その11 死闘 激闘 なんですとう
タンポポがモンスターに突撃をかました!
一拍遅れたものの、ボクとカレンも同時に走り出す。狙いはモンスターの足!
タンポポの先制攻撃の直後にボクとカレンがモンスターの両足にタックル、二人とも吹き飛ばされた瞬間――よろめいた相手にタンポポがトドメをさす――!
タンポポならやれる! やってくれるはず!
ボクは期待の篭った目で、タンポポの短剣の一撃がモンスターの額に突き刺さるのを見た!
仕留めた――!
そして大口を開けたモンスターに、腰から飲み込まれるタンポポを見た……
ばたばたと暴れ、なんとかモンスターの口から逃れようとする姿。
最後に見たタンポポは、ボクに向かって手を伸ばしている恐怖に歪んだ泣き顔。やがてその顔も伸ばした手もモンスターの口の中に消えていった。
その場に呆然と立ち竦むボクの手から抜け落ちた木の棒が、カランという乾いた音で地面に転がった。
カレンもその場にへたり込んで、放心状態のようにモンスターを見つめている。
音がしない……何の音も聞こえない……ただ音を消したみたいな映像が目の前にあるだけだ……
大き……すぎたんだ……タンポポのLvでは対応できなかったんだ。
「あ……うそだ……」
そう呟いたカレンの大きく見開かれた瞳から、ボロボロと涙がこぼれてくる。
逃げなきゃ、このままでは全滅だ。
カレンの涙を見て我に返ったボクが今すべき最善の行動は何か、地面に張り付いたように動かない足を繰り出して、カレンの所に走り彼女を引っ張る。
だが放心しているカレンはぐにゃぐにゃした人形のよう。
「タンポポちゃん……タンポポちゃんが……」
モンスターがこちらに目を向けた、新しい獲物を求めているのだ。
「カレン! お願い動いて! カレン!」
名前を叫ばれて反応したのか、カレンはゆっくりとボクの方を向いた。ボクを見つめる彼女の涙に濡れた黒い瞳に、吸い込まれるようにボクも見つめ返す。
やがて、カレンの澄んだ瞳のその奥に何かを決意したような光が灯った。
ロングソードを杖に立ち上がるとその剣を構えるカレン。
まっすぐと、まっすぐとモンスターを見つめている。
ボクが見上げたその光景、太陽の逆光の中に立つ凛としたカレンの姿。
彼女はまっすぐとモンスターを視界に捉えながら口を開く。
「みのりんは逃げて、私が時間を稼ぐ」
「何言って」
「せめてあなただけは逃げて。私だって冒険者の端くれだからね、戦って潰えるのには悔いは無い。これは私を冒険者に育ててくれた人の請け売りだけどね、私もその心情で生きてる」
モンスターを見つめるその瞳の純粋な光に、ボクはもうカレンに逃げてとは言わない。その代わりボクも戦う、これでもボクだって冒険者の端くれなんだよ。
隣に並んだボクを見てカレンは驚いたような顔をしたが、やがて小さく頷いた。相棒はわかってくれたのだ。
「精霊達よ願わくば最期の願いを聞いて欲しい、少しでいい、少しでいいから力を貸してね」
カレンの剣に小さな光が宿る。それは小さな光だが、分散しても近くにいた精霊が応えてくれたのだろう。
「敵を討てるかわからないけどせめて一撃くらいは返してあげるね。いくよみのりん」
「うん」
ボク達は一斉に動き出す!
「スパイクトルネード!」
カレンの今日二度目の必殺剣がモンスターの肩に食い込む。
入った!
しかし刃はそこで止まり、剣が飛ばされ腰から咥えられるカレン。
そしてタンポポにやった時と同じようにそのまま彼女を飲み込もうとした。
カレンの顔が恐怖で歪み、自分を咥えている口を外そうと暴れるがビクともしない。
やがて彼女の瞳が絶望に支配された時。
ボクがモンスターの目に、落ちていたタンポポの短剣を叩きつけた!
