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その4 馬車の旅、これぞ冒険の醍醐味


 初めての馬車の旅、ボクはワクワクしながら命の危険を感じているという状態だ。


 モンスターに襲われるかも知れないという危険ではない、馬車の中は女の子だらけなのだ。

 正直、これほどまでとは思っていなかった……生きた心地がしない。


 他のオジサン客も一人乗ってはいるが、その馬車は殆どボクたち一行で満杯だったのである。


 ボクはカレンやアルクルミ、サクサクたちに囲まれて生きた心地がしないが、馬車が揺れる度にゆっさゆっさする彼女たちのとある部分で幸せも感じていた。


 やはりこれはボクにとっての憧れ、いつも恥ずかしくて視線を落とした先でボクを暖かく見守ってくれていた優しさでできた世界の宝なのだ。

 この幸せがある限り、ボクはこの地獄の馬車の中でも生きていけるのだ。


「ごめんね、キス、アル。突然誘っちゃって」

「いいよ、カレンに誘われて三秒で文句を言う親父をぶっちぎってやったぜ。それに最近コロッケ作りのジャガイモ潰しで肩もこってたしな」


「キスが突然飛び出していくからどこに行くのかと思ったよ。でもオジサンは私がちゃんと頼んだら了承してくれたよ」

「うちの親父、カレンがお気に入りだからな。これから余計な事を言い出したら全部カレンに阻止してもらおうか、これは名案だな」


 お魚屋さんの娘、キスチスがカカカと笑う。


「いつでもうちの子のお嫁に来ていいよって言われた」

「おい、どういう事だよあの魚屋の親父」


「私も温泉行きたかったのよ。やっぱりうちもお父さんが文句言ってた、店はどうするんだ、コロッケどうするんだって。でもお父さんも慰安旅行でしょっちゅう温泉に行ってるんだから、私もいいよねえ」


 とは、お肉屋さんの娘アルクルミである。


「お父さん、せめてジャガイモ潰す役のキスは置いてってくれって言ってたよ」

「おい、どういう事だよあの肉屋の親父。何で魚屋の私が肉屋でジャガイモ潰しをやらされてるのか、未だに理解できてないんだけどな」


「あはは、あのオジサンらしいね! でも男の子だからでしょ、力仕事は男の子がやらなくちゃね」

「おい、どういう事だよカレン。お前なあ、一回腹を割って話をしないといけないと思ってたんだよ。私は女だぞ、一緒に風呂に入った事も何回もあるだろ」


「いっつも男の子みたいな格好だから、ついうっかり忘れちゃうんだよね!」

「うっかり忘れんなよ、記憶力無いのかよ」


 アルクルミがじっとボクを見ている。

 しまった、さては恥ずかしくて視線を落とした先で、幸せを感じていたのがバレてしまったのか。


 この中でアルクルミが一番女の子という言葉に相応しい存在なので、彼女に気付かれるのは一番ダメージがくるのである。


 うう、ちょっと恥ずかしい……恐らくボクの顔は真っ赤だろう。

 な、なんとか口笛でも吹いてごまかそうかと思ったけど、緊張しすぎてどこかの口笛が吹けないオバケみたいな事態になりそうだからやめた。


 カレン、アルクルミ、キスチスの幼馴染三人娘の呑気な会話が続く中、そのタンポポは何をしていたかというと、カレンの後ろに忍び寄る機会をうかがっている様子だ。


 ああ、なんだかとても懐かしいシーンです。

 でも大人しく座ってて下さいタンポポ。


 残ったもう一人の女の人、サクサクは……


「あひゃひゃひゃ! おんせんさいこー!」


 温泉を(さかな)に酔っ払っていた……まだ温泉にも着いていないのにだ。

 馬車に乗って十秒で飲み始め、現在ご機嫌な状態なのだ。


「なあ、一つ聞いていいか? 何で俺だけ馬車の屋根の上に荷物と一緒に座らされてるんだ? 小雨が降ってきたんだけど」


 雨が降ってきたところで、マンクがようやく自分の扱いに気がついたようだ。


「だってあんた、この狭い馬車の中に女の子たちと一緒に乗れる? ちょっと揺れたら接触しちゃうんだけど。女の子に触って干からびちゃえば、どうせ荷物扱いになるんだから同じ事だよね」


