その2 タンポポ司令官殿に敬礼!
ネギ屋さんの前まで来たがタンポポが店に入ろうとはしない。
「私はここで待つよ……みのりんが死にかけるところを見たくないんだもん」
ボクの散り様をタンポポに見届けて欲しかった気もするけど、了承して店内に一人乗り込んだ。
あーもうやけくそだ。
「たのもう!」
「らっしゃい。おやお姉ちゃんか、今日もネギかい」
ネギしか売ってないお店でネギかいと聞かれるこの気持ち、つっこむ気力もなく三本下さいと告げる。
「三本だな、今日の伝統のしきたりは胸で挟むだ」
今日の伝統のしきたりとか意味不明すぎて頭が混乱するけど、今日は胸だな、よしやってやろうじゃないか、どんとこいだ。
「……」
無表情のままの店主は、胸を張るボクをじっと見つめていたかと思ったら、目を伏せた。
そしてハンカチで涙を拭く。
更にネギを三本そのまま手渡してくる。
「今日はいいから、黙ってこれ持っていきな……オジサンが悪かった……ウ」
その失礼な反応やめて頂けませんか、とてもとても失礼です。
「ボクほどの山ならネギなんて軽く挟めますから!」
受け取ったネギを試しに胸で――
挟むまでもなくネギは床に落ちた。
「……」
「……」
説明すると最初のがボクの「……」で次が店主の「……」だ。
お金を渡しハンカチで鼻を噛む店主を後にして店の外に出ると、心配そうにタンポポが出迎える。
「ど、どうだったのかな、みのりんの様子が尋常じゃないんだもん。どんな恐ろしい伝統だったのか気になるような聞きたくないような」
「そっとしておいてください……」
落ち込んでいるボクにオロオロするタンポポを見て、このままではいけないパーティの士気に影響する、とさっき貰った魚の干物を取り出して二人で眺める事にする。
満面の笑みになった二人は士気百パーセントで草原を進む。
「この町って醤油は売ってないのかな、売ってるお店をみのりんは知らない?」
「ボクは見た事無いですね、ギルド食堂でもソースは見ますけど醤油差しは無いですよ」
思い出してみるが、どのテーブルにも置いてなかった。
「そっかー干物を焼いて大根おろしを乗っけて醤油をかけて、と思ったんだけど」
とても美味しそうだ、タンポポの言葉にお腹がなる。
『ぐう』
『ぐう』
説明すると上の『ぐう』がボクで、いや下の『ぐう』だったか、まあいいか。
「タンポポは作れないんですか? 醤油」
「ちょっと無理かな」
さすがの田舎の女子高生も、そこまで万能ではありませんでしたか。
「今から作り始めたら出来上がるまで魚の干物お預けだよ? 醤油って時間かかるんだもん、待てないよ」
作れるんだ、この人作れるんだ。田舎の女子高生を舐めてました、ごめんなさい。
タンポポがいたら、異世界でお寿司屋さんでもなんでも開業できそうな気がする。
二人とも魚の干物に思いを巡らせながら歩いていたが、これが大失敗だった。
気がついたら特殊部隊モーモーに取り囲まれていたのだ!
夢のような干物の天国世界から、一気に地獄に転落である。
ボクたちが一体何をしたというんだ! 脳のリソースを全て使って干物の事を考えていただけじゃないか!
「やっば……」
思わず呟いて逃げようと後ろを振り返ると、既に何体かのモンスターが後ろにも取り付いていて、ボクたち二人は完全に囲まれた。
この状況にタンポポがそっと横に来て小声で囁いてきた。何か解決策でもあるのだろうかと期待する。
「みのりん、干物を落とさないようにちゃんと仕舞ってあるよね」
期待して損した!
今は干物の事は忘れてください。まあ落としでもしたら人生最大の惨事になるのは間違いないんですけど。
「こうなったら私が一匹を乗っ取って暴れている間に、みのりんは干物と一緒に逃げて。あの一番でっかいのにするかな」
だ、大丈夫なんですかそれ……
と心配してたらモンスターが包囲網を解き始めた。
あれよあれよという間にタンポポの前に一列に並び始める牛達。
「どういう事かな」
「……気持ち良かったんでしょうね、タンポポのあれ」
ちょっと呆れ気味のボク。
つまりタンポポの搾乳が気持ち良すぎて、特殊部隊モーモーが順番で並ぶという頭のオカシイ事態になっているのだ。
搾乳中モンスターは気絶していたわけではないので、トロンとしながらも何者がこの快感を与えてくれたのかちゃんと認識していたのだろう。
タンポポの前にずらーっと整列する精鋭の特殊部隊。
あ、デルタフォースモーモーが横入りしようとして、スペツナズモーモーと喧嘩を始めた。
それと後ろの方で特殊作戦群モーモーとSASモーモーが、互いに譲り合って変な事になってる。
「そこ! 喧嘩しないでちゃんと並ばないと、お乳搾ってあげないかも!」
ビシィ! タンポポの一言で特殊部隊は一本の棒のように真っ直ぐと整列した。
サーイエッサー! と幻聴が聞こえたほどである。
もうこれネギいらないんじゃないだろうか……
タンポポが搾乳を開始すると、特殊部隊モーモーはそれはそれは気持ち良さそうだ。
順番に並んでくれるのだから作業効率も高く、すぐにミルク缶三本が満タンになる。
牛はボクにもチラっと興味を惹かれるものの、この気持ちいい搾乳システムの一部と考えているのか、タンポポ司令官の参謀と考えているのか知らないが、興奮して突撃してくるような事はなかった。
さすがはエリート部隊という所か。
「私が連れて来た荷物持ちの当番兵という扱いかもしれないかな」
タンポポはうるさいですよ。
トロンとしてる牛の群れから適当に選んでタンポポが乗り込むと荷車を引かせ、いざタンポポ牧場から撤収である。
後は金太郎、じゃなかったみのりん女騎士がモンスターを連れて凱旋なのだ。
そしてピンチはこの後訪れたのである。
次回 「お魚屋の娘さんのスキルでピンチ?」
みのりん、女の子二人の接近に絶体絶命




