その3 お肉の仕入れに出発します
「あの……私そろそろ登場してもいいかな……」
サムライが『はっはっはっは』と笑いながら退場した後で、一人の女の子がボクたちに話しかけてきた。
先ほどからチラチラと目の端に入り込んで気にはなっていた女の子だ、常に範囲内に危険が無いか索敵しているボクの女の子センサーを、舐めてもらっては困るのだ。
彼女はこちらの様子を窺い、どうしようか出て行こうかこのまま帰ろうか、といった雰囲気で少し離れた所で立っていたのである。
「ああ、ごめんごめん。紹介するよ、この子は私の幼馴染でお肉屋さんとこの子だよ」
「はじめまして、アルクルミと言います」
カレンの紹介で彼女がペコリとお辞儀をした時、赤い髪のポニーテールが揺れた。
この髪には見覚えがあるような気がするけど思い出せない。
「みのりん……です」
彼女の胸を見ながらボクもペコリと挨拶をする。
この胸の感じは……カレンと同じ十六歳かな。
ミニスカート姿で動き易そうな服装にまとめた、町のお嬢さんといった感じの女の子だ。
一部違和感があるものの、とてもまともそうな子だった。
お肉屋さんってボクとカレンがいつもお肉を売りに行くお店だよね、こんな可愛い娘さんがいたとは全然知らなかった。
ポケーっとその少女、アルクルミを見ているとカレンが何かを取り出して近づいてくる。
「そうそう、みのりんはいこれ」
ボクに渡してきたのはカレンに修繕を頼んだウサギの人形だ。
「彼女に直してもらったんだよ、アルはこういうの得意だからね」
ウサギの人形の目は完璧に直っている、こういう事ができる女の子ってやっぱり凄い。
「あり……がと……」
「どういたしまして、随分大切にしてるっぽかったから気合入っちゃった、えへへ」
小さくお礼を言うと、アルクルミは真っ赤になりながら笑う。
この町で初めてまともな普通の人に出会った気分だ。なんだ、普通の人もいるんじゃないか。
「どしたの? みのりん」
あ、いえ、カレンがまともじゃないという意味ではありませんから、カレンはボクのエンジェルですから。
「でね、今回は私たちで彼女のお肉の仕入れを手伝おうと思うんだけど、どうかなみのりん」
そもそもいつもお肉の仕入れなので、何も変わっていない気もするんだけど。
「うんいいよ……」
そう答えながら、アルクルミの先ほどの違和感の元を注視した。
なにしろ彼女は、女の子な雰囲気にはそぐわないでっかい包丁を腰にぶら下げていたのだ。
これ肉切り包丁っていうんだよね、なるほど討伐にいくからこの装備か。
さっきまで鍛冶屋さんがでっかいトンカチを持ってるように、お肉屋さんだから常備ぶら下げてるんだと思ってた。
こいつでモンスター相手に戦うシーンを想像すると、それはそれでカッコイイかも知れない。
少なくともボクの木の棒よりは全然絵になるのだ。
「ありがとう皆さん、カレンも。とっても助かります」
「今回はタンポ男君もいるし、いい討伐になりそうだね」
笑うカレンを見て、先ほどから青くなって直立不動のままのタンポポのところに行く。
「すっかり討伐に参加する事になってますけど、大丈夫ですかタンポ男君?」
「お供させて頂きます」
目が完全に泳いでいる。
いつもならあわよくばとカレンの後ろに忍び寄っているタンポポも、このオジサンの姿の時はトラウマからカレンに従順になっているようだ。
心では拒絶しても身体は正直といった所か。
パーティ結成の儀式であるパーティセレモニーも、周りの暇人にやんややんやの喝采を浴びながら済ませ、草原を進んでいよいよ森の中に侵入した。
草原ののっぱらモーモーは集団で危ないので、今回はやんばるトントンを狙おうというのだ。
もういい加減やんばるトントンばかりで飽きてしまっているのだけど、この前見かけたあの出番が無かった寂しそうな目を見てしまうと、相手をしてあげたい気持ちにもなる。
それに美味しいしね。
「アルクル……冒険者?」
ボクはアルクルミの胸を見ながら尋ねてみた。
女の子に積極的に話しかけるなんて、なんという成長だろうか、顔はまだ見れないけども。
「ううん、私は単なる町の娘よ。冒険者でも何でもないのに、たまにこうやってお店のお肉の仕入れに行かされるのよ。うちのお父さん無茶苦茶でしょ」
お父さんって、いつもカレンとお肉の値付けバトルしてるあのオジサンだよね。
モンスターを倒して、お肉の仕入れを普通の女の子がやらされるなんて――
目の前にやんばるトントンがいた。
会話の途中で食い気味に登場したやんばるトントン。
ドヤ顔でボク達が歩いていた道の真正面に立ってますが、もう少し登場まで待てなかったのですか。空気の読める子だと思ってたのに、会話の邪魔しちゃだめですよ。
『ぶき……』
あーあ、鼻息でボクを吹き飛ばす間もなく、即座に反応したカレンに一瞬で屠られてます。
カレンの流れるような動きが残像として目に残ってるよ。
でも何故かトントンが満足そうなのは気のせいだろうか。
倒したモンスターをお肉に解体しだすカレンは上機嫌だ。
「よし、さっそくお肉ゲット! 今日は早かったね、森に入った途端だよ」
「凄い、あっという間だったわねカレン」
アルクルミがびっくりしたように見つめていた。
なんにせよ、今日は早く帰れそうなのでなによりである。
そう毎回毎回、討伐行ってドタバタ劇なんかやってられないのだ、お腹減るし。
しかし甘かった。
今日はここまで平穏だったのも、嵐の前の静けさみたいなものだったのだろうか。
事件が起きたのはその時である。
次回 「討伐中に起きた大事件」
みのりん、えらい騒動に巻き込まれる




