その30 人魚が出てきたんですけど
『ズドオオオオオオオオオオオン!』
ミーシアが放った火炎爆発魔法。
辺り一面を焼き尽くす炎。そこが山だろうが海だろうが町だろうが関係がないのだ。町はさすがに迷惑すぎるか。
焼き尽くす!
全て焼き尽くす――!
ついでに水蒸気爆発のオマケ付だ――!
「ふー! もの凄い火力だった。私も頑張ったよ、かっこよかったでしょ!」
そ、そうですか。
もの凄い火炎の渦の横で、パタパタとイカを焼いている鬼っ娘摩鬼の姿は、かっこいいと言えばそうかもしれない。でも認めたくない。
「あっはっははははははは!」
炎と黒煙の中で高らかに笑うのはミーシアだ。相変わらず幻想的でちょっと怖くも美しいシーンだ。
リヴァイアサンが燃える。
海も燃える。
イカも燃える。
ミーシアも燃えている。
「お姉さまが燃えてる、大変! アチアチ。水! 水かけなきゃ! 水、目の前にあった!」
ミーシアが妹にタックルを食らって、姉妹は一緒に海にザブーン。
突然のタックルに、ミーシアの首がカクンってなってたけど大丈夫ですかね。
二人はすぐにプカっと浮いてきた。
「いたたたたた、痛いわよマーシャ、火傷に塩水はちょっときっついのよ」
「ご、ごめんなさいお姉さま」
「まあいいけどね、もう回復したから。それにこの痛み、これはこれで気持ちいいのよね」
変な世界に目覚めないで下さいねミーシア。
海の家から取ってきたイカの柄のバスタオルを、水着が焼けちゃったミーシアに渡してあげる。
「みのりんのセンスってたまにどうなのかって思うのよね。まあ個性があって斬新だけど」
「そうですねえお姉さま、このタオルの柄はないですね」
ボクの名誉の為にも言っておきますけど、誤解しないでもらえますか。この海の家、イカしか無いんですよ、イカしか。
でもイカのバスタオル、可愛いと思って自信満々に渡したんですけど、だめでしたか。ちょっとショックを隠せないです。
ところでリヴァイアサンはどうなりました? 蒲焼になった!?
『ぐう』とお腹を鳴らしながらモンスターを見ると、裏返ってプカプカ浮いているようだ。
どうやら爆発と同時に水に潜った為に、身体自体は完全に焼けずに済んだが高熱と爆発でカクン寸前の様子だ。
今、まともに動けそうなのはボクだけだ。
も、もしかしてこれって、ボクの木の棒でもトドメを刺せるんじゃ――ごくり。
初撃墜がまさかのリヴァイアサン? ついにボクの木の棒にキルマークが付く日がやってきたのだ!
そーっと近づいて行く、木の棒でリヴァイアサンをポカンとやろうとした時である。
「うちのペットのリーちゃんに、なんて事してくれるんですか!」
「ひいいい!」
海の中から突然飛び出してきた女の子に、ボクは盛大にひっくり返って海の中に突っ込んだ。
物語に出てくる美少女ヒロインとしては、絶対に見せてはいけない格好である。
でもこればかりは仕方ないのだ。
女の子の襲撃、こんなに恐ろしいものはないのだ。
「素晴らしい! 高得点!」
「あの青い髪の少女にお礼のソーセージを!」
海岸で鬼のオジサンたちが何故か騒いでいるけど、わけがわからないから無視しとこう。ソーセージは貰いますけどね。
「まったく、まったく! 寄ってたかってリーちゃんをいじめるなんて許せない! 弱いものいじめ反対!」
弱いものいじめなんかした覚えが、とんと無いんですけど……
ぷんすか怒りながら海の中から登場したの女の子。顔を見るのは恥ずかしいので、視線を下に外すと胸は貝で隠してある。
うわー貝のブラだよ! これは正視できない! さらに下へと目線の緊急避難だ! えーと下は……魚?
上半身が女の子で、下が魚――
こ、これって――
「半魚人?」
「人魚って言ってよ!」
「おーアクアクじゃないか、久しぶりじゃのう」
魔王ちゃん脱出できたんですか、ヤドカリに耳を挟まれてますよ。
隣にはドヤ顔で立つシロの姿がある、なるほど、ここ掘れわんわんしたんですね。ついに花咲か爺さんのお話も参戦してきたようです。
人魚の女の子は魔王ちゃんに手を振っている。
「やっほう、まーちゃん!」
「うむ、まーちゃんではなく、まお、もがもが」
余計な事を言い出した魔王ちゃんをもがもがさせるが、ボクももうすっかり手馴れたものである。
魔王ちゃんもがもがスキルはもうボクのものだ。
「ねえみのりん、もがもがちゃんは何を言いかけたの?」
「毎回聞かずにはいられないんですかミーシアは。ほらそんな事より、海の家に水着が売ってたからさっさと着替えて来て下さい」
「そ、そうね、どんな柄の水着があるのかしら~♪」
残念なお知らせですが、イカしか無いです。
ミーシアは海の家に入って三秒で着替えて出てきた、なんという早着替えのスキルですか、バレないように隙がありませんね。
「み、みのりん、失敗したわ……」
しかしミーシアは青い顔で出てきたのだ。ま、まさか誰かに秘密を見られちゃいましたか?
「この海の家、イカの柄の水着しか売ってないのよ……」
だからさっきからそう言ってるでしょ! ミーシアはどこから見ても可愛いんだから、イカの柄でも無敵です。
それにちょっと可愛い柄だと思ってるんで、これ以上ボクにショックを与えないでください。
「わーミーシア可愛い! イカしてる!」
「カレンほんと? 可愛いのならいいわ」
相変わらずチョロいですねミーシアは。
カレンの褒め方にも一言言いたい気もするけど、カレンだからいいのだ。タンポポだったらダメなのだ。
「どういう事かなみのりん、私だってたまには小洒落たジョークの一つもビシっと決めてもいいと思うんだもん」
あなたの外の人はオジサンですからね。寒いオジサンギャグで、みんなが風邪を引いたらどうしてくれるんですか。
「ところでミーシア、回収しなくていいんですか、アレ」
「え? ああっ! マーシャ!」
波に攫われて離れて行くマーシャを、慌てて追いかけていくミーシア。
さっきミーシアと一緒に海の家に行こうとして、転んで海に流されたのだ。
文字通り流れるようなドジっ娘動作である、とても素晴らしいものを見せてもらった。
ボクたちはまだこちらでお話があるので、あのドジっ娘はお任せします、健闘を祈ります。
「ところで……二人は知り合い?」
姉妹による激動の救出劇を背に、魔王ちゃんと人魚の子に振り返り尋ねてみる。
「うむ、こいつはアクアク」
「アクアクアです、まーちゃん」
「マーシャ手を伸ばして!」
「お姉さま! あーれー!」
「うむ、わらわもまーちゃんでは無いけどな。このアクアクはな、この前海で溺れたマヌケな人魚を、わらわが助けたという話をしたじゃろ? それがこいつじゃ」
「あの時のまーちゃんは素敵だった」
お互いに名前を直す気は無いようだ。
復活の山でカレンの師匠のお話を聞いた時に、そういえばそんな事言ってましたね。
「お姉さま! ぶくぶく」
「ちょっ! マーシャしがみつかないで、沈む、沈むから!」
話の邪魔だからさっさと救出してください!
次回 「鬼姫と魔王ちゃん」
大団円の裏で勝手に壊滅していた鬼の都




