その6 イカの乱獲は誰の仕業だスルメ
「ところでイカが切れたんじゃが、他に焼くものはないのか?」
イカを焼き尽くした魔王ちゃんが手を布巾で拭きながらやって来た。とうとう魔王によって、イカが壊滅されられたのである。
さっき鬼っ娘摩鬼がイカの在庫が切れそうとか言ってましたね。
そういえば鬼っ娘摩鬼、何でイカ関連しか売ってないんですかこの店。
「さー? 私に聞かれても困るけど、どうして私に聞いたの?」
あなたの店でしょうが!
なんでポカーンとした顔で見つめてるんですか、こっちがポカーンで見つめ返してやります。ああだめだ、女の子の顔が見れない、ボクの完敗です。
「そんな事より、イカのモンスターでも討伐してきてくれないかな。なんならそこのイカっ娘を倒してもいいし」
「私はモンスターじゃないって言ってるのに!」
そういうのは冒険者ギルドに依頼してください。
「どうして? 下っ端従業員に頼むのにどうしてギルドに?」
ボクたちは従業員じゃありませんからね!
冒険者という単語を聞いて、イカっ娘が目をキラキラ輝かせて身を乗り出してきた。近い近い、この殺し屋め。
「冒険者? 知ってるよ、冒険者ってあの伝説の存在だよね!」
うーん? そんなキラキラしたものとは程遠い存在ですけど。
思い返してみる、冒険者とは何か。はたしてキラキラだったか。
ギルド食堂でお酒を飲んで、歌って酔っ払って管巻いてるオジサンたちが頭の中に浮かんだ。キラキラ要素は微塵も無かった。
ごめんなさい、夢を壊してごめんなさい。
「冒険者ってさ、どんな依頼でも引き受けてくれるんでしょ?」
ええ、まあ無茶な依頼じゃなければ受けてくれるんじゃないですかねえ。
お饅頭を投げ捨てろとかいう無理難題じゃなければ。
「イカが乱獲されてるのがこの店の仕業じゃないのなら、その犯人を突き止めて、できれば退治して欲しいんだ」
普通に漁師のオジサンじゃないですかねそれ。退治していいんでしょうか、きっと怒られると思いますよ。
でももし密漁なら、冒険者の人たちも受けてくれるんじゃないかと思います。
「冒険者を紹介して欲しい」
そうですねえ、知り合いがいたら良かったんですけど。ここは冒険者ギルドじゃなくて、ただの海の家ですからねえ。
「冒険者ギルドと海の家は違うのか? 似てると思うんじゃが?」
全然違います!
魔王ちゃんの不思議そうな顔に思わずつっこみを入れたものの、よく考えたら海の家の隅でオジサンがイカもんじゃでお酒を飲んで酔っ払ってる様子も、冒険者ギルドの食堂でオジサン酔っ払ってる様子も全く同じだった。
冒険者ギルドは海の家だった! この新事実に驚愕する。
「みのりんが引き受ければいいんじゃないかな」
「何おかしな事を言ってるんですかタンポポは。ボクは海の家のしがない旅のイカ焼き師で……思い出しました、ボク、冒険者でした」
「まさか、うちの従業員が冒険者だったなんて!」
あなたに散々イカを焼かされたお陰で忘れてたんじゃないですか! イカによる洗脳ですよこれは!
それに従業員じゃありませんからね!
