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その1 ボクの机の下でオジサンが幸福になった


「取れかけてるね可哀想」

『ぐう』


「このままじゃまずいよね、直してもらった方がいいよねえ」

『ぐう』


「お嬢さんココいいかい」


 突然声を掛けられて慌ててお人形を仕舞った。

 ここはいつもの冒険者ギルドの食堂だ。


 お人形で遊んでいたわけじゃないぞ、ウサギの目が取れかけていたので誰かに直してもらおうかと思案していたのだ。


 さすがにこんな真昼間からお人形では遊ばない、夜だけだ……よ、夜もちょっとだけだよ、ほんの二時間くらい。星々の長い営みに比べれば、二時間なんてほんの一瞬なのだ。


 声を掛けてきたのはオジサン冒険者、周りを見るとそろそろお昼時らしく冒険者が昼食に集まっていた。


 そうかもうお昼なんだ、どおりでお腹が空いてきたわけである。

 なんだ、さっきから『ぐう』『ぐう』鳴ってたのは、ウサギの人形が返事をしてたんじゃなかったのか。


 オジサンは座る場所が無くなったので、食堂の端にあるこのテーブル〝みのりんハウス〟を使わせて欲しいという事らしい。


 そろそろ邪魔だと、ボクがギルド食堂から摘み出される頃合だがまだ粘るぞ、もうすぐカレンが来るからだ。今日はここで待ち合わせなのだ。


「はい、いいですよ」


 ボクが了承したので、座ろうとしてテーブルの下に荷物を落としてしまったそのオジサン冒険者は、それを拾おうと机の下に潜り込んだ。


 ……どうしよう、オジサンがなかなか机の下から出て来ない……


 もしかして……オジサン死んだ? 落ちたモノを拾おうとして肩をビキッってやるのはよくある事なのだ。

 ビキってやったらもう最悪、しばらくは固まったまま動けない。オジサンの一大事だ


 助けてあげなきゃ!

 と思っていたら、それはそれは満面の笑みでオジサンは机の下から出てきた。


「おじさん幸せになっちゃったから、幸せをくれたお嬢さんにお礼をするよ」


 意味不明な事を言い出したオジサンは、ウェイトレスさんを呼んで〝のっぱらモーモー〟のステーキを二皿注文。


「はいはーい」


 と注文を受けて去っていくウェイトレスさんの声を聞きながら、ボクは愕然となっていた。


 な・ん・だ・と! のっぱらモーモーステーキだと! この食堂で二十ゴールドもする最高級品じゃないか!

 あれは王族か貴族が食するものだったはずだ! このオジサンもしかして王様なのか!?


 ガタン!


 思わずボクは机を叩いて立ち上がってしまった、勢いをつけすぎて足が十センチ程浮き上がったくらいだ。


「ボクに奢ってくれるって本当ですか! 一人で二皿食べるという悪質なオチじゃないですよね? そんなオチはボクも神様だって許しませんよ! い、いいんですか!? のっぱらモーモーステーキですよ? 宮殿を差し上げましょうと言うくらいとてつもない行為ですよ?」


 突然の目の前の少女の気迫にオジサンは『お、おう。あんたに奢るよ』とちょっと身体を引いている。


 身体を引くだと、さては逃げる気か。


「逃がしませんよ、あなたはさっき言いましたからね。奢ると言いましたからね、ええ聞きましたよこの耳で聞きました。なんなら誓約書を書かせますよ、ペンどこだっけ、あ、タンポポが持ってったままだ。ああ、のっぱらモーモーステーキ、それをボクが食べる日が来るなんて! 夢か! これは夢か!」


 ほっぺたをつねってみたけど、めちゃくちゃ痛い。夢じゃない、なんてこった現実だ。男の娘種族に転生する以上のイレギュラーが起こってしまった。


 ボクは一気に有頂天。思わず机に手を置いたままピョンピョンしてしまった。

 天にも昇る気持ちって正にこの事を指しているのだろう、のっぱらモーモーステーキは人を幸せにするのだ。


 ミニスカートでピョンピョンするボクを見て、周りのオジサンたちも幸せそうだ。

 なんだかわからないけど幸せのおすそ分けである。きっと可愛かったんだろうな。


 それにしてもボクを一気に幸せMAXにしてくれた、このオジサンを幸せにしたものって一体全体なんだろうか。


 宮殿並みの幸せの謎の正体を探るべく、ボクも机の下を覗いてみる。みのりん調査団だ。


 机の下には昼は邪魔なので折り畳まれたダンボール箱と、枕やタオルケットその他が隅に寄せられているだけで特に何も異常は無い。


 そこに幸せを見つけられなかったボクは不思議に思いながら座り直した。ボクには見えない特別なものなのだろうか。


 ボクが座り直したのを確認すると、オジサンは荷物を持ち何故かそれを床に落とす。


「おっといけない、オジサンの手がまた滑っちゃった。これは時間をかけてでも拾わなきゃいけないね」


 彼はそう言いながら机の下に潜り、暫らくして幸せそうな顔をして立ち上がった。


 その後ろにカレンがいた――


 カレンがテーブルの下を覗きこむ。

 覗き終えたカレンは立ち上がると笑顔でこう言った。


「みのりんちょっと待っててね、このおじさんを川に捨ててくるから」


 ちょうどその時に二皿のステーキが運ばれてきたのである。

 まさに九死に一生である。


 オジサンはウェイトレスさんにお金を支払いステーキの一皿をボク、もう一皿をカレンに差し出すと、ボクとカレンに丁寧にお辞儀をして去って行った。


「全く、一瞬の隙を突いて逃げられちゃったよ」


 二十秒くらいありましたけど。


 尤も、ボクもカレンもモーモーステーキを凝視していたから正確な時間はわからない。

 カレンとボクはテーブルに向かい合って座り、思いがけずに得た豪華な昼食を取る事にした。


 ああ、あのオジサンにちゃんとお礼を言うのを忘れていました、ごめんなさい、そしていただきます。


 さあ、今からこの巨大な幸せというブツに挑むのだ。


 次回 「美味しいステーキモンスター!」


 みのりん、カレンの新しい提案に大興奮

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