その3 服屋に挑むミーシア!
「らっせー」
店に入ると店主の挨拶に迎えられギョッとした、ボク達の他にお客さんがいるのだ。
店主が着いたテーブルに品物を置いている後姿は、あろう事かとんでもない事にスカート姿ときた。
一度入った店だからと油断した、その子が後ろを向いているのでキョドらずに助かったのが幸いだ。
「これ下さい」
どうやら女の子は商品を買ってもう帰る様子で、何の気なしに会話が耳に入ってくる。
「おいこれ、男性用の長ズボンじゃないかね、まさかお嬢ちゃんが穿くんじゃないだろうな? そのような女の子の足への冒涜は許さんぞ。オジサンは大人として、若い子の不正をキッチリ正していく責任があるんだ」
またか……ボクの時と同じ事を言っている。
その足への冒涜の意味が本当にわからない。げんなりして二人を見つめてしまう。
「え……これ、お、お父さんへのプレゼントで……明日お誕生日で……」
「本当にプレゼントかい? お嬢ちゃんが穿くんじゃないのかい?」
まるで万引き犯を見るような店主の鋭い目に、オロオロした女の子の赤い髪のポニーテールが揺れる。可哀想に……
「私が穿くんじゃありません……本当にお父さんのお誕生日で……私は穿きません……」
「絶対かい」
「ぜ、ぜったいです……」
「長ズボンを穿くような悪の所業はないんだね?」
「はい……私は穿きません」
「お嬢ちゃんを信じて売ってあげよう、でもこの誓約書に一筆書いてもらうよ」
「は、はい」
女の子のポニーテールがショボーンと垂れ下がった。
「私はこのズボンは神様に誓って穿きません、はいここに書いて」
「わたしは……このズボンは神様に誓って穿きません……うぅ」
なにこれ……
女の子は代金を店主に支払うと、やり取りを見て固まったボクの横を通りすぎて足早に店の入り口から出て行った、横顔には涙が光る。
ボクはこの事で忘れていたミーシアの事を思い出しその姿を探すと、彼女も店主の方を向いて固まっていた。
この店がどういう店か理解してくれたようでなによりだ。
「お嬢ちゃん達は……」
店主がこちらを向いて口を開く。
「お嬢ちゃん達は困らせないでくれよ? まさか長ズボンなんか買いに来てないよな? なんせそっちの娘には前科があるからな」
人を万引き犯みたいに言うのはやめて下さい。
「も、もちろん、スカートを買いに来たのよ。長ズボン? そんな可愛くないものを私が穿くくらいなら爆発して死ぬわ」
彼女の声は最初こそ引きつっていたが、あっちのスカートの山こっちのスカートの山と、あれこれ二人で服を選んでいる間にボクもミーシアもあっという間に上機嫌になる。
ボクは買うつもりは無いが見てるだけでも超楽しい。
女の子二人でキャッキャと服を選ぶこの楽しさはなんだ、男友達と二人でプラモデルを物色してた楽しさを軽く凌駕するぞ。
なに~~これ~~。
あっちこっち踊るように見て回るミーシアに、この子も女の子の心があるんだなと再確認した。
「ミーシアにはこのスカートが似合いそうです」
「確かに可愛い、でも、みのりんの趣味はとんでもない前衛的なミニスカートだと思ってたけど、随分普通なのね」
あの布切れの事は記憶の彼方に仕舞いこんでもらえませんかね、この店で敗北した記憶が蘇っちゃったじゃないですか。
「お嬢ちゃんにはこのミニスカートがオススメだよ、安くしとくよ一ゴールドでどうだい」
店主が一着のミニスカートをミーシアに手渡した。
「一ゴールドってそれスカートの値段じゃないわよね、一体どういう値段設定なのかしら。うーんこれシフォン生地で、この短さだとちょっとしたそよ風にも抵抗できないじゃない。裏地もシフォン生地だし却下」
さすがミーシアだ、いらない理由がしっかりとしている。ところでシフォンて何? なんとなくだけど美味しそうな響きでお腹が減るんですけど『ぐう』
手渡されたスカートをチェックしたミーシアは店主にそれを返すと、別のスカートを山から取り出した。
「これにしようかな。少し大人しめだけど、持ってるのと合わせたらいけそう」
それはこの前ボクが、山へお帰りとそっと放してやったフレアスカートだった。
いいなあミーシアはそれを買えてしまうんだ、羨ましいな。
百ゴールドもするからボクには買えなかったんだ、堂々としているミーシアが本当に頼もしく見える。
羨望のまなざしで見つめるボクに不思議そうな顔をしつつ、ミーシアは店主にそれを見せた。
「これをいただくわ。おいくらかしら」
「千ゴールド」
お財布を出そうとしてミーシアが固まった。ついでにボクも固まった。
「千……!?」
ミーシアはスカートを見つめてそっと山に返す。
それでは、と他のスカートを取り出した、ひらひらが可愛いフリルのティアードスカートだ。
羨望のまなざしでボクは見る。
「こ、こっちにしようかな、実はこっちの方が気に入ってたのよ。これはおいくら?」
「千ゴールド」
もう一回二人で一緒に固まった。
「こっちのプリーツは」
「千ゴールド」
「これ」
「千ゴールド」
「どうしようみのりん、ここそこそこな高級ブティックだったわ(ヒソヒソ)」
「だから大丈夫かと聞いたのです(ヒソヒソ)」
気を取り直してミーシアは別の聞き方をする気になったようだ。それはやはり以前ボクが試した方法でもある。
「この店で――」
「さっきのシフォン生地のマイクロミニスカート以外は全部千ゴールド」
「ありあっしたー」
ボク達は店主の言葉に見送られながら店を後にしたのである。
涙目でシフォンスカートのお金を払っていたミーシアの姿は、見ないように視線を外した。
町の通りを俯いて歩くミーシアに、ボクは今もちょっと目が泳いでいる。
「見なさいよ……」
黙って包みを抱えていたミーシアがきりだした。
「見なさいよ! この私の姿を! あえなく敗北したこの姿を目に焼き付けておくのよ! この敗北を糧に私とあなたはこれから一回りも二回りも成長して、いつか必ず勝利と栄光を手にするんだから!」
ミーシアがごしごしと手の甲で涙を拭いているのを見て、ボクも貰い泣きである。
この日、頼もしかったミーシアが敗北した。誰が勝てるんだよこんな店に、と思うボクの脳裏に一人の女の子の姿が浮かんだ。
彼女なら……
ボクのパーティの相棒なら――!
カレンだったら!
次回 「ボクの相棒カレンの秘密」
カフェにカレンはいた