 カレンの言うとおり、女の子に触れるとレベルその他がごっそり低下するモンクという職業は、本当にやっかいなのだ。

 何でついて来ちゃったんだこの人。


「それに馬車の屋根を通じて女の子に触れてるんだからいいでしょ?」

「おお! そうだった! 俺は今女の子に触れてるんだ! これが女の子の感触かあ」


 またこれか、きっと屋根に頬ずりしている筋肉男の図がそこにあるんだろうな。

 後続の馬車のおっちゃんが変な目で見てますけど、大丈夫ですか。


 でもちょっと羨ましい、ボクはさっきからこの狭い馬車の中で、連れて来た犬のシロを胸に硬く抱き締めて緊張状態なのである。

 まさかシロがこんな所で役に立つとは思わなかった、犬一匹分の壁がボクの生命線なのだ。


「ボクも上に……」

「ダメだよみのりん、雨が降ってきてるんだから風邪ひいちゃう。ほらマンクもこの袋被ってて!」


 カレンがマンクに雨避けの袋を渡そうとした時である、馬車が急停車したのだ。


 弾みでボクはカレンたちの方に飛んで行って、カレンとキスチスに抱きかかえられて死に掛け、アルクルミはもう一人乗っていたオジサン客に、セクハラ反撃スキルを見舞っていた。


 たぶん衝撃でオジサンが、アルクルミのスカートの中に頭を突っ込んだか何かしたんだろう。


 サクサクはお酒をこぼしてしまい、それを見てガチ泣き。

 カレンの後ろに忍び寄ろうとしていたタンポポは、衝撃で馬車の窓からスポーンと発射されて飛んでいった、だから座ってて下さいと言ったのだ。


「何があったの!」

「すみませんお客さん。前方にモンスターが出ました」


 カレンの問いかけに御者のオジサンがすまなそうに答える。


 きました! お約束のヤツですね。馬車の旅の途中でモンスターに襲われる、これぞ冒険の醍醐味です。

 ボクは今、冒険のまっ最中なのだ!


 前を見ると一匹の〝のっぱらモーモー〟が立ち塞がっていた。


「あれは〝のっぱらモーモー〟じゃなくて〝あばれんぼうモーモー〟だよ。ほらよく見て、ドリル角の先っちょが六角になってるでしょ」


 よくこの距離でそんなものが見えますね、角が生えてるかなーくらいしかわからないんですけど。


 カレンのモンスター解説は続く。


「〝あばれんぼうモーモー〟は危険なんだよ、普通のモーモーの数倍の強さのモンちゃんなんだ、そしてもっと危険なのは……」


 もっと危険……ごくり……


「お肉がめっちゃくちゃ美味しいって事なんだよ! スパイクトルネード!」


 飛び出したカレンに、モンスターはあっという間に真っ二つにされてしまった。


 ボクの冒険の醍醐味は一瞬で終わったのである。

 せめてもう少し危険に陥るとかあっても良かったんじゃないだろうか。


 でもその夜の晩ご飯は豪勢なものになった。

 草原の真ん中で馬車隊は野宿したのだが、他のお客さん全員にもお肉が振舞われ、カレンは皆に感謝されたのだった。


 カレンが言ったとおり、確かに危険なモンスターだった。


 お肉にかぶりついた時、それの美味しさで脳をやられたボクは、何をしにこの旅に出たのかサッパリ忘れてしまったのだ。

 タンポポも忘れたようである。


 もうボクの視界にはお肉しか入っていない、ここはどこだっけ、タンポポって誰だっけ。

 カレンが宙に浮かんでいるみたいだけど、あはは、幻覚まで見えているようだ。


 あばれんぼうモーモー! めちゃくちゃ美味しいじゃないふぁ!


 次回 「サクサクは叫ぶ『おんせーん!』」


 みのりん、脱出に失敗、女風呂に連行される

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