その3 なんでボクの足を鑑定するんですか
客が去った後、マジックアイテムが羨ましくて暫らく指を咥えていたボクだったが、この鑑定屋さんにやって来た本来の目的を思い出す。
それは、ボクの初期装備『木の棒』の鑑定だ。
謎のアイテムだの、マジックアイテムやネギを売ってるようなこのお店ならわかるかもしれない。
うん、ネギは関係ないか。
もしも木の棒が、マジックアイテムだったりしたら! ボクの期待はどんどん高まっていく。
例えばこの木の棒が、魔法のステッキならぬスティックだったりしたら!
ボクは魔法少女みのりんに変身!
は、どうでもいいとして。スティックを一振りして〝やんばるトントンステーキ〟や〝同ハンバーグ〟を出し放題じゃないか。
なんという幸せ、人生に勝利したようなものじゃないか。
ん、まてよ。さっきどうでもいいと〝変身〟の部分を切り捨ててしまったが、もしかして変身によってボクの閉ざされたおっぱいを、夢を乗せられる物体に変える事も可能なのではないか。
と、とんでもない事に気がついてしまった。ボクの人生がこの先ばら色に輝くか否かは、この木の棒にかかっていたのだ。
希望にときめいてきた、まさしくこれが胸が膨らむというやつだ。
これで全て解決だ、と夢見る気分でふわふわしていたら、じっとこちらを見ている店主に気がついた。
いけない、夢見る少女をオジサンに目撃されてしまっていたのか。
何もなかった事にして店主の方に歩いて行こうとすると、さっきの客がまた入って来てボクを鏡に映してまた出て行った。
何回ボクを映す気ですか、そんなにマジックアイテムを見せつけてきて、ボクを羨ませたいんですか。あー羨ましい!
「ごほん」
気を取り直して店主に近づいたボクは、自分の数少ない所有物で最大の謎『木の棒』を腰から取り出した。
「あの、これを鑑定してください」
「百ゴールド」
「え……」
「百ゴールド」
口数の少なそうな店主が繰り返した。
「えーと、鑑定にお金がかかるとは思ってなくて……お金持って無いんですごめんなさい、また来ます」
無駄足だったかとションボリ帰ろうとして、もう一つ大事な用を思い出す。
鑑定屋さんに行くのなら……とおつかいを一つ頼まれていたのだ。
「そうだった、これギルドの受付のお姉さんからです」
出かける前に渡された封筒を店主に手渡す、このおつかいの駄賃が昨夜の宿泊代らしい。
店主が封筒の中の紙を取り出して読み始めた。少し緊張しているようだ。
ボクにはちょっとした期待があった。
実はこれがボクの紹介状で、受付のお姉さんから『ただで鑑定してあげて欲しい』とか書かれいたりして。
それを持たす駄賃と称して宿泊代もチャラにする、というお姉さんの粋な計らいだったらとてもカッコイイじゃないか。
何せ馴染みの店を紹介したお姉さんは、鑑定にお金がかかる事も知っているだろうし、ボクがスッカラカンなのも知っているのだ。
覗いたわけじゃないけど、期待してなんとなくその紙を見てしまう。
――ツケ払い請求書――
飲み代として 百ゴールド
――――ギルド食堂・うまい堂
あの人ガチだよ! ホントについでにおつかいを頼まれただけだったよ!
期待も虚しく帰ろうとして店主に呼び止められた。
何故だか鑑定してやるからそこに立ってろというのだ。
鑑定が始まった。
店主は全く動かない――ボクもヘビに睨まれたカエルみたいに動けない――
先ほどからこの店のオジサンに凝視されているのだ。
スカートから突き出たボクの足に、無言の店主の視線が突き刺さる。
「どこを鑑定しているんですか……違うんです、鑑定して欲しいのはそこじゃなくて……あのやめて欲しいんですけど……」
ちょ……足をそんなガン見されると、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……あぁ……許してください……
あまりの長時間のガン見に、心の声ですら思わず敬語で懇願しだしたボク。
どこを見られているかはっきり意識できると、こんなにも恥ずかしいとは思わなかった。
微動だにせず見つめるその店主の目がこれまた怖い、その目力は光線でも出してきそうな勢いなのだ。
ただで鑑定してやる腹いせに料金分は見る、みたいな目だ。
もしかしてこの鑑定士の目には、スカートを透視する能力があるのではないか、そんな疑問が湧くくらい凝視してくる。
こうやって見つめられる事なんて今まで全く無かったから、オジサンの足を凝視する攻撃がこんなに効くとは思わなかった。
ヒットポイントがシューっとゼロに近づいていく。
もじもじ半泣きになるまでの時間、たっぷり三十分は凝視されたのである。
『ボクの足』にかかった謎の鑑定時間、三十分。
『木の棒』、二秒。
持って裏を見て
「木の棒」
それだけだった。
ほうほうのていで店の外に出ると、さっきの鏡の客が他の女の子を満面の笑みで映している。
何をやってるんだあの人は。
ボクが店の外に出たのに気が付いたオジサンは、また戻ってきてボクを映し、マジックアイテムを見せつけて来て羨ましさでボクを涙目にした後で。
通りを歩く赤い髪のポニーテールの女の子に目を付けたらしく、その子を映してバックドロップを食らった。
マジックアイテムを他人に見せつけて羨ましがらせると、ああなるのである。
いつかボクもマジックアイテムを買おうと心に決めて、他に行く所もないので冒険者ギルドに戻ると中は結構賑わっていた。
まだお昼前なのにもう飲んでいる冒険者もいる。
酔っ払いはウェイトレスさんのお尻を触ってお盆で殴られていた、華麗なる往復ビンタだ。
一応受付のお姉さんに報告しよう。
「そうですか、木の棒でしたか。でも鑑定士にも未知の領域がありますから、まだがっかりしないでくださいね」
なるほどそうなんだ、まだこの木の棒がマジックアイテムである可能性は無くなっていないんだ。
ちょっと心がウキウキした。
「紙……渡……」
「渡して頂けましたか、ありがとうございます。見たらすぐに鑑定してくれたでしょう?」
「……?」
「あれは脅迫状なんですよ」
ポカンとするボクを見て、お姉さんは楽しそうに微笑んだ。
次回 「洗濯場の戦い、スカートの中に幸せはあるのか」




