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その5 ボク、先輩転生者のオジサンに出会う


 夜が明けて次の日だ。


 昨夜タンポポの本体と会う約束をしてボクは寝た。


「それじゃ」


 と言って帰って行ったタンポポは、壁をすり抜けて出て行ったのだった。普通に触れるのにである。

 さすがオバケだ、ちょっと感動してしまった。


 起きて洗面所に飛んでいくと、今朝は顔に何のラクガキもされていなかった!


 ようやくボクは今日を最後に自分自身の顔にキョドらなくて済むんだ、明日から自分の顔を見なくて済むと思うとウキウキしてくる。


 タンポポの家は冒険者ギルドの裏手、厨房の隣らしい。

 冒険者ギルドは町の中心にあり、中心部に居を構えているとはボクと同じエリートではないか。


 おうち訪問の為に冒険者ギルドの裏手に回る、そこには路地があって来るのは初めてだった。

 この路地に面したどこかの家がタンポポの住宅だと言う事か。


 ちょっと嫉妬してきた、同じエリートであるボクなんかテーブルの下のダンボール箱だというのに!


 目の前に大きなダンボール箱が置いてあった、そうそうこんな材質。

 しかし路地に置いてあるダンボールはかなり邪魔だ、通行するのにやっとじゃないか。人が立って入れるくらいの大きさがあるのだ。


 と思っていたら、中からオジサンが顔を出した。

 ダンボールハウスだった。


 オジサンが『いらしゃい』と言う。

 招待されるつもりはないので丁重に断わったら。


「昨日の夜約束したはずなんだもん」


 と言われて相手が誰かようやくわかった。


 もしボクが察しのいい人間なら〝冒険者ギルドの裏〟あたりでハハーンと展開に気がついていたはずだ。

 先ほど感じた嫉妬が、一瞬にして哀れみになったのは言うまでも無い。


 招かれてダンボールハウスの中に入る。

 中はボクのダンボール箱に比べれば天国のように広い、でも何もない。 


 ボクの箱は狭いけど、中には木の棒と枕とタオルケットとお人形達があるもんね~と、どうでもいい対抗心を燃やしてしまった。

 これは中心部に住むエリート同士の牽制なのである。


 招き入れてくれたオジサン(タンポポ)は、ボロい布切れの真ん中に穴を開けてポンチョのように着ていて、足に巻いたダンボールが靴らしかった。

 そして……


 もう服装を詳しく見るのはやめにしようか……

 悲しくて正視できないのだ。カレンから貰ったハンカチを取り出して涙を拭かずにはいられない。


 顔はどこにでもいる普通のオジサン、体型もどこにでもいるお腹の出た普通のオジサン、髪型も普通。普通を絵に描いたような普通。むしろ普通すぎて絵に描けないかも知れない。

 中小企業の課長でもやってそうな風貌だ。



「何のおかまいもできませんが」


 と身体の後ろにあった小さな箱からピーナツの袋を出してきてボクの前に置いた。

 そんな所に箱があったのか見えなかったぞ。


 さすがのボクもこのピーナツには手が出せない、タンポポの全財産なのかも知れないからだ。


「今までどうやって生きて……ウ」


 問いかけて泣いてしまった。ハンカチハンカチ。


「ちょっと傷つくからやめて欲しいかな、けどまあ、色んな人に助けてもらってるのは事実だね。一番助けてもらってるのはギルド食堂のシゲさんかなあ」


 ボクにいつもエサじゃなかった、ご飯をくれるシゲさんと同一人物なんだろうな。


「シゲさんはいつもお皿にご飯乗っけて持って来てくれるよ。で私の手を握ってくるの」


 ボクの脳裏にオジサン同士が愛を囁く耽美な世界が繰り広げられた、シゲさんそういう人だったんだ。


「で、右手が終ったら今度は左手をシゲさんの手に乗っけて」


 おい待てそれ。


「よし食べていいよって、あ、この前迷い込んだ野良犬にもよしよしやってたよ、シゲさん優しいよね」


 犬扱いだった――!

 シゲさんって犬好きなんだね。


 そこでボクも『ハ!』となる。まさかとは思うが、シゲさんにとってはボクも似たようなものではあるまいな。


 お皿を出されたら速攻で食べてしまうボクは、シゲさんのお手のサインを見逃しているのではないだろうか。

 ギルド食堂と周辺に迷い込んだはらへりワンコ、ははは、そんなわけが無いよね。ボクはセレブなんだし。



 気を取り直して別の話題に切り替える事にした。

 これ以上この話題はダメだ、二人とも精神がズタズタになってしまう。


「ぼ、冒険には?」

「行った事無いよ、モンスターも見た事無い。だって初期装備全部取られてどこにも行きようがないんだもん!」


 はい確かに、服を買いに行く服が無い状況では何にもできませんね。


「あの装備があればまだ何とでもなったのに!」


 税金払うのに一ゴールド足らなかったという事ですよね。


 ボクの財布の中には二ゴールドもの大金が入っている。


 それは昨日のカレンとの討伐で稼いだ一ゴールドと、元々入っていたボクにとっての〝一切れのパン〟こと〝一枚の硬貨〟だ。

 因みに今日はカレンがバイトで討伐はお休みである。


「これで初期装備が取り戻せるか、受付のお姉さんに交渉してみましょう」

「え? いいの? ほんとにいいの?」


 タンポポは財布の中の二ゴールドもの大金を見て目を丸くしている、しかもその半分を使おうというのだ。


「もしかして、あなたはお大尽様でしたか」


『へへー』とボクにひれ伏すタンポポ、苦しゅうない苦しゅうない。

 確かにボクはゴールドを二枚も所有している上流転生者だけど、平民転生者にも優しいんですからね。


 というかそろそろ(おもて)を上げてください、少女にひれ伏すオジサンの図はちょっと色々とアレですから。


「よし、それじゃタンポポの初期装備を取り戻しましょう」


『パチパチパチパチ』


 颯爽と立ち上がったボクに、タンポポが手を叩いてくれた。

 ちょっと気分がいいです。


『ヒュー』


 あ、やっぱり音が出ないんですね、その指笛。口でヒューって言っちゃってますから。


 次回 「タンポポの初期装備を買い戻せ!」


 みのりん、魅惑の長ズボンに遭遇する

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