


 高々と上がった首、その銀竜の赤い目がボクたち二人を見下ろしている。カレンの一撃必殺剣でどうにかなる相手なのだろうか。


「先ほどまで、この辺には森にかけられた〝まじない〟があったようじゃが、それももう感じられんな。全く、魔物共が怖がって近寄れんと言うから、わらわが直々に出かけて来てやったというのに、拍子抜けじゃのう」


 喋り始めたのは銀竜ではない、それに乗った少女だ。

 カレンはその少女を見て凍り付いている。


「カレン……?」


「知ってるよ、魔火山の銀竜に乗ったこの子……冒険者なら知ってる」


 カレンが少し震えている。

 その様子にただならないものを感じる、森がおかしいのもこの子のせいなのか。


「この子……魔王ちゃん……だよ」


 これが魔族の王――


 この世界にやって来た当初カレンに聞かされた、冒険者の集団でも軍隊でも敵わない、襲って来たら町も国も一瞬で終了という恐ろしい存在。


 絶対に出会ったりしませんようにと願って、こっそりと過ごしてきたのにこの有様である。


 見上げる銀竜の上に佇んでいる姿はボクたちと何も変わらない女の子。

 ただ銀色の髪とその目が畏怖感を生じさせている。


 銀竜の少女は感心した様子でカレンを見下ろす、だがその目はどこまでも冷ややかだ。


「ほう、わらわの事を知っておるのか人間の小娘よ、感心したぞ。さよう、わらわは魔王ちゃんじゃ、え? ちゃん? ちゃん付けはやめろよおい」


 さすがの魔王もカレンにかかれば形無しである。


「ごほん」


 気を取り直した魔王〝ちゃん〟は何事も無かったかのように、次の言葉を発した。

 風がさあっと銀色の髪を舞い上がらせ、少女の透き通るようなグリーンアイが真っ直ぐボクとカレンを捉えている。


「わらわは銀竜の魔王。冒険者の町を滅ぼしに来た」


 ――と。


 第12話 「森の異変、そしてそいつは遂に現れた」を読んで頂いてありがとうございました。

 次回から第13話になります。


 ようやくこの作品のもう一人の問題児、魔王っ娘が出てきました。

 次回大問題発生です。


 次回 第13話「トロール討伐大作戦」

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