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その2 タダでご飯は何の遠慮もいらないのだ


 お腹が空いたのでそろそろお昼ご飯にしたいんだけど、海の家はここからが稼ぎ時である。

 手が空いた人から順次食べていくしかないのだ。


 今はカレンに代わってもらったボクくらいしか動けない。忙しくて『賄い』というのも無理なので仕方無いから一人で食べに行くか。


「待ってみのりん、私も行くんだもん」

「ワカメの兜煮はいいんですか?」


「失敗したよ。ワカメの在庫が切れた。ご飯食べるついでに仕入れに行こうかな」

「元手ゼロだからいい商売ですね」


 くっ付いてきたタンポポと歩いていると、ミーシアとマーシャも寄って来た。


「みのりんたちご飯食べに行くの? 私たちも一緒に行くわよ。マーシャが何度も水着を流されるから、回収するのに疲れてお腹が減っちゃったわ」


「えー流されたのは私の水着だけじゃありませんよ、お姉さま」


「ま、まさかミーシアの水着まで流されたんですか? バレませんでしたか?」

「マーシャ本体が流されたのよ」


 何やってんですかこのドジっ娘は!


「水着だけがプカプカ浮いてるのを見た時は、それはそれは焦ったわよ。そうそうあんな感じで」

「あれーお姉さまー、ぶくぶく」


 言ってるそばから流されていくマーシャを、ミーシアが慌てて回収しにいく。

 いろんな意味で危険なので、マーシャは波打ち際を歩くのを禁止します。寄せては返す波に、なんでいちいち律儀に流されるんですか。


 さて今から何を食べようか、さっとお腹に入れて海の家のお手伝いをしないといけないし、簡単なものがいいのかな。

 って何で店員をやらされてるのか、イマイチ釈然としないんだけど。


「何食べたいですか? ボクはカラアゲですね」

「カレー」

「スコーン」

「シュニッツェルとガレット」


「何だか一人だけ貴族的な超高級料理的なものが聞こえた気がするんですが」


「私の事かな」

「あなたはカレーでしょタンポポ。庶民から一切ブレてませんよ」


「それにしてもみのりんはよく超高級料理名だってわかったかな、私なんて何かの呪文だと思ったんだもん」


「そこはタンポポとボクとの経験の差ですよ。ふふん、こう見えてもボクはギルド食堂の申し子ですからね。メニューに無くても何となくニュアンスでわかるんですよ」

「さすがみのりん、尊敬する」


 タンポポの尊敬の眼差しがボクに降り注ぐ、悪くない、悪くない気分だ。


「あのね、みのりんとタンポポ。盛り上がってるところ悪いんだけど、マーシャが言ったシュニッツェルもガレットも、別に高級料理でも何でもないのよ」


「はーやだやだ、これだから貴族の子は、はーこれだから。普段自分たちが食べてる物がどんなに高級なのか、全然わかってないんだもん。自分たちの感覚が、庶民とどれだけズレてるか理解してないかな」


 ボクもタンポポの意見に同感です。


「大体スコーンすら私にはなんのこっちゃかわからないんだもん。こけた時の擬音じゃないのかな」


 それは同感できませんでした。


「スコーンくらいボクも知ってますよ。トウモロコシで作ったスナック菓子じゃないですか」


「ああ、知ってる! お爺が町の移動販売車から一回買ってきた。村全員で分けてお婆が神棚にお供えしてたよ。私は食べようとしたらトンビに攫われて食べられなかったんだ、悲しい出来事だったんだもん」