「ブゴオオオオオオ」
激しく振り回したモンスターの頭部に当てられ大きく跳ね飛ばされると、カレンも投げ飛ばされてボクの近くに落ちてきた。
やっぱりだめだったか……
瀕死のボクはぐったりしたカレンを引きずって必死に後退していく。
だがもう力が無い、彼女を近くの岩まで引っぱっていく事すらもうできない。
ついさっきまでその岩で、みんなでクッキーを食べていたのに……あっという間にこの惨状になってしまった。
モンスターはゆっくりとこちらを向き、ボクは動くのをやめた。
そのままカレンの頭を抱きかかえ彼女の顔をじっと見つめる。
カレンは重症なのか意識が無いけど、もうこのままでいいだろうと思う。
ボクたちにはもう戦う力も逃げる力も残っていない、気絶したままの方が恐怖を味あわなくてすむんだ。
回復薬が入ったポーチはどこかに吹き飛んでしまっていた。
思えばこうやってじっくりとカレンの顔を眺めた事は無かったな、本当に綺麗な子だ。
もう黒い瞳が見られないのも笑顔を見られないのも残念だけど、最後に一緒にいられるのが嬉しい。
願わくばモンスターがボクで満足してくれて、カレンには手を出さずに立ち去って欲しい。
モンスターが駆け出した。
こちらに向かって、全力で襲い掛かってくる……一緒に生きていられるのはあと何秒か……
大地より火炎来たれり――
天より火炎来たれり――
ボクはふとあの魔法使いの呪文を思い出す。
ミーシアならこのモンスターを倒してくれただろうか。
多分ミーシアならこのモンスターどころか、この森ごと木ごと、彼女の前に立ち塞がる全てのモノを吹き飛ばし灰燼に帰してくれただろう。
そして黒煙の中で焦げた身体で高らかに笑うのだ。
幻想的なシーンの中で高らかに笑うのだ。
だがミーシアはここにはいない。
ピンクめいた髪のミーシアの姿を思い出す、また皆で笑いながらジュースを飲みたかった……
また皆で話をしたかった……ああ、女子会楽しかったな……
さよならも言えずにお別れになってごめんね、ミーシア。
目前に迫ったモンスターの巨体――
は、そのままボクたちの横をすり抜け後ろの岩に盛大に激突、そのままドオオンと横倒しになった。
何が起きたのかがわからない……起きた光景を信じられずに倒れたモンスターを見つめていると。
「よっこいへっと」
田舎のお婆ちゃんが言うみたいな掛け声と共にモンスターが起き、いや起きたのはセーラー服の女の子。
「な、なんとか勝ったよ。やっと意識を支配することができたよ。ふへー、ホント危なかったんだもん」
そう言って腰をポンポン叩きながらこちらに歩いてくる少女を見つめ、ボクはポカーンである。
先ほどまで完全に死を意識していたのだ。
ポーチを探して拾ってきて回復薬をボクとカレンの口の中に放り込むと、ふと湧いた疑問を女子高生にぶつけてみた。
「ちょっとお聞きしますけど、どの辺りで精神を支配できたのですか?」
「あなたが短剣をグサーってやって、モンスターが痛みで大暴れした後くらいかな。あれで形勢が逆転したよ」
良かった、カレンを食べようとした辺りだったら空手チョップをお見舞いしていたところだ。
「ん……」
カレンが気がついた。回復薬のお陰で怪我も治ってるみたいで良かった。
起き上がった彼女は、目の前にいるタンポポを見て『おはよー』とか呑気に挨拶していたが、すぐに思い出したようでタンポポに抱きついてわんわん泣いた。
抱きつかれたタンポポは最初は『ガルル』と咆えていたが、やがて助けてとボクに目で合図を送る。
だから道端のアリに助けを求めるのはやめてください。ボクがカレンの身体を触って引き離したら、カクン必死なんですから。
でもそのまま泣かせてあげなよと思う。今回はボクが泣かせたんじゃないんだし、なんかいいシーンだなともう少し見ていたい気分なのだ。
「ぐずぐずしているとアイツそろそろ起きると思うんだもん」
タンポポの声に倒れたモンスターを見ると、ゆっくりと起き上がろうとしているじゃないか。
「倒したんじゃないの!?」
「わざと気絶させて飛び出てきただけだもん、あんなやつの中にいつまでもいたくなかったし! 臭いんだよ? 鼻が一回転するかと思ったもん」
あわてて『木の棒』を回収、二人の会話の内容を理解していないカレンも解体途中だったお肉を引っつかむと。
「逃げるよ!」
三人は全力で逃げに逃げた。
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「ふーん、そんな事があったんだー。危なかったわねえ」
今ボクはオープンカフェでお茶をしている。
飲んでいるのはこの前飲もうと心に誓ったハイビスカスアイスティー。
今日はここで待ち合わせ、もうすぐカレンも来るだろう。
目の前のピンクめいた髪がそよ風になびいている。
声の主がトロピカルジュースをちゅーっと飲むと再び口を開いた。
「ま、そこに私がいたら何もかも吹き飛ばしてあげたけどね」
そう言って笑うミーシアを見ながらボクは思うんだ。
『あそこにミーシアがいなくて良かった』と。
いたらタンポポごと吹き飛ばしていただろうから。
第7話を読んで頂いてありがとうございました。
投稿前の短編でも書きましたが、ここまでが最初の十日間くらいで一気に書き上げた分になります。
もちろん、主に会話部分の細かい改稿はしています。
14万文字あるので、章だと一章分、本だと一冊分になるのでしょうか。
普通に考えると10万文字を超えて区切りがいいのでこのまま終わり、となったのかも知れませんがまだ終りません。
ようやくエンジンが暖まってきました。
これからも楽しんで頂けると嬉しいです。
次回 第8話 「転生者の後輩ができました」
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本当に励みになっています。




