第35話 甘く揺れる二人の時間
公爵家での挨拶を終え、夕暮れの柔らかな光が差し込む廊下を、ふたりはゆっくりと歩いていた。
リリアーナはまだ少し緊張している。
「レオニス様……今日は、本当にありがとうございました」
「気にするな。君の緊張は俺が全部受け止める」
レオニスは自然な笑みを浮かべ、手を差し出した。
リリアーナはその手をそっと握り返す。胸の奥が熱くなるのを感じた。
廊下を曲がり、重厚な扉の前に立つ。
「ここが俺の部屋だ。少し休むか?」
リリアーナは頷き、静かに中へ入る。
書棚に囲まれた部屋は暖炉の柔らかな光で満たされていて、心地よい静けさがあった。
「……広いですね」
「必要なものだけ揃えている。」
レオニスは微笑みながら、椅子に腰掛けた。
「座っていいぞ」
リリアーナもそっと隣に腰を下ろす。
二人の間にはまだ少し距離があるが、その距離が互いの存在を強く意識させた。
「……今日は、本当に緊張しました。公爵家に伺うなんて、思ってもいませんでしたから」
「俺も、君のご両親に会うのは少し緊張した。だが、君が傍にいてくれたおかげで、安心できた」
その言葉に、リリアーナは顔を赤くする。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは俺のほうだ」
レオニスの瞳が彼女をまっすぐに見つめる。その視線に、リリアーナは胸の奥がざわつくのを感じた。
「……レオニス様」
「ん?」
「わ、私……こうして、ずっと一緒にいることが……」
言葉が途切れ、頬が熱くなる。
レオニスはその様子を見て、そっとリリアーナの手を取り、指を絡めた。
「……俺もだ。君といるだけで、心が落ち着く」
暖炉の火が二人の影を揺らす。沈黙が心地よく、二人の鼓動が重なる。
レオニスはゆっくりと距離を詰め、彼女の肩に腕を回す。
「怖がらなくていい。俺は君を傷つけたりはしない」
リリアーナは一瞬息をのむが、やがてその腕に身を預ける。
胸の奥がふわりと温かく、鼓動が高鳴った。
「……レオニス様、少し……近いです」
「……それで?」
その問いにリリアーナは答えられず、ただ頬を赤く染め、目をそらす。
レオニスは優しく微笑むと、額にそっと自分の額を寄せた。
「君が困るならやめる。でも、俺は……もっと君を感じたい」
その囁きに、リリアーナは思わず小さく息を漏らした。
部屋の中は静かで、二人だけの世界。
暖炉の火が柔らかく揺れ、窓の外の風がカーテンをそっと揺らす。
リリアーナの心は甘く、熱く、しかしまだ少しの恥ずかしさで揺れていた。
「……もう、逃げたりしません」
レオニスはそっとリリアーナの手を握り直し、見つめた。
「俺は、君の全てを守る」
その言葉に、リリアーナの胸は高鳴り、目にうっすら涙が滲む。
「……私、レオニス様の傍にいたい……」
小さな声が部屋に響く。
レオニスは微笑み、彼女の手を優しく唇に押し当てた。
「わかっている。俺も、ずっと君の傍にいる」
初めての二人きりの夜。
互いに甘く、じれったく、でも確かに近く感じた時間。
リリアーナの心はドキドキと甘さでいっぱいになり、レオニスもまた、彼女のぬくもりに胸を焦がしていた。




