その1 ミーシアとデート
冒険者の町の商業地区に一人の少女の姿があった。
彼女はいろんな店をちょっと覗いては歩き出すという動作を繰り返している、ウィンドウショッピングを楽しんでいるようだ。
たまにウィンドウに映った自分の姿を見て、ギョッとしている青い髪のその少女とは――
そうボクである。
今日はカレンとのパーティはお休みだった。
何日かごとにカレンは用事があるようで、そんな日はいつもギルド食堂にいるのだが、今日は町でも見ようかと遊びに来たのだ。
決して混みだしたギルド食堂から摘み出されたわけじゃないぞ、勘違いはダメだ。
「そこの足の可愛いお嬢ちゃん、どうだい買ってかねーか安くしとくよ。そしてオジサンに足を見せておくれ」
声をかけてきたのは串焼き屋台の店主だ。
『安くしとくよ』という究極スペルについふらふらと屋台の前に行ってしまう。
以前このオジサンの事を超能力者だと思ったけど、どうやら魔術師だったようである、ボクは完全にコントロール化に置かれてしまった。
この前カレンに買ってもらって食べた串焼きはたぶんこれだろう、目をハートマークにして見下ろしたそれは、ジュウジュウ焼かれて魅惑の匂いを発生させている。
「どうだい、一本二ゴールドだけどお嬢ちゃんは足が可愛いから一ゴールドにまけとくよ」
店主は串焼きを煽る団扇で、ボクのスカートをパタパタと上下に扇ぎながら更に半額という魔法をかけてくる。
そんなに暑くはないんだけど、でも涼しくなった。
オジサン優しいなあ、こうやってサービスしてお客さんのお財布の紐をゆるくするテクニックなんだろうな、さすが商売人は一味違う。
そう感心するボクのお財布の中には現在一ゴールドが眠っている。眠れる獅子というやつだ。買える、買えてしまうのだ、ゴールド持ちのボクにはこれが買えてしまうのだ。
でもここでグっと堪えた、今日はお財布からゴールドを取り出す事は無いだろう。鋼鉄の意志である。
既にポーチの中でお財布の蓋が開けられ、一ゴールドを震えるボクの手がつまみ出そうとしていた気もするのだが、よくある気のせいというヤツだ。
お財布の外には出ていない、とにかくポーチの蓋を閉めた。
オジサンは団扇で煽られて揺れるボクのスカートに全力で注目していた様子で、ゴールドを出そうとしたこちらの動きには気がついていない。
お客さんへのサービスに熱心な店主で助かった。
これを使ってしまうとボクはスッカラカンになり、ゴールド持ちから文無しのザコにクラスチェンジしてしまうのであり、これから先を文無し状態で町を歩くのはとても辛い。精神がボロボロに疲弊して一歩も動けなくなってしまうかもしれない。
これはボクにとって〝一切れのパン〟である所の〝一枚の硬貨〟なのだ。ボクにとっての希望を簡単に失うわけにはいかないのだ。
「今日はお腹が一杯なのでやめておきます、残念ですが満腹で死にそうなのです。食べ物を見るのも辛いのです」
「そ、そうかい……またよろしくな」
こんなのいつでも買えますのよ、というゴールド持ちのこの余裕の一言を残し、ボクは颯爽と(後ろ髪を引かれながら)その場から立ち去った。
やはり後ろ髪を引かれてチラッと屋台を見ると、先ほどまで涎を垂らす勢いで食い入るように串焼きを凝視していたこの少女の言葉に、屋台の店主が手ぬぐいで涙を拭いてるのが見えた。
「くうう」
ボクは真っ赤になって足を速める。ついでに涎も拭いた。
「足の可愛いお嬢ちゃん、安くしとくよ」
「串焼き一本下さいな」
後ろで聞こえるやり取り、他の女の子が串焼きを買っているようである。ち、ちっとも羨ましくなんかないんだからね!
「みのりーん」
と、後ろから呼び止められた、先ほど串焼きを買った女の子と同じ声、しかもこの声聞き覚えがあるぞ。
「ミーシアこんにちは」
「やっぱりみのりんだった、空色の髪だからもしかしてと思ったわ、この町では目立つものねあなたの髪。あ、これ食べる?」
目立つという意味では、ピンクめいた髪色のミーシアも決して負けてないんですけどね。
追いついてきたミーシアは、上下を白で纏めた一見ワンピースにも見える服装でミニスカートが可愛くて、ダークブラウンのショートブーツを履き、相変わらず綺麗なセンスで着こなしていた。
どこからどう見ても可愛い女の子の姿でボクの前に立つと、ボクに一本の串焼きを渡してくれる。
何故か彼女の手にはもう一本の串焼きがあった。
さっき聞いた彼女の声は『串焼き一本下さいな』だったはずなのに、二本に増えているのどういう事だろうか、まさか先ほどのやり取りを全部聞かれていたのではないのか。
震えながらゴールドと戦っていた姿を目撃されていたのかも、後ろも気をつけておくべきだったか。
ミーシアは、先ほど半泣きで屋台から去った残念な子が青い髪なのに気が付いて、串焼きを奢ってくれようともう一本追加で買ったのではないか。
もしそうなら髪の色を黒か何かに染めよう、この髪は目立ちすぎる、と顔を赤らめながら決意していると。
「お金を出そうとしたらカナブンがスカートに止まっちゃって、慌ててバサバサ揺らしたら一本オマケでくれたのよ。みのりんどしたの? 顔赤いわよ」
今日は天気も良くて町の商業地区は相変わらず賑やかだ。
「それにしても迂闊だったわ、いつもエッチな視線からはちゃんと気をつけているのに虫の襲撃は卑怯よね。どこかのオジサンが操ってるんじゃないかって動きするヤツもいるし」
暫く歩いた先にベンチを見つけたボク達は、そこに座って串焼きを食べる事にしたのだ。
通行人からは女の子二人がベンチに座って串焼きを食べているように見えただろうか、もしかしたら可愛いデートに見えるかもしれない。しかしここには〝人間の女の子〟は一人も座っていない。
ボクは女の子は女の子なのだが〝男の娘〟というなんだかもうワケのわからない種族であり、一方隣のミーシアは〝人間の男の子〟である。
ベンチの対面のお店のガラスに映る二人の姿はどこからどうみても……と、ボクを見つめるガラスに映ったボクの視線に気がつきキョドってしまった。
あわわわ青い髪の女の子がこっぢを見でるう。
もう、正面のガラスは見ることができない、そこにはボクをキョドらせる魔物がいるのだ。
ぷんぷん怒りながらミーシアは言う。
「町の中でも警戒しないといけないのよ、敵はモンスターだけじゃないわ」
その通りだと思う、町の中でも警戒しなければいけない。
いつガラスや鏡に自分の姿が映るかわからないのだ。敵は他人だけではないのだ。
「町のオジサンには気をつけなきゃね」
そう言ってミーシアが串焼きのお肉を頬張るのを見て、ボクも一口ぱくり。
お、お肉の味が口いっぱいひろまっれ……はわわーん
あれー何の話してたんだっけ?
次回 「スカートを穿くのは戦いなのよね」
ミーシアが例の服屋を発見してしまう




