その7 烏賊宮城へご招待
「で、意気揚々と発進したのはいいけど、何すればいいんですか。聞き込み?」
「まずは海の幸を頂くのが先じゃないかな」
それは後だと思います。
そのタンポポの提案に乗って来たのはイカっ娘だ。
「仕方無いね、約束だしそれを先にやってしまおうか、状況の説明もしたいしね。それじゃあ皆を烏賊宮城へご招待するよ!」
烏賊宮城って何ですか? 竜宮城の親戚かなにかですか。出来る事ならそんなもやもやする場所には近づきたくないんですけど。
「烏賊宮城は烏賊宮城だよね。とりあえず私がその辺の子供たちにボコられるから、助けに入ってもらってお礼にご招待という形にしたいかな」
物語の様式美は大切という事ですか、でもめんどくさいのでその辺は端折りましょうよ。
最近の子供たちは遠慮が無くて危険物ですよ。着ぐるみのネズミとかボッコボコにして、噴水に放り込んだのを見た事があります。
「よ、予定を変更して、このまま烏賊宮城に行く事にする」
それがいいでしょう。
ほらほらそこの棒切れを持って集まったヤル気まんまんの子供たち、解散なので散って下さいね。イカをいじめるイベントは諸事情で中止になりました。
「えーオイラたちイカ割りしたかったなあ……」
「アタイもイカ割りしたかった……」
イカ割りはやめてスイカ割りにして下さい。イカっ娘が青い顔をして震えているでしょう? 弱いイカいじめはダメですよ。
子供たちが解散した後、気を取り直して烏賊宮城へ行く話に戻るボクたち。
「烏賊宮城は海にあるけど皆行けるよね?」
えっと、泳ぐのそんなに得意じゃないんですけど、どのくらいの距離があるんですか。
「イカの速度だと数ヶ月かな」
そんなに泳いでいられませんよ!
平気な顔して何を言ってるんですか。
「大丈夫大丈夫、私が皆を引っ張っていくから。私だと丸一日ってとこかな、海の中だけど平気だよね、一日海中散歩が楽しめるね」
丸一日も息を止めていられませんよ!
三分が限界です。平気なのはタンポポくらいでしょ。
「私も一分が限界かな、それ以上だと溺れるんだもん」
オバケの肺活量少なすぎやしませんか。なんでオバケが溺れるんですか、色んな意味で驚かしてきますね。
「一応私だって普段、空気を吸っているんだからね。よく考えたら私って空気を吸う意味あるのかな?」
「知りませんよ!」
空気以前に食べ物に関する謎を追求したいんですけどね。
「え? あなたたち、水の中なのに溺れるの? 何で? 水の中だよ?」
水の中だから溺れるんです!
斬新な驚き方すぎて、こっちが間違ってる気分になったじゃないですか。これがイカと陸上生物との種族間のギャップでしょうか。
「どうしよう、それじゃあ烏賊宮城まで行けないじゃん……後、私はイカじゃなくてイカっ娘だからね」
困った顔で俯くイカっ娘。
申し訳ないけど海の中じゃどうしようもないですもの、全員裏返ってぷかぷか浮いてる未来しか見えませんよ。
海洋生物の冒険者に頼むしかないんじゃないですか。イルカとかクジラとかアノマロカリスとかの知り合いいないんですか。
「ふふん、みのりん」
鬼っ娘摩鬼が自信満々の笑みでボクの肩にポンと手を置く。
女の子にいきなり触られて固まったボクは、自信満々の笑みで気絶しかけた。鬼か、鬼だ。
「こんな事もあろうかと用意しておいたんだよ。鬼の秘術の出番だね!」
キメ台詞を吐いて鬼っ娘摩鬼が取り出したのは小さな箱だ。彼女はその箱に向かって話し始めた。
「CQCQ! こちらコードネーム摩鬼。大至急私たちを烏賊宮城へ送れ。オーバー」
「了解コードネーム摩鬼、転送要請確認した。転送開始! 烏賊宮城ってどこだっけ?」
おいおい、コードネームが本名になってますけど、もうちょっとカッコいい名前にした方が。
いやそこじゃない、ボクがつっこむべきはそこじゃない、最後の言葉が不安すぎ――
ボクの心の中のつっこみも途中で、空間がぐにゃっとなって……
気が付いたら海の中にいた。
「ここどこですか! 海の中ですか! い、息が! がぼがぼ」
「落ち着けみのりん、普通に呼吸できるようじゃぞ」
あ、ホントだ。水の中なのに息ができる。ワケがわからないけど、裏返ってぷかぷか浮かなくていいんですね。
「そうだよ、烏賊宮城の中は誰でも呼吸可能だよ、じゃないと誰も招待できないじゃん」
いえ、ここに来る途中で普通に溺れると思いますけど。
それにしてもさすがです魔王ちゃん、水の中でも動じないんですね。この人とはえらい違いです。
そう思いながらボクは、器用に溺れている面白オバケを救出する。
あえて自分の事は棚に置きますけど、息が出来る場所で溺れるとかワケがわからない。
「ふー、息が出来ないと思って焦ったんだもん」
「オバケが呼吸困難で死なないで下さい。少しは常識というものを持って貰わないと困ります」
「呼吸が出来る水の中で、常識を問われても困るんだよ」
「ミーシアは大丈夫ですか」
「わっふうー呼吸できるのね。ちょっとびっくりしたけど私は平気。つくづくマーシャを置いてきて正解だったわ」
「わかります、絶対に我先にと溺れてましたよね彼女なら」
「へーここが海の中かー、あ、お姉さま、タコがいる! 可愛い!」
目の前でふわふわのピンク髪の女の子がはしゃいでいるのが見える。
目をごしごし擦って改めて確認する、やはりいる。ヤツは目の前にいるのだ。
「何故だかマーシャの幻が見えるんですけど、ボクの目の三角、いえ錯覚でしょうか」
「わ、私にも幻が見えてるから大丈夫。随分と精度の高い幻みたいね。これが烏賊宮城の力なのね」
「わーお姉さま、ここ膜になってる。ここから先は呼吸できないみたい、ぶくぶくぶー」
全然大丈夫じゃなかった!
ミーシアと二人で、大慌てでタコにしがみ付かれて溺れているマーシャを救出。救出劇の際にタコの足が一本取れてしまったけど、おやつに仕舞っておこう。ボクはタコの足をゲットした。
「マーシャは海の家で留守番しててって言ったでしょう!」
「ちゃんと海の家でお留守番してたんだけど、目の前がぐにゃってなって――」
使えない、鬼の秘術使えない。色々と巻き添えにしすぎで困る、ホント困る。
その使えない鬼っ娘摩鬼はどこに行った、と探すと、膜の向こう側でぷかぷか浮いていた。
大慌てで膜の内側に回収してミーシアが胸を押すと、ピューっと水と魚を吐いた。いつの時代の漫画ですか。
「ごほごほ、あー死ぬかと思った」
これまたこてこてのキメ台詞を吐いている鬼っ娘摩鬼を横目に、全体を見回す。ここが烏賊宮城?
「そうだよ、煌びやかな御殿、烏賊宮城へようこそ!」
張り切っているイカっ娘には悪いんだけど、ボクはジト目にならざるを得ない。
煌びやかとは程遠い貧乏臭い木造平屋建ての建物が、目の前に佇んでいたからである。
「とーふー。プー♪」
目の前をお豆腐屋さんが通り過ぎていった。
次回 「やってきました烏賊宮城」
みのりん、揚げ物屋さんをスルーする




