その2 対オバケ作戦実行せよ、決戦である
「夜眠らずに頑張る方法、ですか」
作戦はとりあえず置いといて、先に夜を過ごせる方法を考えた方が良さそうだ、と受付のお姉さんに聞いたところだ。
どんな作戦を立てようが、肝心のボクが起きていられなくてはお話にならない、毎晩ぐっすり睡眠の罠からなんとか脱しなければならないのだ。
「そうですねー、眠くなったら足をペンで挿す、とかコーヒーを飲むあたりでしょうか、砂糖やミルクを入れずにブラックがいいですよ。みのりんさんくらいの歳の子は、夜はしっかりと寝たほうがいいんですけどね。でも若いっていいですよね、私だって昔は徹夜の百や二百何とも無かったのに」
愚痴モードに入ったお姉さんを置いといて、ボクは思考モードに入る。というかお姉さん若いでしょ……ん? なんかありえない徹夜の単位を聞いた気がするけど。
最初のは怖すぎなので除外、あとはコーヒーか……
憂鬱になる、あれは苦くて飲めないのだ。なんでわざわざ苦い物を飲むのか理解ができない。
砂糖もミルクも入れるなとか、それは飲み物として成立しているのか。もしかしたら足をペンで突き刺すほうが遥かに楽かもしれない。でもやっぱり痛いのは嫌だな。
ともあれ、試してみる必要はありそうだ、オバケ退治の為には身を犠牲にする覚悟なのである。何が何でもオバケのヤツをとっちめてやらないと気がすまないのだ。
ふっふっふ、オバケめ、お前は今夜お陀仏だ。オバケってとっくに死んでるんだっけか。
そう今夜だ。
ついに雌雄を決する時が来た、いよいよ今夜オバケ退治作戦を実行するつもりなのだ!
雌雄を決する! そうなのだ、この世の中は女の子の方が強い。当たり前だ、ボクをこれだけキョドらせる存在だもんね。
そしてその女の子であるこのボクが勝利するのは、まず間違いないと言っていいだろう。
カレンとの一日一体の討伐を終えて町に帰って来ると、早速オバケ退治の準備に入る。
因みにカレンはモンスター討伐でポンコツ化したので今夜は誘わない、これは想定外の計算ミスだった。
でも延期する事は考えない、今夜やると決めたからにはやるしかないのだ。
カフェまで飛んで行って、受付のお姉さんに借りた水筒にブラックコーヒーを入れてもらう。
そして夜に備えて、テーブルの下のダンボール箱の中に入って早めに寝る事にした。
いくらなんでも、こんなに早く中々眠れるものじゃないな、ふむ、効果があるか怪しいもんだが羊でも数えてみようか。
正直これで眠るには百匹くらい数えないとダメそうだけど。ボクくらい背負うものが色々あると、眠るのも簡単ではないのだ。
羊が一匹……羊が……ぐう……
夜うるさくて起きた。
食堂の奥の一番端にあるボクが寝ているテーブル〝みのりんハウス〟で、お酒を飲んでいる冒険者のオジサン達がいたからだ。大声で歌っているからうるさくて仕方無い。
テーブルの下からボクが迷惑そうに顔を出すと。
「ごめんなー今日は混んでて他のテーブルが空いてなくてな、ほれこっち座れ、これ食うか」
ボクは貰ったカラアゲにかぶりついたけどこれだけは言っておく、これはおこぼれに与ったのではなく迷惑料なのだ。
夜にこの〝みのりんハウス〟を使う時は、ボクに一品寄こすのがいつの間にか冒険者達の中のルールになっていたのだ。勝手に決められたんだけどね。
因みに、昼は容赦なく外に摘み出される。
営業が終わり、受付のお姉さんが最後に帰宅した。
ドアを閉められる時いつものように胸が『クゥゥゥゥン』となるが、今夜は即座に引き締める、決戦なのだ。
用意した水筒を取り出し中身をカップに注ぐ。
すっかり冷え切っていたけど、最終兵器ブラックコーヒーの出番である。
因みに〝みのりんハウス〟がある壁にはランタンがかけられていて、ボクが自由に使っていい事になっていた。
いつもはすぐに寝てしまうからそんなに長い時間は使わないけど、今日はこのランタンにも頑張ってもらおう。
さてブラックコーヒーをクンクンした後で、恐る恐る飲んでみる。
地獄の水だった。
これ飲んでも死んだりしないだろうな。
『にが水』というしかないこの液体を、震えながら一気に飲み干す。
効果はバツグンである。まず気分が悪くなって倒れたが、しばらくして目が冴えてきたのだ。
眠くならない、もう二三時という深夜の中の深夜なのに全く眠くならないのだ。コーヒー恐るべし。
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しかし暇だ……
何にもする事がなく時間だけが過ぎていく。
壁にかかった時計を見上げると二時を指していた、これはボクの人生の中で夜遅く起きていた最高記録ではないか。
大幅な三時間もの記録更新に興奮していまい、それが更なる眠気の襲来を撃退しているみたいで全く眠くならないまま過ごしていた。
正直に言ってコーヒーの効果がこんなに凄いとは思わなかった。
コーヒーを子供が飲んで夜眠れなくなるという話は聞いた事があるけれど、この大人のボクですらこの有様である。子供にコーヒーを飲ませてはいけないというのがよくわかる。
更に言うならボクが飲んだのはコーヒーの上位体であるブラックコーヒーなのだ、そこらの人が飲む物とは次元が違うのだから、もう完全に朝まで起きていられるというわけだ。
いつもは壊れたオモチャみたいに爆酔しているボクだが、今日こそは確実にボクの顔にラクガキをする犯人を突き止めることができそうだ。
でも暇すぎる……
ボクはテーブルにほっぺたを乗せ、何して遊ぼうかを考えていた。
ダンボール箱からお人形を取り出す。あ、待って欲しい、これは暇すぎるからやむ終えない、仕方なくだ。
それにシミュレーションは何回も繰り返してこそ意味がある、有事に備えて何度も訓練する必要があるのだ。
わくわくしながら興奮した頭でお人形を並べる、熊がお父さん。こっちの女の子が……
夜が更けていく……
そして明け方ついにその時が来た。
次回 「食堂のオバケついに出ちゃった」
みんりん、「ひいいい」ってなる