 一体どんな田舎なんですか、タンポポの住んでた所は。


「何だか二人の会話を聞いていて悲しくなってきたわ、ごめんなさい、ホントごめんなさい。ほらマーシャも」

「は、はい、ごめんなさい」


 どういうわけか謝られてガラスのハートが傷ついた。ボクもハイカラな食べ物に耐性が無いのかも知れない。

 傷心のボクがとぼとぼ歩いている時だ。


「ねえねえ彼女たち、どこから来たの? みんな可愛いねー、俺たちと一緒に遊ばない?」


 きた、コッテコテのナンパである。こんなナンパの仕方するんだと感心してしまうくらいコテコテだ。


 声をかけて来たのは四人のお兄さんたちだ。みんなニコニコとボクたち四人の女の子にまとわり付いている。

 しかしこんなコテコテナンパで成功すると思ってもらっては困るのだ。世の中は厳しいのである。


「すみません、ボクたちはこれからご飯を食べに行くので一緒に遊べません」


「ご飯奢るよー」

「奢られましょう、よろしくお願いします」


 ナンパは一発成功である。

 勘違いしてもらっては困る。お兄さんたちに奢ってもらって食費を浮かせる作戦が成功したのだ、これは計画的なのだ。


「彼女たちは何食べたい? 奢っちゃうよ」


「モーモーステーキ」

「うな重特上大盛り金箔仕様松茸付き」

「フカヒレスープキャビアましまし」

「フォアグラのソテー、トリュフソースで」


 若干食べたい物のグレードが上がった気がするけれど、気にしてはいけない。タダならば何の遠慮もいらないのだ。

 お兄さんたちが若干固まった気がするけれど、気にしてはいけない。相手が奢ると口にしてしまった以上は、何の遠慮もいらないのだ。


「楽しみね、ありがとうお兄さん」

「そうですね、ボクからも感謝の意を表します」


 ミーシアがにっこり微笑む。ボクも微笑んで彼らの退路を断つ。

 可愛い女の子たちにこうも期待されては、戦士は戦うしかないのである。


「おう、まかせろ。この先に行き付けのレストランがあったはずだから、そこに行こうか」

「おい大丈夫か? その店安いのか?」

「知らん」


 さては全然行きつけじゃありませんね。ちょっと可愛そうになってきました。


「ボクはその辺で売られてる適当な串焼きでもいいですよ」


 正直食べられれば何でもいい、串焼きだってボクには高級料理だ……タンポポ、世界の終わりみたいな顔するのやめてください。


「いや、ちゃんと奢るぞ。可愛い女の子の食べたい物なんか、ポンと食わせてやってこその男だ」

「そうだな、俺は青い髪の子にモーモーステーキを食べさせる為にこの世に生を受けた身だ、これは運命なんだ」


 どんな運命ですか。

 あなたが生まれた頃、ボクはこの世界とは縁もゆかりも無い存在ですけど。


「お前ずるいぞ、青い髪の子にモーモーステーキを奢るのは俺の運命だ」

「いやいや俺こそが運命だ」

「馬鹿言え運命は俺だ」


 何だこれ、ボクもしかしてモテモテじゃないですか。四人のお兄さんたちが美少女ミーシアよりもボクを争ってますよ。まあ、ボクも美少女度にはそこそこ自信ありましたけどね。

 何だか恥ずかしいような嬉しいような。ミーシアの笑顔が張り付いてて怖いんですけど。


「お前一人だけモーモーステーキで逃げようったってそうはいかんぞ」

「そうだそうだ。モーモーステーキだけ、たかだか二十ゴールドで済むもんな」

「他のは桁が違うんだよ、安い青い髪の子は誰にも渡さん」


 ちょっと涙目になった。


「ま、間違えました。モ、モーモーステーキにソーセージ二本、デザートにアイスクリームとお饅頭にします!」


 お兄さんたちがボクを凝視する。

 と、とんでもない要求をしてしまった。お兄さんたち四人からこの金食い虫めと、怒りのラリアットとか食らったらどうしよう。


「桁違いで安上がりの青い髪の子は俺が奢る」

「いや安い子は俺だ」

「安い青い髪は誰にも渡さん」

「まてまてその安い任務は俺が引き受けよう」


 なんなんですか一体! モーモーステーキにこれだけのとんでもオプションが付いて安上がり? ボクが安上がり?

 二十ゴールド以上が飛んでいくのに、たかだか?


 安い少女を連呼されて涙目なんですけど。

 この人たち王族か何かですか。それならばもう遠慮しません、恐怖に震えるがいい。


 ソーセージは三本にしてやります、後で泣いたって知りませんよ。


 次回 「ボクは鋼鉄の少女になる」


 みのりん鉄の意志で海の家に帰還する。

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