その5 イカ少女でゲソ
ひいい! 女の子だあ!
ずっとオジサンのお客さんばかりだったから、完全に油断していた。
水着姿で目の前に立たれるとか、とんでもない営業妨害もいいところだ。可愛いイカ焼きの店員さんを殺しに来るとは、なんと恐ろしい女の子だろうか。殺し屋に違いない。
「何だか酷い事を思われているみたいで、釈然としないでゲソが……」
「すみません……順番なんで……並んでもらえませんか」
「おい、割り込みは世界の悪だぞお嬢ちゃん」
「ご、ごめんなさいでゲソ」
並び直した女の子の順番がやっと来たようで、彼女は再びボクの前にやって来た。
一回排除したのに、またボクの前に立ちますかそうですか。並んだんだからそりゃそうですけどね。
「ま、まいどあり……一個……三ゴールドです」
「私はイカ焼きを買いに来たわけでは無いでゲソ」
「何で……並んでるんですか」
「並べって言ったのはそっちじゃなイカ!」
なにやらぷんすか怒っている女の子。お客さんと勘違いしてしまったボクがやっぱり悪いんだろうな。
この子はお客さんではなく、やはりボクを殺しに来たヒットマンだった。
「ごめんなさい……で……用件は何ですか。やっぱりボクの命ですか」
「さ、さすがに命までは取らないけど、私の愛すべき同胞たちを焼いて売っている、悪の秘密結社はこの店でゲソか。可愛いイカを焼くなんて、とても人間のやる事とは思えないでゲソ」
まあ鬼のお店ですけどね。
目の前に立つ女の子を改めて見る。白い水着に絡みつく長い髪も白だ、絵にしたら手抜きこいてんじゃねえと先生に怒られそうな感じである。
顔もまあ普通に可愛い、が、コミュ症のボクは顔はじっと見れないのでその下を見る。うん、この胸の感じはボクと同じ十五歳か。女の子が腕で胸を隠した。
えーと誰なんですかねこの子は。
「よくぞ聞いてくれたでゲソ、私が何者か――」
いや、聞いてませんけどね、心の中で思っただけで。
女の子たちはたまにボクの心の声に反応してきますよね、女の子とまともに喋れないからそれはそれでありがたいシステムなんですけど、たまに怖くなるんですよ。
え、声に出てましたかそうですか。
「私はイカむす――」
はい、ちょっと待ってください。ゲソゲソ言ってるから嫌な予感はしてたんですよ。
申し訳ありませんが、名前を改名していただけませんか。
「いや、そんな事言われても」
イカ息子にしましょう、スカートの代わりにズボンを穿けばいいんですよ。ズボンが穿けるなんて、どんなに幸せな事かわかってますか、あなた。
ズボンを穿きたいのに穿けずに、スカートを穿いてスースーと日夜戦っている女の子もこの世にいるんですよ、ええ、ボクの事ですけどね。
「ご……ごめんなさいでゲソ。でも、私が男装するとかっこよすぎてイカメンになっちゃうけど、いいでゲソか? まあ妥協してイカ少女にしてやろうじゃなイカ」
あーいけませんいけません、語尾もいけません。ゲソやイカはやめてそこはスルメにしときましょう。
それと、スルーしようと思ったけどやっぱりつっこみたい。イカメンてなんですか、お蕎麦ですか。
「イ、イカ少女でスルメ。めんどくさいなこれ、スルメ」
なかなか素直な女の子ですね。自分で要求しておいてなんですが、初対面なのに普通こんな要求聞いてくれないと思います。
イカ少女と言うからには、人間じゃなくてモンスターですかね。
「モンスターじゃなくて〝イカの娘〟という種族でゲ……スルメ」
なるほど、男の娘種族みたいな感じですね。
頭のおかしい種族仲間が出来て少し嬉しいです。
「イカっ娘という地方もあるスルメ」
ボクっ娘みたいな感じですかね。ボクは〝男の娘〟種族のボクっ娘です。
とりあえず中に入って下さい、この海の家の責任者はあそこでもんじゃを焼いている鬼っ娘ですから。
「鬼っ娘摩鬼……お客さん」
「んー? 誰? お客さん? 鬼っ娘って誰だっけ? 責任者って何だっけ?」
いい加減自分が何者なのか思い出して下さい。
「お前が悪の組織の首領か、所詮下っ端の戦闘員その一では全然お話にならなかったスルメ」
誰が戦闘員その一ですか! このボクをヒーとか言ってる戦闘員扱いなんて聞き捨てなりませんね!
訂正を要求します、何故ならボクは戦闘員より遥かに弱いんですからね!
「最近イカの乱獲で困ってたんだスルメ。この焼かれてる中に親戚とか紛れ込んでないか探しに来たでスルメ!」
怖い事言わないでくださいよ!
あれ? でもよく考えたら漁業権は買わなかったんですよね、じゃこの焼いてるイカはどうしたんですか鬼っ娘摩鬼。
「漁業権は高いから買ってないでオニ」
何で語尾で対抗してきたんですか。
「イカは鬼が島産直送だから、この辺のイカは取ってないよ、とんだ言いがかりだね! でもそろそろイカが足らなくなってきて、この辺のイカモンスターでも獲ろうかと思ってたところなんだよね、ねえイカのあなた」
「な、なんでスルメ」
「ちょっと手足の一、二本くれないかな、ゲソ焼きにして売るから。モンスターのイカでも大丈夫でしょ、どうせお客さんはわからない、味なんてわからない」
危ない危ない。ホラー関係は固く禁止します。
それとお客さんに丸聞こえなんですけど、大丈夫ですか。
「私はモンスターじゃ無いでスルメ。あーめんどくさい! スルメ取っていいかな?」
うん、ボクが提案しといて何ですけど、かなりすべってたので取ってもいいんじゃないでしょうか。ええ、それはもうだだすべりでした。
「うう、くそっ」
「私も語尾のオニを取ってもいいオニか?」
あなたは便乗してきただけじゃないですか!
遠くでボクたちのやり取りを見ていた魔王ちゃんがそわそわしだした。
あれですね、語尾に何か付けたくて仕方無い感じですね。
魔王ちゃんはイカ少女に応対したボクの代わりに、イカ焼きを売ってくれていたのだ。
「銀髪のお嬢ちゃん、イカ焼きおくれ」
「イカ焼き一本三ゴールドでマオー」
こっそりやってるんじゃないですよ!
「うむ、やはりしっくりこんな。わらわも語尾のマオーは取ってもいいか?」
いやもうむしろ付けてて下さい。
「ワカメー、美味しいワカメの兜煮一杯一ゴールドー」
「ちょっとタンポポ、そこは語尾にタンポポを付ける流れだったんじゃないですか?」
「な、何で私怒られてるのかな。語尾にタンポポとか、みのりん正気か? と問い質したいんだもん。たまにみのりんは変なセンスを炸裂するよね」
「ご、ごめんなさい」
ボクのセンスは時代を先取りしすぎていて、みんなが追いついてこれないのはよくわかってるんですよ。
「語尾にタンポポなんて、さすがの私も小学校まででやめたもん」
「やってたんじゃないですか!」
もっと前から時代を先取りしていた田舎の女子高生に追いつけない! くやしい。
「ところでひとつ疑問に思ったのですが、タンポポの村の小学校にはタンポポ以外に生徒はいたんですか? タヌキ以外で」
あ、タンポポが遠い目になった。
次回 「イカの乱獲は誰の仕業だスルメ」
みのりん、イカっ娘からイカ依頼を受ける




