その3 皆のフルネームが気になった
そういえば、とふと気がついてミーシアに尋ねてみる。
「ミーシアってフルネームは、やっぱり色々長いのですか?」
「?」
ジュースに刺さったストローをこねくり回していたミーシアは、手を止めて不思議そうに答えてくれる。
「ミーシャ・シツェンニコヴァ・アファナシエフスカヤ、だけど。これ長い? 普通でしょ」
うん、舌噛みそうだから覚えられないわ。
名前聞いといて覚えられないとか、ちょっとした罪悪感にミーシアの赤い瞳から視線を外す。
ボクの心情に気がつかないミーシアは、気にする様子でもなくストロー回しを再開した。
「あ、でもミーシャの部分は普通なんですね、一部だけ取ってミーシャに縮めた、とか愛称じゃなくて」
ストローを止め、また不思議そうにボクを見る。
「『ミー』シャ・『シ』ツェンニコヴァ・『ア』ファナシエフスカヤ、の頭を繋げて〝ミーシア〟だけど?」
いやいやいやいやそこおかしいでしょ。
「普通にミーシャでいいんじゃないですかそこはっ」
「嫌よ! 男の子の名前だもん! 恥ずかしい!」
「ぇぇー」
小さな声が漏れてしまう。
ミーシャもミーシアも若干のアクセントが違うだけで、発音する人によっては全く一緒じゃん。
だが、ボクはこれにつっこみは入れない(すでに入れている気もするが)
あえて入れないのではなく、入れられないのが正しいんだけど。
ボクも〝みのり〟という名前と容姿で、よく女の子と間違えられたものだった。
みのりちゃんと呼ばれるのが恥ずかしくて『みのりんと呼んでくれ!』とドヤ顔で宣言してたアホな子供だったのである。
みのりちゃんもみのりんも、呼ばれる恥ずかしさは何も変わらない……
過去を思い出し、両手で真っ赤になった顔をおさえる。
「何よその反応、失礼しちゃうわねえ」
ミーシアがジュースのストローを回した。
その時である。
「やっほーみのりんちゃん!」
ボクの背骨の天敵第一号がやってきたのだ。
「みのりちゃんとみのりんを合体させたような呼び方で、ボクにトドメの追い討ちをかけるのはやめてくれませんか」
「ん、どしたみのりんちゃん」
さっき思い出すんじゃなかったよ、噂をすればなんとやらみたいなアレでしょう、コレって。
げんなりしながら、モンクのトンマに向かって戦闘態勢で構えるボク。
マンクはというと、ボクと同じテーブルに着いているミーシアに気が付き、戦闘態勢の構えを取っていた。
そうか、ミーシアは女の子にしか見えないもんね。
『可愛いなあ……ダブルで可愛いなあ……可愛い×可愛いで二乗だもんなあ……』と、ビビりながら呟くモンクを見つめながら考える。
女の子に触ると、レベルだのエナジーだのがドレインされてしまうモンクという職業。
ミーシアはホントは女の子じゃないから、マンクが触っても平気なのではないだろうか。
でもミーシアを女の子だと思って触るから、思い込みでドレインされてしまうんだろうな、この厄介なモンクは……
頭が混乱してきた。
しかしよーく考えてみよう、このモンクは触れる可愛い女の子のようなモノがいいわけで、これってもしかしてミーシアを生贄に差し出せば、ボクは背骨の危機から解放されるのではないか。
「ねえ、なんなのこの人」
不安そうにジュースを抱えるミーシアを見て、いけない誘惑にぶんぶんと首を振った。
できるわけないよね、ミーシアだってボクと同じように華奢だし、この子の背骨が悲鳴をあげるのだって見たくない。
こんな可愛い子の背骨が折れるくらいなら、ボクの背骨を折って欲しい。
生贄に差し出そうなんて考えが一瞬でも浮かぶなんて……
ボクは筋肉達によって相当に追い詰められていたみたいだ……
そういえば、この人のフルネームをまだ聞いてなかったな、と思い出す。
興味が出て、たいして覚える必要もなさそうだけど、と酷くて失礼な事を思いつつ尋ねてみた。
「ところで、マンクはフルネームは何ていうんですか?」
貴族みたいな名前だったらひっくり返ってしまうぞ、と身構える。
「ん? マンクだけど?」
「そうじゃなくて、フルネームです。マンクなんちゃらかんちゃら、とか、なんとかかんとかマンク、みたいな」
「マンクだけど?」
はずれクジを引いたような目で見るボク。
「俺のカックいい名前に、惚れ直したかな? まー俺がカックいいんだから仕方の無い事だぜ」
まず前提として、惚れの部分からして間違っているので、ちゃんと認識を訂正して頂きたいものです。ゼロのものは直しようがないのです。
「そういえば、あのサムライとは知り合いなのですか?」
この前一緒にいた事を思い出して、何でもかんでも二つに折るサムライの事も聞いてみた。
「やつとは筋肉酒場の筋肉クラブで知り合った」
つっこみをぐっと堪えフルネームを聞く。
そういえばあの筋肉サムライ、名前すら聞いてなかった。というかボクに求婚するのなら名前くらい言って欲しいものだ。
本人ではなく他人に聞くのは失礼かもしれないと自重したいけど、他人の噂話をするのがやめられない。
人の噂をするこの甘美、やばい楽しい、今までなかったぞこんな感情。
なに~~これ~~。
「あの人のフルネームは何て言うんですか?」
「サムライ」
「ぁ……ナントカザエモン、みたイナ……ホラ」
「サムライ」
シュー……
楽しかった気持ちから空気が抜けていった。
次回 「女子会はめちゃくちゃ楽しい!」
みのりん、女の子〝のようなもの〟の女子会を楽しむ




