第34話 ふたりの初めての挨拶
リリアーナと気持ちを確かめ合った翌朝、
レオニスは久しぶりに晴れやかな気分で目を覚ました。
窓から差し込む陽光がやけに眩しい。
いつもなら騎士団の報告書に眉をひそめる彼が、今日は鼻歌まじりで執務を片づけていた。
周囲の団員たちは不思議そうに顔を見合わせる。
「団長、なんか……機嫌よくないっすか?」
「まさか恋でもしてるんじゃ……」
そんな囁きを背に、レオニスは珍しく微笑を返した。
否定する気など、まるでなかった。
「リリアーナに、挨拶に行く」
その言葉だけを残し、彼は颯爽と馬にまたがった。
風を切るたびに胸が高鳴る。
彼女が自分を想ってくれる――その確信が、彼の世界をまるで別の色に染めていた。
団員たちは「リリアーナ?え?まさか団長の恋人?」
全員が目を丸くしていた
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男爵家では、突然の訪問に屋敷中が大騒ぎだった。
「公爵家の三男、レオニス様が……!?」「どうしましょう、服を!お茶を!」
使用人たちが慌ただしく走り回る中、
リリアーナは部屋の鏡の前で、震える手で髪を整えていた。
「な、何をしに………そんな、急に……」
頬が熱くてたまらない。
昨日の夜も、彼の言葉を思い出して眠れなかった。
――『君が好きだ』。
耳に残る低い声が、何度も胸の奥をくすぐる。
玄関の方から「お嬢様、レオニス様がお越しです!」という声。
慌てて立ち上がると、足元の裾を踏みそうになってしまう。
扉の向こうに立つレオニスは、いつもより柔らかな微笑みを浮かべていた。
「リリアーナ。突然すまない、けれど……君のご家族に挨拶がしたくて」
彼の言葉に、彼女の心臓が跳ねた。
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応接間では、男爵夫妻が明らかに緊張した面持ちで並んでいた。
「こ、公爵家のご令息が、まさか……うちの娘に……」
レオニスは深く頭を下げる。
その仕草に、男爵夫人が思わず息を呑んだ。
「私は公爵家三男レオニスともうします
不躾な願いかもしれませんが――
リリアーナ嬢を、真剣に想っております。他の誰かと婚約するなど耐えられません
子爵家にはもう話をつけてあります」
その声に一点の迷いもない。
堂々とした態度とまっすぐな眼差しに、男爵は口を閉ざしたまましばらく沈黙した。
やがて、小さく息を吐く。
「……あの子が、あなたを選んだのなら。私は、何も言うまい」
リリアーナは信じられないように両手を握りしめた。
父の言葉に涙がこみ上げ、視線をレオニスに向けると、
彼は優しく微笑みながら、彼女の手をそっと取った。
「ありがとう、ございます……!」
帰り際、庭の木陰で二人きりになる。
リリアーナが頬を染めて下を向くと、
レオニスはその肩を引き寄せ、静かに囁いた。
「次は、俺の家に来てほしい。
家族に君を紹介したいんだ――大切な人として」
「わ、わたしが……公爵家に?」
驚く彼女の瞳に映るレオニスの笑みは、どこまでも優しかった。
「何も心配いらない。俺がずっと、隣にいる」
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数日後。
リリアーナは深呼吸をしながら、公爵家の大理石の廊下を歩いていた。
その隣には、いつものように落ち着いたレオニスの姿。
緊張で震える手を、彼がさりげなく握りしめてくれる。
「母上、父上――彼女が、リリアーナです」
公爵夫人は上品な微笑みを浮かべ、
「まあ……なんて可愛らしい方なの」と言って席をすすめた。
父公爵は静かに頷き、「息子がこんな穏やかな顔を見せるのは初めてだ」と笑った。
食卓の灯りの下、
リリアーナはただ、彼の隣にいられる幸せを噛み締めていた。
緊張も、戸惑いも、全部――レオニスの優しい横顔が溶かしていく。
けれど身分の差がありすぎて戸惑うもある---
屋敷を出ると、夕暮れの風が金色に揺れていた。
レオニスは彼女の肩に自分の外套をかけると、そっと言った。
「リリアーナ。俺は君を、必ず幸せにする。
どんな形であれ、君の笑顔を守りたい」
「……はい。けれど身分差が…」
「身分差などささいなこと両親もいいといってくれた」
言葉の続きは、彼の唇がやさしく奪っていった。
沈む夕陽の下、ふたりの影がひとつに重なる。
それはまるで、これからを誓う絆のように温かかった。
今まで行動しなかったのに付き合えば
そっからは猪突猛進のレオニス…




