その3 食堂のオバケついに出ちゃった
「う、うーん」
なんとなく誰かの気配がして目が覚めた。
目の前に女の子の顔があった――
「うわあああ」
「きゃあああ」
ボクと女の子は互いに悲鳴をあげて離れる。
少し距離を取った女の子はボクに何故かお怒りのようだ。
「やっと寝たと思ったのに、またすぐに起きるなんて卑怯なんだもん。お人形遊びに疲れて眠るのを二時間も待ったのに損しちゃった、私の二時間を返して欲しい」
「だ、誰ですか!」
びっくりしたせいか、女の子の顔を見ても不思議とキョドらない。
時計は四時をまわっていた、迂闊にも寝てしまったようである。
誰なのか思い出そうとよくよく見ても、彼女の顔には見覚えがないのだ。
ここは鍵を締めたが最後、外からは誰も入れないし中からも開けられない。つまりボクは完全に袋のネズミなのだが今気にするのはそこじゃない。
誰も入れないはずなのに、ここにボク以外の存在がいる事が重大なのだ。
こうなってくると答えは一つ、〝アレ〟である。
あんまりそれは考えたくないんだけど……いやいやまてまて、めちゃくちゃスキルの高い盗賊の可能性もあるじゃないか。
そうかそうか、泥棒さんならありえるよな。とりあえず〝アレ〟ではない事を確認して安心するとしよう。
「まさか、あなた……オバケ、なわけないですよね? アハハ」
「あーまーそうかも? それで括るのならそれかも、オバケかも」
「あはは、やっぱり違いましたか、そうですよねオバケのはずが無いですよね、え?」
「オバケだよ」
『ヒイイイイイ』と奥に逃げようとしてその場でジタバタした、何しろこの場所がその奥そのものだからだ。
マップのその先にそれ以上いけなくて、足踏みしているゲームキャラみたいになってしまった。
「オバケでたあああああ」
ついに、ついに出会ってしまったこの食堂のオバケ!
どうする? 退治なんて威勢のいい事を言っていたけど実はノープラン、何度もやったはずの戦略シミュレーションも何の役にも立っていない。
そもそも本当に出てくるなんて思ってなかったんだよ!
ホウキ! そうだった、受付のお姉さんがホウキを使えって言ってたんだ。
ああ、ダメだホウキは玄関の近くだ。絶望的に遠すぎる!
っていうか、ホウキをどう使えばいいのかサッパリわからない!
雌雄を決するって言ったって、相手も女の子だったらボクが勝てるわけがなかったんだ! 完全に誤算だった!
と、とりあえず謝っておこうか、土下座でもして……
許してくれるかな土下座で。なんなら土下寝でもいいけど。
「そんな態度されると傷つくよ、私そんなに怖いかな? 自分ではそこそこイケてんじゃないかなーって思ってたんだけど」
どことなく呑気な感じに、改めて出てきたオバケを見ることにした。
顔は女の子の顔、声もそうだ。髪は黒髪、前髪で右目が見え隠れしているようなボブカットで、左だけ結んだ髪がピョンと飛び出ていた。
前髪で目が隠れているのが、オバケっぽいといえばそうなのかな。
そして重要なのがその格好である。
どうしてこの子セーラー服を着てるんだろうか。
もしかしたらこの町にも、こんな制服を採用した学校があるのかも知れない。
だがよく見ろ、胸の赤いスカーフを纏める留め布の部分に、思いっきり漢字で〝高〟の文字が入った校章が付いてるのはどういう事だ。
およそ異世界とは思えないその場違いな夏服セーラーを見たせいか、怖い気持ちが消えてちょっと落ち着いてきた。
と、それを見た少女は。
「ほらほら、オーバーケーだーぞ~」
と迫ってきたではないか!
またもや『ヒイイイイイ』となったボクは、慌てて横方向に逃げ出し、丸椅子に躓いてガラガラガッシャンとやった。
腰が抜けて立てやしない。
慌てて投げた『木の棒』が相手のおでこに命中し、オバケは『あう』と鳴いた。
「どうして脅かしたんですか、お漏らししたらどう責任を取ってくれるんですか、ホントに危なかったんですからね今!」
「ごめんごめん、落ち着いてきている感じが癪に障ったんだもん」
正直なオバケだな。
「さっき誰ですかって聞いたよね。では答えてあげよう、私はあなたと同じ転生者にして、あなたの先輩、その名も七条タンポポだよ! 十七歳!」
一拍置いてから。
「そして現在オバケだよ」
と続けた。
「ボクはみのりんといいます。先輩とは知らず失礼しました、よろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ」
礼儀正しく互いに正座してペコリと挨拶、オバケとの自己紹介ってこんなんでいいんだっけ。
先輩転生者って言ってたけど、現在オバケって事はこの子はこの世界であえなく散ったんだろうな……ちょっと切ないな。
「先輩はどのくらい前の転生者なんですか?」
「うーん、ついこの間、あなたがやってくるちょっと前くらいかな」
そんな短期間で亡くなるなんてこの子も運がないな、冒険をガンガンやったんだろうか。
ボクが来てからこの転生者の噂を全く聞いた事がないから、本当に速攻で死んだんだろうな。
可哀想……ボクも気をつけないといけないな。
「確かあなたの一個前の先輩だと思うよ」
「そうですか、ボクの一つ前の転生者でしたか……あれ?」
確かボクの一個前の転生者って、カレンのお尻を触って、税金を払えずに受付のお姉さんに身ぐるみ剥がされたという、とても悲惨な目にあったオジサンだったはずだけど。
「それが私なんだもん」
タンポポのこめかみがちょっとピクピクしていた。
次回 「タンポポのワケのわからない秘密」
みのりん、羨ましがる




