その1 鳥になって犬になった!
「ちょっと細すぎやしませんか、全然似合ってないんですけど」
目の前に立っているドヤ顔のオジサンに向かってボクはそう言った。
ここはギルド裏の路地にあるダンボールハウス。目の前のオジサンはこのハウスの主人であるタンポポだ。
タンポポがボクに新装備を披露しているシーンである。
その新装備とはやたらと細い下衣だった。
なんと言うか、お腹の出たオジサンが穿くには細すぎるズボンなのだ。
足にぴっちり張り付いている感じ、おまけに色も白ときている。裾も短いのか踝が出てしまっているし、上がジャケットなので上が太く下がやたら細くて不釣合いな気がする。
表現すると鳥だ。今目の前に鳥がいるのだ。
「ちょっとポッポーとか、コケコッコーとか言ってもらえませんか」
「何を言っているのかな 失礼な気配を感じるんだよ」
まあ、ボクはファッションの事なんか全然わからないし、天下の女子高生が選んだんだからこれが最先端なのかも知れない。
鳥を連想してローストチキンを思い出しお腹が空いてしまった。もうそろそろお昼か、と黙ったボクを見て無言の圧力だと感じたのかタンポポが言い訳を始めた。
「仕方が無いんだもん、他にはオッサン臭いスラックスしか無かったんだもん、二十ゴールドで買えるのこれだけだったんだもん」
この人、いきなり稼いだ二十ゴールド全額投入しやがった。
「これでもオッサンスラックスより全然ましだもん。オッサンからの脱却を目指してるんだからオッサンらしいの穿いちゃ意味がないんだもん。まあ、これレディースのスキニーパンツだけどさ」
ボクはタンポポに飛び掛った。
「ちょ、待って! 何で脱がそうとするかな。やめて! 脱がすのやめて!」
「ちょーだいちょーだい! それ下さい! ボクにその女性用を渡して貰おう! さあ、さっさとよこすのです! ほらほら怖くないですよ」
少女がオッサンを襲う図である。カツアゲである。カツ揚げ……
『ぐう』
お腹が鳴った。
「おやおや、喧嘩はいかんぞ。二匹とも仲良くな」
突然後ろから声をかけられて振り返ると、ダンボールハウスの扉のカーテンを開けたギルド食堂のコックのシゲさんがいた。
いつもボクやタンポポにご飯を恵んでくれる、聖人みたいな初老のオジサンだ。
犬好きで、とても世話好きのオジサンである。
ん、ちょっと待ってください。この人今、二匹って言いませんでしたか。
あはは、気のせいですよね。
「よしよし、クロ。今ご飯をあげるからな」
シゲさんはタンポポの頭を撫でながらダンボールハウスの床に、トンカツとパンが乗ったお皿を置いた。
トンカツだー! 思わずお皿の上の夢のような物体に目が釘付けになるが、聞き逃しそうになった単語にふと疑問が生じる。
あれ、シゲさん今、タンポポの事をクロって言いませんでしたか。クロって呼ばれてるよこの人。
何やってんですか全く情けない……大喜びでシゲさんの出した手に手を乗せるタンポポをジト目で見る。
「よしお食べ」
幸せ絶頂な笑顔で、トンカツを食べだすタンポポ。
ダメだこの人、トンカツで頭が一杯で自分が何をしているのか理解していない様子だよ。
とりあえず、セーラー服の女子高生の姿じゃなかっただけマシというものだ、中身のタンポポだったら色々とアウトすぎる。
それにしてもクロって呼ばれていたとは……
タンポポとちょっと距離を置きたくなってきた。ボクまで仲間だと思われたら一大事である。
「よしよし、アオも遊びに来てたのか。待ってろ、アオの分のご飯もこっちに持ってきてやるからな」
ボクはアオだった――!
とっくに一大事だったのだ。
はにゃ~ん、頭を撫でられて幸せになるが、やはりこの事態は放ってはおけない。
シゲさんの中ではクロとアオなんですか。シゲさんに嬉しそうにお手をしていた先ほどのタンポポを思い出す。
これはまずい……ここから一刻も早く脱出しなければ……ボクの人としての尊厳が危ないのだ。早く、早く逃げなければ。
「さあ、アオの分も持ってきたよ」
ご飯、待ってました!
シゲさんにイイコイイコされながら、何もかも忘れたボクは速攻で食事を開始。
トンカツは外側がサクサク揚がっていて中はとてもジューシーだ。
ベリーナイスだ。デリシャスだ。
「おーシロもいたのか、そうかそうかお前の分も持ってきてやるからな」
ダンボールハウスから出て行ったシゲさんの声に食事を止めた。
他にもシロって人がいたのか、開けっ放しだったカーテンから外を覗いてみる。
犬だった。
「シロお手、おかわり、伏せ」
白い犬は全て完璧にこなしている。
「よしよし、シロは賢いな、アオはまだこれを覚えてなくてなあ」
ドヤ顔のシロがボクを見た。
羨ましくないわ!
アオ、じゃなかった、ボクがそれをまだ覚えていないという事は、シゲさんの前でそれらの芸をしていないという事になる。
よかった――ボクの人としての尊厳はまだ守られていたのだ。
ご飯を見たら即かぶり付く、ボクのこの野生の行動がボクの人間性を守っていたとは皮肉な話である。
タンポポはもうダメだ、クロとして立派に生きて行って欲しい。
「おーよしよし、シロはかしこいから芸がよくできたご褒美にソーセージを付けてあげようね」
な・ん・だ・と! ソーセージだと!
ボクは芸を覚えるべきか覚えないべきか、心の中で必死に戦った。
シロめ! 羨ましくなんかないんだからね!
次回 「遭遇、カレンとタンポポオジサン」
みのりん、とうとう出会ってしまった二人におろおろする