「思い出したところで、ついでにイカのモンスターを討伐して来てくれないかな。自分の立場を忘れるなんてホントうっかりさんだねえ。へい! イカもんじゃお待ちっ!」
そもそもあなたも、公爵令嬢って立場をすっかり忘れてるうっかり鬼っ娘のくせに。
「なんじゃ、みのりんは冒険に行くのか。焼くイカも無いし、わらわはお留守番じゃな」
何言ってるんですか、行くんなら魔王ちゃんも一緒に行って下さいよ、心細いじゃないですか。
そりゃ魔王ちゃんは冒険者じゃなくて魔王ですけど。
「何言っとるんじゃみのりんは。わらわは海の家のしがない旅の紙芝居師じゃが?」
ここにもいましたよ、自分の立場をすっかり忘れ去ったうっかりさんが。
よーくその胸の平野に手を当てて思い出して下さい、自分が何者なのかを。
「なんだか酷い事を思われているようじゃが、ふむ、はっ! そうじゃ、わらわはまお……もがもが」
「ねえみのりん、もがもがちゃんは何て言いかけたの?」
「どこから現れたんですかミーシアは!」
あっぶない、魔王ちゃんが魔王だと言いかけると必ず毎回現れますね、もがもがちゃんレーダーでも備えてるんですかこの子は。
魔王ちゃんもがもがの先にミーシアあり。
危機一髪だった……魔王ちゃんの正体を知られたら、パニックになったミーシアに海の家ごと焼き払われるところでした。
イカを焼いていたらみのりん焼きが出来てたんじゃシャレにならない。
「ちょっとお腹が空いたからイカ焼きでも食べようと思って来たんだけど、品切れ?」
「冒険者としてちょっとした調査の依頼が入ったので、冒険に行く相談をしてたんですよ」
まさかミーシアまで自分の立場を忘れてないよな。あなた冒険者ですよね、波に攫われた妹回収業者じゃありませんよね。
「じゃあ私も行くわね、マーシャの回収のお仕事にもそろそろ飽きてきたし」
「お仕事だったんですねアレ。ミーシアが来てくれると心強いです。と、その前に」
ボクはこっそり出て行こうとするセーラー服オバケの襟を掴む。
「逃がしませんよ、タンポポが言いだしっぺなんだからあなたは強制参加です」
「私はしがないワカメの兜煮売り師なんで、めんどくさい事は心の底から見逃して欲しいかな」
そんな師は断固として認められません。
「受けてくれたら海の幸をご馳走するよ」
「よろしくお願いします」
イカっ娘の一言であっさりとタンポポは陥落した。本当に扱いやすいオバケである。
「それじゃ膳は急げ、さっさと出発しようかみのりん。海の幸が待ってるんだもん」
「まだ出発は待って下さい。カレンが帰って来るまで待機していたいんですけど」
「別にあいつがいる必要ないんじゃないかな」
何を面白い事を言ってるのかな、この面白オバケは。
ヒロイン不在の冒険なんて、とても正気の沙汰とは思えませんよ。
「ヒロインなら目の前に立っているんじゃないかな、面白いなあみのりんは」
ボクの目の前には面白オバケしか立ってませんけど。
よくドヤ顔でヒロインを詐称できますね。ダンボールハウスが棲みかで、タダで手に入れたワカメを売って日銭を稼いでいるヒロインなんて嫌すぎるでしょう。
その点、カレンは完璧ですよ。優しくて素直で可愛くて頼りになる。ついでに家持ちです。
「私はあいつは暴力系ヒロインじゃないかなって思ってるんだもん」
あなたはカレンとのファーストコンタクトに失敗しましたからね。
「だいたいタンポポだって、不幸な出会いが無ければカレンと気が合う友達になれてたと思うんですよ」
「ふ、ふん、あいつの顔にうんこの落書をするまで、そんな日は永遠やって来ないかな」
カレンにそんな事をしたら、おでこに除霊のお札を貼り付けて永遠に封印しますよ。
うーん、本当はカレンを待っていたいけど、イカが切れた海の家では他にする事も無いし、今回はこのメンバーで行くしかないのかな。
「私も行くよ。調査の途中で皆がうっかりイカを獲ってくれるかもしれないし」
鬼っ娘摩鬼も参加表明してきた。どんなうっかりを期待してるんでしょうか。
「というわけでマーシャ、悪いんだけど海の家でお留守番していてくれるかしら。カレンが帰ってきたら伝えてね」
「アイアイサーお姉さま」
ボクはミーシアを海の家の隅に連れて行く。
「大丈夫ですか、あのドジっ娘を一人でお留守番なんて、海の家ごと波に攫われたりしないですか」
「マーシャを冒険に連れて行く方が何倍も危険でしょ」
「そうですねマーシャは普通の女の子なんだし、まあ仕方無いですね。お姉さんとしては、妹さんの身の危険を案じる気持ちはよくわかります」
「こっちの身が危ないのよ、私が何回沖に流されて溺れかけたと思ってるのよ。今度は全員流されて全滅しても知らないわよ」
なるほど妹という存在を持つと、命がいくつあっても足らないんですね。
というわけで、ボクたちはお留守番のマーシャを残して出撃したのだ。
今回はボク、タンポポ、ミーシア、魔王ちゃん、鬼っ娘摩鬼、イカっ娘の計六名ですね。
何だこの編成、人間の女の子が一人も居ない。
次回 「烏賊宮城へご招待」
みのりん、早速溺れる




