第34話 誓いと揺らぐ想い
名を呼ぶ声がやけに近くて、リリアーナは思わず息をのんだ。
図書館の窓辺、夕陽が差し込み、淡い金色の光がレオニスの銀灰の髪を照らしている。
その光景が美しすぎて、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
「…驚かせてしまったな」
「い、いえ……あの……」
まともに視線が合わない。
告白が、まだ頭から離れない。
“お前を諦めるつもりはない”――その言葉が、何度も胸の中で響いていた。
レオニスはそっと彼女に歩み寄る。
わずかに距離を詰めるだけで、空気が変わる。
彼の纏う香りがかすかに鼻先をかすめて、リリアーナの鼓動が跳ね上がった。
「お前があの子爵家に縁談を結ぶと聞いたとき……どうしても黙っていられなかった」
「……どうして、そこまで……?」
「理由がいるのか?」
彼は穏やかに笑った。その表情が、彼らしい自制を崩した。
「俺は、お前を誰にも渡したくない」
低く囁く声に、リリアーナの頬が熱く染まる。
反論したいのに、言葉が出てこない。
彼の真っすぐな瞳があまりに強くて、まるで心の奥まで覗かれているようだった。
「でも……わたしは、ただの男爵家の娘です。
あなたのような方が、わたしなんかを……」
「そんな“なんか”なんて言うな」
レオニスの声が、少しだけ荒くなる。
その瞬間、彼の手がリリアーナの頬に触れた。
指先がやさしく震えていた。
「身分なんてどうでもいい。
俺は――お前が笑っていてくれれば、それでいい」
あまりに率直な言葉に、リリアーナの瞳が潤んだ。
心が揺れる。
いけないと思うのに、彼の温もりを拒めない。
「……レオニス様」
名前を呼ぶ声が震えてしまう。
彼はその声に、静かに微笑んだ。
「リリアーナ、もう“様”はいらない」
「……え?」
「俺の前では、呼び捨てでいい。……そう呼ばれたい」
頬が一気に熱を持つ。
そんなこと、できるはずがない。
でも、彼の瞳が真剣で、冗談じゃないとわかってしまった。
「……レオニス」
震える声で呼んだ瞬間、彼が息を呑むのが聞こえた。
次の瞬間、彼の指先が頬から髪へとすべり、耳元で囁いた。
「その声を、もう少し聞かせてくれ」
リリアーナの心臓が跳ねる。
彼の呼吸が、すぐそばで触れるほど近い。
言葉を返そうとしても、喉がうまく動かない。
「……困ります」
ようやく絞り出したその声は、拒絶ではなく、どこか甘く揺れていた。
レオニスの唇が微かに笑みを浮かべる。
「じゃあ困らせる」
「……!」
その挑むような声に、胸の奥がとろける。
彼が本気で自分を求めていることが、もう痛いほど伝わってくる。
けれど、リリアーナは必死に目をそらした。
「ほんとうに……どうかしてしまいそうです」
「なら、俺のせいにすればいい」
彼の低い声が、ふっと優しくなる。
まるで抱きしめる前のように、距離が近づく。
窓の外では、夕陽が静かに沈みかけていた。
――その光の中で、
二人の心の距離は、もう誰にも止められないほど近づいていた。




