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その4 カレンは忘れ物を取りに、ボクはイカを焼く


 そういえば、鬼が島から帰って来てからコロッケを売る姿を全然見ていないじゃないか。

 という事は……


「あはは、アルたち鬼が島に忘れて来ちゃった!」


 とんでもない事態がひき起こっていたじゃないですか!

 タンポポを忘れる事はあっても、アルクルミたちを忘れるなんてありえない事態ですよ。


「どういう意味かなみのりん」

「あ、帰ってたんですねタンポポ。あれ? ワカメはそれっぽっちですか?」


「ワカメ取りは従業員たちに任せて、事業主はさっさと帰って来たかな」

「今頃、何故自分たちだけでワカメ取ってはしゃいでいたのか、我に返って泣いてるかも知れませんね」


 かわいそうに……

 ステーキを奢ってくれた戦士たちに敬礼を贈りたい。


「それよりも、私を忘れた方が一大事だもん。お弁当を忘れて遠足に行ったくらいの事態だもん。当然バナナも無いんだよ?」


「とんでもない非常事態じゃないですか、死ぬしか無いですよその例えは。いや、だってあなたは移住が違和感無いくらい鬼が島の町にしっくりしてたじゃないですか、主にダンボールハウス的に」


 ボクの言葉に反応したのは紙芝居を見ていた鬼姫だ。


「おいこら、鬼の都をそれ以上侮辱すると怒るわよ。そんなに腹も立たないけど怒るわよ」

「そんなに腹が立たんのなら、怒らんでもいいじゃろ鬼姫」

「くうう」


 やめてあげて下さい魔王ちゃん、天邪鬼の鬼姫はこういう言い方しか出来ないのです。

 紙芝居は終ったみたい、魔王ちゃんに鬼姫がまとわり着いている。


「ねーねー、イカンゲリオンの続きはどうなるのかしら、イカ波がTNTイカ弾を持って突っ込んでどうなったの? 気にならないけど聞いてあげるわよ」

「気にならんのなら別にいいじゃろ」

「くうう」


「続きを知ってしまったら面白くないじゃろうが、それが紙芝居の醍醐味じゃ。続きを待ってこそ面白い」


 魔王ちゃんはそう言うけれど、紙芝居は続きをやってもらえ無い事もあるのである。

 あれはボクが幼稚園の頃だ。先生がやってくれた紙芝居は、男の子のお尻から何か出てきたという所でまた続きは明日となった。


 幼心にもの凄く楽しみにしてたのに、続きは永遠に来なかった。忘れたのか謎のクレームでも入ったのか。

 何が出たんだ一体。何故続きは闇に葬り去られたんだ。未だに永遠の謎としてボクの心を捉えて離さないのだ。


「うむ、それはきっと……」

「絶対に違います」



「仕方無い、私がアルたちを迎えに行ってくるよ! ねえ鬼姫、人間だけをちょいちょいっと鬼の魔術で転送できないかな」

「質問に答える気は全く無いけど、出来るわよ」


「ほんと? 良かった! じゃあお願いするね!」

「一緒に行ってなんかやらないけど、一緒に行くわよ」


 つくづくめんどくさい性格ですねあなた。


「じゃ、ちょっと行ってくるね、みのりん!」

「魔王、私がいない間にイカンゲリオンの続きなんかやったら処刑するわよ」


 鬼姫を引き連れたカレンは、手をぶんぶん振りながら元気に転送されて行った、行き先は鬼が島だ。

 ボクも一緒に行きたかったけど、ボクにはイカを焼く使命があるので仕方無い。


 何故ボクにそんな使命が課せられていたのかわからない。


「うむ、わらわも何故紙芝居担当になっとるのか、さっぱりわからん」


 リヴァイアサン問題は解決したのに、どうしてこの海の家は営業してるんですか。

 ボクたちの疑問に、鬼っ娘摩鬼が困った顔でイカもんじゃの手を止めた。


「うーん、実は今度はメガロドンが暴れてるんだよ、鬼が島の漁業を荒らしまくってくれるから、商売上がったりなんだよ」


 めがろ丼? やめて下さいよ、お昼ご飯終わったのにまたお腹が減ってきたじゃないですか。


『ぐう』




「やあ姫、息災かな」

「えーと」


 話しかけてきたオジサンは良く見たらこのマリーナンのご領主様だ。


 姫? 鬼族の姫はさっきカレンを乗せたタクシードライバーとして行ってしまったけど。

 いるのは鬼っ娘摩鬼しかいない。まあ彼女も公爵家のご令嬢なので姫といえば姫だろう。汗だくでイカもんじゃを焼いている姿は、とても高貴なご令嬢には見えないけど。


「鬼っ娘摩鬼……お客さん」

「ん? 姫? 姫って誰の事? 公爵令嬢ってなんだっけ。へい、イカもんじゃお待ち!」


 だめだこの人、自分の立場をすっかり忘れてるよ。


「ん? どうしたのかな青い髪の姫」

「姫ってボクですか」


 何でボクは毎度毎度姫呼ばわりされるのか。


「海の家の調子はどうかな? 姫」

「ご覧の通り盛況です。謎の販売方法がちょっと気になるところですけど、串を突き刺されるのはこの土地では流行ってるんですか」


「姫のお陰で新たなるブームが起きたのかも知れんな。何しろこのあたりではイカは殆ど食べないのだよ。イカは猫の食べ物だという認識だな」


 愛猫家が聞いたらこの土地が滅ぼされそうな認識ですけど、大丈夫ですか。腰を抜かしても知りませんよ。


「ん? 犬の食べ物はタマネギというのと同じくらいポピュラーな認識だが、違ったかな」

「ホントにやめてあげて下さいね。犬にもボクにもステーキを与えるという認識を徹底して頂けるとありがたいのです」


「ふむ、やはり君は賢いな。どうだ、うちで姫をやらんか?」


 何を言っているのかわからない。


 いや待てよ、もしかしたら息子の嫁にって話じゃないかな、もしくは養女? いやいや側室という線もあるな。玉の輿が転がり込んできてしまった。


「一月前まで姫をやっとった者が退職しての、枠が余ったのだ」

「姫って職業だったんですか。ボクは今のところジョブチェンジをする気は無いんですよ」


 そう、ボクは今、イカを焼くので忙しいのだ。お姫様なんかやっている場合ではないのである。

 ボクの職業ってイカ焼き屋さんだったっけ。


「気が向いたらいつでも言ってくれ、お手当てははずむぞ、50kで」

「怪しい勧誘はやめて頂けませんか、通報しますよ」


「まあ、そのうちに考えておいてくれ」


 口にイカ焼きが突き刺さった領主さんが、そう言いながら去って暫らくした後だった。


 唐突にそいつはやってきたのだ。このままイカを焼いて今日一日を平和に、うやむやにしようと目論んでいたのにやってきたのだ。


「ここが我が同胞を虐殺している問題店でゲソか?」


 ボクと同い年くらいの女の子が目の前に立ったのだ。

 ボクの平和な一日の終焉である。


 水着姿の少女がボクの前に立ちはだかり、あまつさえ話しかける。


 大事件である。


 次回 「イカ少女でゲソ」


 みのりん、イカっ娘と出会ったでゲソ



 紙芝居は未だに謎でゲソ


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