その1 ボクと気が合う同郷のオバケ
「う、うーん」
なんとなく誰かの気配がして目が覚めた。
目の前にセーラー服があった。
「こ、こんばんは、いい晩だね~」
「今後ろに隠したものを出してもらいましょうかタンポポ」
ボクはタンポポからペンを取り上げると説教を開始、時計を見ると夜中の三時だ。
「もうラクガキしないって約束したじゃないですか、それに何時だと思ってるんですか。昨日は疲れて夕方に寝てしまったからまだいいですけど」
ボクはそう言うと、夕方に寝てしまった事を思い出してお腹を『ぐう』と鳴らした。
晩ご飯を食べていないので当たり前だ。
テーブルの上を見ると端に置いてあるお皿にソーセージが二本乗っているのは、昨夜ボクが寝ているこのテーブルを使った冒険者がいると言う事か。
熟睡していて気がつかなかったそのみかじめ料を、一本手に取ると口に入れた。うまー。
ソーセージを咥えているボクを、指を咥えて見ているタンポポに気が付き、お皿をそっと彼女の方に動かしてやる。
タンポポはお皿を自分の方に寄せようとして――お皿が動かない。
ボクの手がお皿から離れない。
暫くの間、無言でお皿の引っ張り合いをした後で、言い訳を始めたタンポポ。
「だって仕方が無いんだもん、夜は暇なんだもん、それに前向きに善処しますって言っただけで約束なんかしてないもん」
「暇だからと言ってボクの顔で遊ぶのはやめてもらいましょう」
まるで政治家みたいな事を言い出したタンポポに、さすがのボクも怒るというものだ。ホトケのみのりんの顔も三度まで、ラクガキされたのは三度どころの話じゃないけどね。
「金輪際ラクガキはしないと誓約書を書かせますよ、幸いペンもあるんだし」
そう宣言するボクを、ソーセージを食べ終えたタンポポがじっと見る。
「じゃ、あいつの家を教えてよ。夜中に部屋に忍び込んで顔にうんこを描いてやるんだから」
「ウ、ウウ……カレンにそんな事をするくらいならボクのおでこに描いてくだひゃい」
ボクは涙目で敗北宣言をした、完敗である。
「あとこれね」
そう言ってタンポポが差し出してきたのはピーナツだ。
これを鼻に入れろという事か――!
タンポポは寝ているボクの鼻にピーナツを詰めて遊んだ事があるけど、あれをカレンにやられてはたまらない。
カレンを守るためだ仕方無い、いつも守られているボクだ、自分を犠牲にしてでも彼女を守り返してみせる。
「カ、カレンを守るボクの決意は固いんですから、ピーナツの一つくらいどんとこいです」
「まだまだあるからね~」
タンポポはコロコロとピーナツを机の上に転がした。それを見てボクは半泣きになる。
「じ、十個は無理です……入りません。せめて二個、いえ三個は頑張ってみせますから許してくだひゃい」
「あれ? お腹いっぱい? これ先日のお礼なんだけど。めちゃくちゃ助けてもらったからさ、こんなのしか無くて悪いんだけど」
机の上のピーナツを見ながら思い出す。
この前ボクはタンポポと出会い、色々あってカレンとタンポポとボクで大冒険をした。
今となってはいい思い出だが、あの時は本当に死を覚悟した戦闘だったのだ。
その時のお礼だというこのピーナツを受け取る事は、さすがのボクでも無理と言うものだ。涎を流す勢いで食い入るように見つめていたピーナツから、無理矢理目を離す。
断腸の思いである。
「お気持ちだけで結構です。さすがにこれは受け取れませんよ、あなたの生命線じゃないですか。いくらなんでも死に掛けている犬を蹴るような鬼畜な真似は、ボクにはできませんよ。ボクは悪魔じゃないんですから」
「あんまり失礼な事を言わないでくれるかな。わ、私だって今ではゴールド持ちなんだもん。あなたに一ゴールドを返しても、まだ一ゴールドものお宝がポケットの中で眠ってるんだもん」
先日の討伐で、息を吹き返したモンスターから逃亡する際にカレンが取ってきたお肉は、予め解体がスムーズに終っていた事もあって、いつもより多目の部位を奪取する事ができた為に、お肉屋さんで一人二ゴールドにもなった。
タンポポが立て替えられた自分の装備の返却費用をボクに返しても、彼女のポケットに一ゴールド残ったのだ。
因みにお陰でボクのお財布には四ゴールド、富豪である。
「ポケットの中にゴールドが眠っていると思うと、こんなにも心に余裕が出るもんなんだね、びっくりしちゃったよ。〝一切れのパン〟て外国のお話があったけど正にあれだね。これがあれば私は前に進んでいけるって、ポケットをパンパン叩いちゃう」
「ビスケットじゃないから叩いても増えませんよ」
笑いながらタンポポを見つめる。異世界でセーラー服を着ている違和感丸出しの少女は、転生したオジサンの中身で夜な夜な現われるオバケ。
転生する前は日本の普通の女子高生だった彼女に親近感が沸くのも、思考がボクと似ているのも、やはり同じ国の出身だからなのだ。
「二ゴールドを手にした時は身体が震えたもん、私富豪になっちゃったんじゃないかって」
「富豪とはまた大きく出ましたね、四ゴールドはいかないと富豪にはなれませんよ。なんせ四ゴールドもあったらこの食堂でサンドイッチが食べられるのです」
「ひええ、まだまだかな私は」
「頑張りましょう、富豪への道は厳しいのです」
「ザコ転生者からゴールド持ちの上位転生者にクラスチェンジしたとはいえ、それで満足していちゃダメだって事かな。四ゴールドなんて考えただけで気絶しそうだもん、けど私も頑張るよ」
「わかります、ボクも自分のお財布の中の四ゴールドを見て、一回気絶しましたから」
本当に似ている。やはりタンポポとは同郷で通じあっているのだ。同郷じゃなかったらこうはいかない。
「今日さ、町に行きたいから付き合って欲しいかな。町にどんなファッションがあるか偵察したいんだ、だって初期装備のスラックスとかオッサンくさいんだもん。オシャレしてコーディネートすれば、あのオッサンでも何とかカッコよくできるかもしれないし。不可能に挑戦してみたいんだもん」
自分をあのオッサン呼ばわりですか。
でもいいでしょう、今日はカレンがバイトだし、同郷のよしみで付き合いますよ、オッサンに付き合いましょうか。
「ありがとう、約束だからね。あと、さっきの約束も」
そう言うとタンポポは、ボクが取り上げて机の上に置いていたペンを持つ。
さっきのあれまだ覚えてのか、カレンを守る為だ、おでこにうんこを描かれても泣かないぞ。
目尻に涙を浮かべてギュッと目を閉じたボクの額にペンを走らせると、タンポポは『それじゃ』と壁をすり抜けて消えた。
ペンの動きは恐れていたものとは違っていた気がする、なんだか歪な円を一つ描いたような。
まあいいや、眠いので確認は朝にしよう。
次回 「転生者お迎えクエストをゲットした」
みのりん、冒険者のオジサンたちと競争をする




