その5 午後はカレンと楽しい討伐
タンポポとのバイトを終えて、カレンとの待ち合わせ場所に向かっている。
今日のカレンとの待ち合わせは午後三時だ。
場所は商業地区の時計台広場。そういう場所での待ち合わせは、これからデートをするような気分になって心も弾む。
ボクは期せずして搾乳のアルバイトで六ゴールドも手に入れて上機嫌である。
紹介してもらったお礼に今日のネギ代はボクがもつ事にした。
時計台広場に近い通りを歩いていると、浮かれ顔からキョトンとした顔に変わった。
通りの溝の中に一人のオジサンが横たわっていたのだ。最初はでっかい人形でも挟まってるのかと思った。
「え……と、オジサンは何してるんですか? 挟まって動けないんですか? 誰か人を」
「いやいいんだよお嬢ちゃん、オジサンはここにわざと挟まっているんだ。ここに挟まって人生について考えていたんだよ」
不思議な人もいたもんだ。いつもなら、おいおいとつっこみを入れて回避するんだけど、今日は浮かれてんだから仕方が無い。
浮かれついでに変なオジサンに興味を持って近づいてやろうと、誰でも一度は経験する事をボクくらいの娘なら思っても仕方の無い事なのだ。
「人生ですか」
「そうだよ人生だよお嬢ちゃん。人はどのように人生を捉え、どのように生きていくのか。オジサンはここで溝に挟まって考える事で、溝から見た視点での人の生き様について深く浅く考えていたのだ」
何だか内容があるんだか無いんだか、ワケのわからない哲学っぽい事を語り始めたぞ。
オジサンは必死に目を動かしてボクの方を見ているようだった、見辛いのなら出てくればいいのに。
「ところでお嬢ちゃん、もうちょっとオジサンに近づいてくれないか。溝が思ったより深くてな、ギリギリもうちょっとなんだ、これはオジサンの人生しくじりだ。あと少し近づいてもらえれば、オジサンの人生に正解が出るんだ」
「はい……?」
なんだろうと思って近づこうとすると、誰かがオジサンの顔を踏んだのである。『むぎゅ』という効果音まで聞こえた。
「みのりんお待たせ!」
カレンだった。
「カレン……踏んでる」
「ん? 何か踏んだ? ゴミでも踏んだのかな。みのりんちょっと待っててね、溝を掃除して川に捨ててくるから」
その瞬間、オジサンはスポン! とカレンの足から抜けると立ち上がり、カレンとボクに丁寧にお辞儀して去って行った。
オジサンを見送った後、パーティを組んで町から外に出て森の中に入る。
「ホントに冒険者の町は変なのが多いから困るよ。みのりん気をつけてね」
歩きながら道端の草を剣で払った時、溝のオジサンの事を思い出したのかカレンが呆れたように話し始めた。
この町の変な人で、ボクはネギ屋のオジサンを思い出してしまった。
思い出しただけでも寒気がする、あのネギ屋さんは怖すぎる。
「ネギ屋……さん」
「そうそう、ネギ屋さん、あそこも酷いよね。伝統を笠に着て変な事を押し付けてくるんだよね」
こくこくとボクは頷く。やっぱり女の子の間では有名なんだ。
「ネギを受け取るのにお店ごとに色んな伝統があってさ、覚えてるだけでも太モモで挟む、お尻で挟む、胸で挟む、脇に挟む、足の裏で挟む。あと、お腹のお肉で挟むなんてあったけど、失礼な話だよね」
なんという恐ろしい伝統だ。太モモだけじゃなくそんなにバリエーション豊かだったとは。
ボクは震え上がる、なんとかマシな伝統の店を見つけてそこで買うようにしなければいけない。
「最悪なのはネギ協会で、その伝統を不規則に各店舗で持ち回りさせてるって事なんだ。だからどの店がその時どの伝統なのかがわからない」
穏便にネギを買う方法が、たった今絶たれた。
そういえばと、この前カレンがのっぱらモーモー討伐の時にネギを用意していたのを思い出す。カレンはどうやって買ったんだろう。
「だから私はネギを買う時は幼馴染に頼んでるんだよ。その子同い年の男の子なんだけど、ネギ屋さんに鉄拳制裁を! って燃えてて、あれ? 女の子だったかな」
ふーん、ボクはネギ屋さんで出会った栗色ショートの女の子を思いだす。
あんな子が他にもいて、それがカレンの幼馴染の男の子なんだね。
とか言ってるうちにやんばるトントンが登場。
「ほいっ!」
モンスターを一瞬で斬って速攻でお肉を取って脱出。
一撃離脱の強盗で今日の討伐は終わり、とうとう『スパイクトルネード!』も簡略化の波に飲まれて表記なしだ。
二体目のやんばるトントンに至っては、ガサガサという草の音しか聞いていない。
ところでモンスターと一緒に凱旋した今日のボクの勇姿は噂になって、その時のボクの姿が絵にされる事になった。
なんでもこの町に住む天才的芸術家とやらが、ボクの姿にインスピレーションだかインスパイアだかを受けて作品を作る事になったらしい。
公開当日にボクは、ホクホク顔で早速一人でギャラリーへと足を運んだ。
もし周りのお客さんたちにボクだとバレたらどうしよう。あの美少女じゃないかと注目を浴びたりしたらどうしよう。
ひやひやものである。
もし女の人たちにキャーキャーと囲まれたらどうしよう。
違う意味でもひやひやものである。
それはとても大きな絵だった、壁一面にかかるくらいのどでかい代物だった。
幻想的な少女とユニコーンみたいな絵を想像しただろうか、もちろんボクもそうだ。
出来上がったのは、牛に跨ったネギを担いだ幼女の絵。
イメージ的には金太郎である。
第11話 「田舎の女子高生の異世界田舎暮らし」を読んで頂いてありがとうございました。
次回から第12話になります。
次回 第12話 「森の異変、そしてそいつは遂に現れた」




