その9 外で服を着替えるのも女の子は大変だ
気を取り直して洗濯場までやって来た。
服屋さんで試着室を借りて着替えてから行こうかとも思ったが、こんな服を着て通りを歩いたら、足を三十分ガン見されただけで瀕死になったボクなんかマジで死んでしまいかねない。
そのくらいの破壊力がこの服にはあるのだ、まさか呪われたアイテムじゃないだろうな。
幸い洗濯場には誰も居ない、もうすぐ夕方になろうかというこの時間に洗濯をする人が居ないのは大助かりだ。
しかしここでは着替えようにも橋の上から丸見えなので、人目を避けるべく橋の下に入って着替え始めたのだけど、これが大変。
まずスカートだが、上からマイクロミニスカートを重ねて穿いて、次に下のを脱ぐ作戦だ。
なるほどこれならいけそうだ、ボクは中々素晴らしい脱衣法を編み出してしまったようだ、もしかして天才か。
だが下のスカートを下ろす時に、危うくパンツまで落ちそうになり卒倒しかけた。
雑に脱いでは危険なのだ、精密機械と一緒である。
問題は上だ。
いきなりがばっと脱いでしまえばいいと思うだろうか、しかしとんでもないのである。
誰かに裸を見られるかも知れないという恐怖が尋常じゃなく大きい、こんな感情は今までに無かったぞ。
そして何より問題なのは自分で自分の胸を見たが最後、こんな涙が出る胸でもボクは気絶してしまうだろう。
女の子の胸を直に見るなんて大冒険は、まだまだボクには早いのだ。スキルも経験値も足りない。
人が沢山いる外で上半身裸で気絶するのも怖い。
風邪をひいてしまうからだ。
まず紐キャミソールを上から装着し、今まで着ていた服の肩紐を肩から抜く。
そういえば女の子達がこういう服の脱ぎ方をしてるのを見た事あるわ。
袖から脱ぐのが不思議だったけど、色んな理由でガバっといけないんだろう。
モゾモゾと両肩を抜いた所で紐キャミソールをキチンと合わせて、下の服をゆっくりズルズルと腰まで下げて脱いだ。
一ミリもズレてはいけない、パンツも落ちないように慎重に。地雷を処理するような精密で慎重さが求められる作業なのだ。処理した事ないけど。
自分がこんな脱ぎ方をした、そして女の子の服を脱いだ、というだけで心臓バクバクの顔真っ赤である。
ボクはやり遂げた、女の子の服を着替えるという恐ろしい行為をやり遂げたのだ。
一歩間違えたら生死の境をさ迷う事になってたかも知れないのだ。
転生してからここまででの最大の試練だった。
しかし問題はここからだ。着替え終わったボクの姿を考えれば、もう橋の下から一歩たりとも出たくない気持ちだ。
出たくないのだが、いつまでもこんな所にいてもどうしようもない、どんどん気温は下がってくるのでこんな格好をしていたら本当に風邪をひく。
橋の下からそーっと出ては、橋の上を歩く人を見つけて慌てて引っ込むのを数回繰り返した。
完全に不審人物もしくは小動物である。怖いんだから仕方無い、でも行くしかないじゃないか。
意を決して戦場に向かった、洗濯場だけに洗浄の誤字ではない、これから戦いなのだ。
なにしろ、今のボクの姿を見て欲しい。
胸はかろうじて隠れているが、お腹丸出し背中丸出し、スカートもお尻をキッチリ隠せる様子はない。
これから服を洗っている時に、屈んだりしゃがんだりしなければいけないのである。
敵(視線)がこの戦場に現われるまでの間に、任務を遂行しなければならないのだ。
さあ、やるぞ! と川の縁に立って洗濯物を持って屈んだら、先ほどカレンに土下座してたオジサンが、まるで休憩でもしに来たような様子でボクの真後ろのベンチに座った。
オジサンを見る、オジサンは横を向いて口笛を吹いている。
いつものボクなら休憩に来たのかな、くらいにしか思わなかっただろう。
しかし、カレンが言っていたじゃないか、この人は洗濯をする女の子のスカートの中を覗こうとするオジサンだと。
屈もうとしてまた振り向く、オジサンはさっきより低い体勢になってた。
「あの、向こうへ行って頂けませんか、土手の上にもベンチがあるじゃないですか」
オジサンはボクの方に向き直ると。
「さっさと洗濯を始めてくれんかね、こっちも暇じゃないんでね。オジサンの貴重な時間を奪わないでくれんかお嬢ちゃん」
開き直ってきたこの人!
いっその事カレンを呼びに行こうかとも思ったが、この姿をカレンに見られるのはキツイし、通りをコレで歩けない。
こっちも覚悟を決めるしかなかった。
この人はもういい! 疲れてやってきたただのオジサンだ! 後ろからなら視線は感じ無いはず!
敵を一つに絞るのだ、この状況で一番会敵したくないのは約一名。ぼかす必要も無い、やたら抱きついてくるボクの背骨の敵あのモンクのマンクだ。
昨日はこの時間にはもう飲んでたから、今日もギルドで飲んでるかもしれない。
川に服を浸けて洗い始めた。
気になってついオジサンを見てしまうと、ベンチで横になって下からこっちを見てた。
腰が抜けそうになったから、もう絶対見ない!
とにかく、このオジサンはもういいから、終わるまでにあいつにだけは絶対に見つかりませんように!
そう唱えて川に向きなおすと目の前に筋肉男がいた――
「あ、みのりんちゃんだ!」
ボクは一旦視線を外す、あはは幻覚を見てしまった。悪い夢だ。
ゆっくりともう一度視線を戻す、硬直したままのゆったりとした二度見である。
「あ、みのりんちゃんだ!」
うん、このモンスターは幻覚ではないようだ。
次回 「水辺から筋肉モンスター現る」
みのりん、洗濯場での攻防戦をする。




