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その1 ボクがついに食堂で挑戦した件


 早朝、トイレに起きたボクが洗面所から出てベッド(ダンボール箱)に戻ろうとすると、壁から何者かがすり抜けてきた。


 ビクッ! と固まってしまうがそいつはセーラー服姿だ。毎度おなじみのタンポポである。


 なんだオバケか、オバケかと思っちゃった。


 後ろから見ているとその女子高生は、抜き足差し足忍び足でボクのダンボールベッドに近づいている。

 手にはペンだ、マヌケにもほどがあるだろう。


 早朝から頭の痛くなる事である。

 タンポポはこっそりとダンボール箱を覗き込み『あれ?』とクエスチョンマークを出した。


 オバケともなるとああいうものまで出せるのか、すごい。


「なにをコソコソやっているんですか、マヌケな背中ががら空きですよ」

「ひえええええ!」


 真後ろからのボクの声に飛び上がって驚くオバケ。

 そのオバケはその場にひっくり返りながら抗議してくる。抗議したいのはこちらなのに。


「オバケが出たかと思ったもん、突然驚かさないでくれるかな」

「オバケが出たはこっちのセリフですよ、あなたオバケの自覚あるんですか」


「怖いものは怖いんだから仕方無いんだもん。なあんだ、みのりんもう起きてたんだ、残念。それじゃ」


 しらばっくれて帰ろうとしたタンポポに飛び掛った。


「いやー渡さない! 絶対渡さないんだもん!」

「大人しくそのペンをよこしてください!」


 ペンを抱き締めてその場に丸くうずくまったタンポポ、絶対死守という事か。

 難攻不落の要塞が目の前にあった。


 この女子高生要塞をどこから攻めようか……

 丸くなった身体を眺めていると。


「いいんだもん、今度アイツを尾行して家を突き止めてやるんだから。毎晩鼻にピーナツを……」

「あう」


 今日もボクの敗北である。難攻不落の要塞線を突破することは叶わなかった。


 楽しそうにボクのおでこにラクガキをしているこの不幸な少女を見ていると、顔にラクガキくらいさせてあげてもいいかなという気分になる。

 カレンの鼻も守れるし。


「楽しいですか」

「そうでもないかな」


 くぅ。涙目になる。


「うそだよ、めちゃくちゃ楽しいかも。これが無いと一日が始まらない、生きてるって気がする」


 霊体のあなたに言われると微妙な雰囲気になるのでやめてください。


「描かれるのはもういいです、諦めました。でもせめて、おでこだけにしてもらえませんか、ほっぺたにも描くのはやめて下さい」

「ほっぺた? なにそれ」


 タンポポがまたクエスチョンマークを出したので、ボクも対抗してクエスチョンマークを出してみる。

 まあいいや、とタンポポは別の話題をふってきた。


「みのりんは今日用事あるのかな、手伝って欲しい事があるんだけど」

「午後から用事なので、お昼過ぎくらいまででしたらいいですよ」


 午後からはカレンとの討伐なのだ。

 今日の予定は午後三時出発、三十分で森に行ってお肉を毟って逃げてくる、一時間ちょっとのお手軽強盗コースだ。


「それで構わないよ、ギルドが開いたら迎えに来るよ」


 ペンのキャップを閉めながら伝えると、タンポポは『それじゃ』と言って壁を抜けて帰って行った。


 二度寝したボクが受付のお姉さんに起こされて、おでこのちょうちょと両頬のチューリップを消し、自分のテーブル〝みのりんハウス〟に着いて待機していると、いよいよ待ってた営業開始の時間である。


 ボクが待ち望んでいたのはタンポポ、ではもちろんない。

 今朝はちょっとした冒険をしようと思っているのだ、この食堂で。それは挑戦ともいう。冒険者はチャレンジ精神を忘れてはいけないのだ。


「おはよう、みのりん、ご注文は?」


 ボクがテーブルに着いているとウェイトレスさんが聞いてくる、いつもの事だ。


 いつもは目が泳ぎながら『み……ず』と答えて、ウェイトレスさんが『はいはーい』と水を持ってくるパターンなのだが今朝は違うぞ。

 いや、目は泳いでいるんだけど。


 ボクはお財布の中を見る、数枚のゴールドが光り輝いている。

 そうなのだ、この前の稼ぎでサンドイッチを注文するという暴挙に出ようと思っているのだ。


 まずは四枚のゴールド硬貨をテーブルの上に置く。何故置いたかというと、手渡しだとボクの指がゴールドから離れない為だ。


「サン……ド……ッチ」


 やった、やってしまった。しでかしてしまった。ついにサンドイッチを注文してしまったのだ。

 富豪の称号を与えられる四ゴールドを一気に消費したのだ。これを大冒険と言わずして何といえよう。


『カラーン』


 これはウェイトレスさんがお盆を落とした音である。


「みのりんがサンドイッチを……」


 彼女は目を見開いている。まてまてそこまで驚かなくてもいいでしょう、ちょっと傷つきましたよ。


 そもそもサンドイッチくらいで驚かないでもらいたいものだ、そりゃ、サンドイッチを頼むのに清水の舞台から飛び降りる覚悟だったけど。


 思い出して欲しい、ボクはこの前〝のっぱらモーモーステーキ〟を、二十ゴールドもふっ飛ばして注文しているのである。

 あの時はもしかしたら逮捕されやしないかとひやひやしたものだ。


 だがボクも思い出した。


 そういえばあの時もウェイトレスさんがお盆を落としたんだった。落としたお盆を拾って、また落として拾って落としてを、五回くらい繰り返したのだった。


 とても失礼な反応をされていたのだけど、のっぱらモーモーステーキを注文するという使命にテンションが上がっていたボクは、気にもならなかった。


「サンドイッチですね、わかりました……また緊急会議を開かなきゃ」


 おい、今最後にチラっと何と言いました。またってなんですか。会議? 意味がわかりません。


 厨房に走っていく彼女の後姿に涙目でつっこみを入れる。



「おまたせしました、サンデッヒでふ」


 ウェイトレスさんがテーブルの上にサンドイッチのお皿を置く。


 それは三つのサンドイッチ、〝のっぱらモーモー〟のチーズや〝やんばるトントン〟のハム、ソーセージ、野菜が挟まった素晴らしい芸術品だ。


 これを今からこのボクが始末しようというのだ、冒険者としては当然の戦いだ。

 でもその前にひとつ、つっこみを入れさせてもらいましょうか。


 ウェイトレスさん、舌噛んだでしょ。


 ふふふボクだって噛みますよ、このサンドイッチをね!


 たいして上手くもない洒落を思いつきながらサンドイッチを頬張り、ボクはサンドイッチの世界に旅立って行く。


 次回 「タンポポの頼み事とは」


 みのりん、仕事の依頼を受ける

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